ああ、あの時の君は本当に素敵すてきだった。かおあからめたチェリーパイ。胸に直通ちょくつうの希望の光。騎士道きしどうにもちぎり。君の眼差まなざしは、ハイテンションだったね。

 君は時折ときおり金網かなあみとデュエットしながら、体をはげしくさぶったね。少し練習不足れんしゅうぶそくな君の求愛きゅうあいのダンスは、かえってキュートでね。思わずほほゆるんだのをおぼえてる。今だって思い出すとゆるむんだ。こうして目をじると、あの時の僕のほほに、ほおずりできる。いい思い出は、いつだって僕たちの生きるかてさ。


 運命うんめい残酷ざんこくだね。


 やっとおたがいの心をコネクトできたってのに、僕たちはその瞬間しゅんかんかたれてしまった。

 ポリスマンの無粋ぶすい茶々ちゃちゃ。あれにはまいったね。まるで子供の駄々だだじゃないか。こころみだされたのは事実じじつだけど、今はこう思うことにしてる。大人の愛の邪魔じゃまをするのも、ベイビーの仕事しごとだってね。その方が心をスマートハッピーにできる。


 いいかい? さけびやいかりってのは、かなしみがそうさせるんだ。

 まず考えなきゃ、だめだ。彼、彼女らは、心の奥底おくそこでは泣いているんだってね。

 人は、心のなかかならず、1人のベイビーをかかえてる。

 人はね、つね平穏へいおんでなんていられない。うちなるベイビーを泣かせてしまうこと。それは誰にだってこりうるんだ。

 

 いない・いない・ばあ。それですぐめばいい。でもね、なかには、何十年なんじゅうねんも心のなかのベイビーを泣かせている人がいるんだ。分かるかい? 何十年なんじゅうねんだ。

 いとを泣きやませることのできないくるしみが、ずっと続くんだよ?


 そして、おぼえておいてほしい。彼、彼女らは、好きでそうなってるわけじゃないって。なにより、自身がいつかそうなってしまうことも、おおいにありることなんだってね。だからさ、きずついている人がいたら、優しい声で語りかけ、そっと手をべてあげてほしい。相手を自分自身だと思って。いとしのベイビーだと思ってね。


 ここはさながら保育園ほいくえんさ。けのないベイビーたち。僕以外はみんなそうだ。まったく、なん面白味おもしろみもない毎日まいにちだよ。


 今の唯一ゆいつの楽しみは、思い出にひたることだけさ……ったメモリーは、はるかなる夢想むそうへの足掛あしがかり……君との結婚生活けっこんせいかつ……君との合議ごうぎすえまれるベイビーたちは、いったいどんな顔をしているんだろう……年老としおいた僕たちは、黄金おうごん黄昏たそがれむかえているのかな……やわらかな風になびく、きれいな麦畑むぎばたけのように……おだやかに……その先に、見える気がする……死にわかれても、たがいをおもいつづける僕たちの姿が……想念そうねんんになっても、記憶きおくになっても、相手をおもう……死後しごも、世界せかいあまったスペースで、たがいに手を取りあう、僕たちの姿……。


 そんな三千世界さんぜんせかいへの夢想むそうたびは、無粋ぶすいなベイビーちゃんの、荒々あらあらしい足音にされてしまう。いやになるね……。精神的せいしんてきエクスタシーへの道筋みちすじを、とらえかけていたのに……。


 だけど、こんなアンニュイな禁欲きんよくの日々も、もうすぐわるよ。

 精神的せいしんてき愛撫あいぶの時間はそろそろおしまいだ。

 長かった。でも素敵すてきだね。おもった時間が長ければ長いほど、カモミールがかもされるように、恋はさらなる恋へと昇華しょうかするんだから。


 あれから歳月さいげつが流れ、僕も君も、少しだけ大人おとなになったね。楽しみだよ、君のれ姿をこの頭にインサートするのが。そして君もインサートしてほしい、僕の成熟せいじゅくした姿を。もう僕は成獣せいじゅうなんだ。君のすべてをれることができる。


 ……まったく恋は不思議ちゃんだよ……セッティングしてるわけでもないのに、いきが出る……なお不思議なのは、こんなにせつなげみさきなのに……全然ぜんぜん、悪くないってことさ……まったく、恋はエネルギッシュな魔法まほうだよ……。

 ……ああ、それでもなおスペースのあまるというようなこのおもい。

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それでもなおスペースの余るというようなこの想い 倉井さとり @sasugari

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