「正直、最初はあの人のこと、気持ちの悪い人だと思っていました。

 でも、彼の愛にれて、……私、本当に自分をじました。……そして心底しんそこ思い知りました。無知むちでいることは、本当に怖いことだと……。


 元彼もとかれには本当に申し訳ないけど、……私、今まで本当の愛を知らなかったんです……。『恋愛れんあいごっこ』を、『愛』と、そう呼んでいたんです。こんな言い方はひどいとは思います。でも、あの人の愛を知ったら、誰しもがこう言うに決まっています。


 こんなに私をもとめて、いつくしんでくれるなんて。

 私、思いもりませんでしたよ。父性ふせい情熱じょうねつそなえた人がいるなんて……。……そしてなにより、そんな人が、この私を愛してくれるなんて……。

『それでもなおスペースのあまるというようなこのおもい』、こんな愛のささやきがあるなんて……。……含意がんいちて、ユーモアがあって、やさしげで、なのに……はげしくて。こんな言葉がとっさに出る、こんなに機知きちんだ男性がいるなんて、思いもしなかった。


 初恋はつこい。この言葉が一番しっくりきます。私は、あの人に初恋はつこいをした、と。


 私もう我慢がまんできなくなって、元彼もとかれわかれてくれと言ったんです。率直そっちょくな気持ちをけました。

 元彼もとかれ混乱こんらんしているようでした。それはそうですよ、彼はなにも悪くない。彼なりの愛を精一杯せいいっぱいそそいでくれては、いたんですから。だから、私がいくら言葉を重ねても、元彼もとかれ納得なっとくしてはくれませんでした。関係を清算せいさんできず、悶々もんもんとした日々を送っている最中さなか、あの人は突然とつぜん、こう言ったんです。『3人で話し合おう』って。


 ……そんなの余計よけいこじれるだけだと思って、私すごく怖くて……でも彼は、慈愛顔じあいがおを浮かべて、こう言ってくれたんです。『大丈夫。きっと、彼の心の奥底おくそこを、納得なっとくさせてみせるから』って。

 それでいくらか不安ふあんおさまりました。でも当日とうじつは、……正直、あしふるえました。でもやっぱり彼は、いつだって正しいんです。


 話し合いをえたときには、元彼もとかれまでもが、すっかりあの人の人間性にんげんせいれこんでしまっていました。あのときの心持こころもちは今でもわすれられません。あのひとりゅうにいえば、春の雪解ゆきどけと夏風なつかぜを合わせてもなおスペースのあまるというようなこの思い、という感じで。人は、あんなにれやかになれるものなのですね。


 元彼もとかれとは今でものいい友人同士です。なんならあの人とも仲良しで、……3人で語る様子ははたから見れば、精神的せいしんてき乱交らんこうといった感じで。本当に、こんなにまるくおさめてしまうなんて、まったく、彼のありあまる胸のたくましさと真剣さの賜物たまもので。なにより、あんなにスムーズに自分の精神せいしんれできるなんて……。もう、まったく……ほとばしる尊敬そんけいねん……。


 だけど彼、茶目ちゃめや、子供っぽいところもあって……。思い出すだけでき出してしまうようなエピソード記憶きおく数々かずかずめるようなごたえの長期記憶ちょうききおく、たまにおとれる母性本能ぼせいほんのうのくすぐったさ……。


 もう、……彼……なにもかもがスペシャルで……もう私、彼なしじゃ生きていられないくらいで……。つみな人……。女を、こんな気持ちにさせるなんて。もう愛がまらない。もう彼しか『見えない』。

 彼に会えない日は……もう……あり合わせで作った、お弁当べんとうみたいな気持ちになってしまう。いろどりもなく、栄養えいようバランスはガタガタで、心が茶色ちゃいろしずむ。つくものめいた1日は、どこかうわついた……まよばしのステップ……。


 ……ああ、愛してる、……ああ、それでもなおスペースのあまるというようなこのおもい。き・き・大好だいすき。彼のむんと広がった胸、たくマッチョなうで、こうもりがさみたいな肩幅かたはば、すらっとしたスラックスの追随ついずいしてゆるさないすらっとしたあし。それでもなおスペースのあまるというようなこのおもい。


 慈愛顔じあいがおうらにひそむ誘導ゆうどう。私のたましいをハッピーな方へみちびかんとする、あなたの善性ぜんせい。あなたは私のちちよりちちらしい。あなたは、私のなか宿やど薄汚うすよごれたファザコン気質きしつを、本当にきれいにしてくれた。私ってほんとばか。だって、それに気がついたのは、ずいぶんってからのことだったんだから。あなたってば、素知そしらぬふうにやってのけるのだもの。とってもスマートなエスコートさながらの背中せなかがたり……。


 そして、なにより私の心をきつけるのは、その言葉。……胸にせまるセンテンス……ひとつひとつがまるで物語ものがたりのような……。ダンディなみみふるえる重低音じゅうていおん……。……みみせまるセンテンス……。『いいかい? ことわざってのはね、言語的げんごてき方程式ほうていしきなんだ』。ああ……胸ときめくセンテンス……。『いいかい? 差異さいこそがすべてなんだ。僕が君を愛すのも、差異さいあればこそなんだ。いいかい? よく聞いて』といってされるのは、ってわって、ハスキーなみみとろけるようなあまい声。『コケコッコーとクックドゥードゥルドゥーの違いというふかいにいどむからこそられるそのなにか。それこそが愛なんだ。それこそが、僕の君にたいする情熱じょうねつ源泉げんせんなんだ』


 ……こんなにも、私のことを、真剣に、おもってくれるなんて……。


 私もおのれ研鑽けんさんしなくてはなりませんね……。彼の愛にこたえなくては……彼の愛にあまえてばかりでは、いけない。……ほかのことに目をくれているひまはない。……おのれかえりみる、それには、心の深層しんそうへのスキューバダイビングが必要だね。


 私なるよ、絶対ぜったいに。彼にふさわしい、スペシャルで、このうえないマックスな女性になる。

 ちかいます。私は、うれいをびながらも希望にあふれた、けしからんのひとみ物事ものごとを見つめ、くわえて、あなたの素晴すばらしさを構造解析こうぞうかいせきし、それを手本てほんとし、自己流じこりゅうのアレンジをくわえておのれに取りいれ、時代にそくした、ネオでモダンな良妻賢母りょうさいけんぼとなることを。


 手始てはじめに私は、次のことに取り掛かります。『おのれが、元彼もとかれ愛欲あいよく手綱たづなきオペレーションすることなく、みずからまでもが、そのストリップ劇場げきじょうはしらがったことを、こしって慟哭どうこくしながら、ほぞむ』。


 長い道程みちのりだということは分かっています。……だけど、だけどね……あなたとなら、きっと大丈夫、あなたとならげられる……。分かるんだ、私。

 希望がささやくの、君を生殺なまごろしにはさせないよって。おこめ粒々つぶつぶはエレガントじゃないって……! 嬉しい……! この世界が、こんなに可能性かのうせいちていて、……誰しもが、それに手を伸ばせるなんて……! ささやく希望の丁寧ていねい足運あしはこび……! 運命うんめいよ……本当に、運命うんめい……! あなたと私が、精神的せいしんてき交通事故こうつうじこを起こしたのは……!


 好き、大好きだよ、そして、あなたにもっと、私を好きになってほしい!

 ああ! 胸にせまる希望のセンテンス! ああ! それでもなおスペースのあまるというようなこのおもい!



 …………これで満足まんぞく? ……こんなんんだだけで、解放かいほうしてくれんの?」

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