考えたことなかったけど、考えてみたらめっちゃときめいた

水谷なっぱ

考えたことなかったけど、考えてみたらめっちゃときめいた

 わたしの幼馴染は小うるさい。わたしより10歳も年上なのに、やれ「スカートが短い」だの「休みの日にだらけるな」だの「テストの終わりにはきちんと見直せ」だの言ってくる。お母さんか!

 それはわたしが幼稚園の頃からすでに言われていた。つまり物心ついた時から言われていたのだ。10年以上の時を経て、わたしは高校生、奴はもはや社会人だというのに未だに日々言われている。なんなのか、暇なのか。

「鈴、今帰りか? 遅いんだな」

「委員会の仕事があったのよ。あなたは社会人にしては早いのね」

 下校しながら小うるさい幼馴染のことを考えていたら家の最寄り駅で当人に遭遇してしまった。安藤貴樹、お隣に住む生まれた時からの幼馴染だ。背は高いし顔も悪くないし、これで小うるさくなければモテるだろうに、口煩さが幸いしてか貴樹に彼女がいたことはないようだ。

「今日は社外で打ち合わせがあって、そこから直帰したんだ。もう薄暗いし家まで送ろう」

「送るも何も家隣じゃない」

「まあ、気分の問題だな」

 ちょっと意味がわからないけど、どうせ隣なので並んで歩く。

「高校は楽しいか?」

「あなたおじいちゃんみたいよ」

「おじっ!?」

「学校が楽しいかどうかって長期休暇の帰省で必ず聞かれるじゃない」

 貴樹は余程ショックだったのかだいぶしょんぼりしている。ちょっとかわいそうだからフォローでも入れてあげようかしら。

「貴樹は? 仕事どんな感じ?」

「そうだな……」

 スッと背筋を伸ばして彼は遠くを見る。

「少しずつできることが増えてきた感じだ。でもその分自分にできないことにも気づいて、落ち込むこともある。でも確実に前進してるってわかってるから楽しいよ」

「そう。かっこいいのね。彼女とかは? 気になる娘とかいないの?」

「……君にそれを言われるのか」

 貴樹は更にがっくりと落ち込んでしまった。なんでだ。そんなに彼女を欲していたのかしら?

 それでもぼちぼち雑談しながら家に向かった。貴樹の家の方が手前なのにちゃんとわたしの家の玄関まで送ってくれた。そういう律義なとこを彼女作りに回せばいいのにと思ったけど黙っていた。

 

「あら貴樹くんに送ってもらったの?」

「うん。駅で会った」

「あらあらデートとかして来ればよかったのに」

「貴樹と? なんで?」

 帰宅後に着替えてリビングに顔を出すと母が笑顔で聞いてきた。しかしわたしの返事に一瞬で笑顔が引きつる。

「なんでって。お互い年頃なわけだし」

「でもあいつ社会人でしょ。会社にきれいな同僚だのなんだのいるでしょ」

「あら~」

「高校にはねーなかなかイケメンいないのよねー。なーんかいまいち子供っぽいっていうか」

「そりゃ貴樹くんに比べればねえ」

 母は苦笑交じりのため息を吐く。なにもわたしとて10歳も上のおっさんと比べたりなんかしない。一応わたしとて花盛りの女子高生であるからして、たまに告白されることもあるけど、どうにもこうにもピンとこなくて断ってばかりだった。友達からは贅沢だのなんだの言われるけど、よく知りもしないし、心惹かれるなにかがあるわけでもない相手と付き合ってどうするというのだ。面倒でしかない。でもそれを全部言うと更に怒られそうなので適当にごまかしていた。

 

 

 数日後。その日は土曜日だったけれど先生たちからボランティア活動に参加するように言われて近所の老人ホームに来ていた。参加者はわたしを含めて男女3人ずつだ。掃除をしたり老人の話し相手になったりする。自慢じゃないけど、こういうところでソツなく対応するのは結構得意だ。

 午前中いっぱいで活動を終えて老人ホームを出る。他の女子と別れて帰宅しようとすると参加していた男子のうちの一人から声をかけられた。

「あの、遠野鈴さん」

「はい?」

 誰だっけなあ。老人ホームで自己紹介をしていたはずだけど、すでに覚えていない。学年は同じだったと思うけどクラスが一緒になったことはないはずだ。

「俺と付き合ってくれませんか」

「え?」

「その、ずっと遠野さんのこと好きで、今日一緒になってやっぱ好きだなって思って。だから俺と」

「すまない、鈴には先約がある」

「貴樹」

「な、誰だよお前」

「これの保護者だ。帰るぞ鈴」

 わたしが何かを言う間もなく突然現れた貴樹に手を引かれていた。保護者とは? あ、だから小うるさいのか。まさにお母さん。そう思いながら黙ってついていく。

「鈴」

「はい」

 立ち止まった貴樹はわたしと向かい合って上から下まで眺めている。なんなのかしら。

「けがは?」

「ないわよ」

「なにもされてないか? 嫌なことは? なにか無理強いなどはなかったか?」

「な、なんもないわよ」

 食い気味の質問に少し引きつつ答えると貴樹は「そうか」と息をついた。

「もう一つ聞くが、ああいうのはよくあるのか」

「ええまあ。月一くらいかしらね」

「なっ」

「だいたいきっぱり断って終わりだけど」

「そ、そうか」

 貴樹は眉間にしわを寄せて黙り込んだ。にしてもこの人はなんだってこんなところに現れたのだろう? 家からも学校からも全然近くないのに。

「おばさんに鈴がボランティアに言っていると聞いたから迎えに来たんだ。昼も一緒に食べて来いとのことでお金ももらってきている」

 それくらい自分の稼ぎで出すんだがな、と貴樹は不服そうな顔をしている。

「そうなの。じゃあお昼ごはん食べに行きましょう。それと貴樹の稼ぎでデザートも食べましょう」

 わたしがそう言うと貴樹は顔を明るくして歩き出した。そんなに人様に奢りたいだなんて変な趣味してるのね。でも奢ってもらえるというならありがたくご相伴に預かろう。食べたいスイーツを脳内でピックアップしながら貴樹に付いて行った。

 

 それから半月後。帰宅中に最寄り駅の改札を出た時だった。

「遠野さん」

「え、この間の?」

 ボランティア活動に参加したときに声をかけてきた男子がそこにいた。あれ、近所なのかな? でも今までまったく気づかないって変だな。

「うん。この間は変なおじさんに邪魔されちゃって話ができなかったから、今度こそゆっくり話そうと思って待ってたんだ」

 あ、近所の人じゃないわ。ちょっと思い込みが激しいタイプだ。あと貴樹はおじさんとか言われるほど年喰ってないし、あんたに言われる筋合いない。

「この間のおじさんなんなの? まさか彼氏とかじゃないでしょ」

「アレは彼氏じゃないわ。行ってたでしょ。保護者って」

「お兄さんとか? 似てないね。あんなのがいたら遠野さん自分の好きなことも出来ないでしょ。邪魔なら邪魔ってちゃんと言わないとだよ」

 なんだろう。むかむかしてきた。あんたが貴樹の何を知っているというのだ。わたしがそう思っている間にも目の前の男子はつらつらと貴樹を悪く言い続けている。

「あのね」

「なに?」

「あなた誰?」

「え」

「わたし、あなたのことボランティア活動の時にいた人としか知らないの。名前もクラスも知らない。そんな輩にわたしの貴樹について悪く言われる覚えはないわね」

 わたしがそう言い切ると男子は顔を赤くして目を釣り上げる。そして何かを言おうとして黙り込んだ。

「?」

「まったく、これだから君を放っておけないんだ」

「貴樹」

 貴樹はわたしを後ろから抱き寄せると男子にきつい口調で話しかける。

「悪いが席を外してくれ。お前とて好きな娘に彼氏ができるところなど見たくないだろう?」

 男子は結局何も言わないまま駅に消えていってしまった。貴樹はしばらくしてからわたしを離して正面に向き直る。

「言いたいことは山ほどあるが、まずは大丈夫か? 怪我や触られたりは?」

「してないわ」

「そうか。しかしこのようなことがまたあっては困る。鈴が二十歳になるまで待とうと思っていたが今言おう。結婚してくれ」

「は? はああああ!!!???」

 ちょっと何を言っているかわからない。結婚? 結婚!!!??? そもそもあんたわたしのこと、え、好きだったの? え、えええええーー。それにわたしは貴樹のこと別に好きじゃ……あれ、どうかな。そもそも考えたこともなかったけど、あれ? 別に嫌じゃないけど。なにせわたしの貴樹だし。あ、あれ。なくも、ない?????

 目の前にいる幼馴染を見る。あれ、結構かっこいいな? ……なくも、ない?

 わたしは、わたしは貴樹のことを。わたしの混乱が収まり答えが出るまであと数秒だ。

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