第33話 女主人と使用人たち3

「……どうする? お嬢」

 マークが私に一つ目を向けた。深く椅子にもたれたのか、ぎちりと軋み音が鳴る。


「……街に行ってみる」

 しばらく考えたのちにそう答えた。「お嬢様」。リーが制止するような声を出すので、小さくうなずいて見せた。


「今夜いっぱい、辺境伯の返事は待つわ。だけど、返事がなかったら街に行って、状況を探って来る」


「だったら、僕がついて行くよ」

 サラが挙手をした。ついでに椅子から立ち上がる。


「みんな、人間には姿が見せられないでしょう? だから僕が護衛を兼ねていくよ」

 私はほっと安堵の息を吐いて、「よろしく」と言ったのだけど。


「……大丈夫かよ」

「この際、仕方ありません」

「ああ。あっしが、もっとしっかりしていれば」

 居残り組は、それぞれ大いに心配ではあるようだ。


「あと、領民には、いなくなった騎士とハロルドの捜索を頼もうとおもって。……あの騎士のふたりが消えた件、あれ、どうも怪しくない?」

 目をすがめて言うと、マークが鼻から盛大に息を吐いて腕を組んだ。


「だよなぁ。もし、体調不良の連絡が屋敷に行って、馬車が到着しちまえば、文書を仕込む暇がなくなるんだからな。デービッド様はなんとしてもこの屋敷に泊まりたかったんだし。あのふたり、邪魔だったろうな」


「……消された、ってこと?」

 おそるおそるサラが言うが、誰もむっつりと答えない。


「じゃあ、方向性は決まったし」

 私はわざと大きめの声を出す。意識してにっこりと笑顔を作り、みんなを見回した。


「準備しなきゃ。リーは馬の準備を。サラは私と一緒に街へ行く荷造りを……」


 うなずくサラの顔が、だけどすぐに西に転じられる。

 つられるように、皆が顔を向けた。もちろん私も視線をたどる。


「すいやせん。いつもの勝手口から呼びかけやしたが、どなたもいらっしゃらないようでしたので……」


 西日のせいで影のようになっているが、目を凝らすと、それが出入りの商人アーノルドだと知れた。


 ずんぐりむっくりとした体形に、いつもかぶっている帽子を両手で握りしめるようにしており、目が合うと、ひどく恐縮したように頭を下げた。


「いいのよ、なに?」

 声をかけながらも、内心首を傾げる。ご用聞きにしては時間も曜日も変だ。サラも訝しいのだろう。ぴたり、と私の左隣に控える。


「領主様の件で……」

 言うなり、アーノルドは背後を振り返った。


「おい。お嬢様はこちらにいらっしゃった。御前へ」

 しゃがれた声に、芝生を踏みしめる音が重なる。まだ、誰かいたらしい。


「初めまして」


 低い声とともに、場の空気が数度下がる。ぞわり、とした感覚に、知らずに腕を撫でた。


 これは、「果てた者」の気配だ。


 背後ではリーが身を固くする気配があり、ロジャーが足音を立てて、自分の立ち位置を確認しはじめた。


 皆、気づいている。

 訪問者が、生者だけではないことに。


「リアムと申します」

 商人の隣でぺこりと頭を下げたのは、ハロルドとそう年の変わらない青年だ。こちらは商人ではないらしい。腰の革ベルトには羊飼いが使う縦笛が下げられていた。


 そして。


「……あ」

 思わず声が漏れる。


 リアムと名乗った青年の隣には。

 先日、寝室で見た「果てた者」である少女が立っていたからだ。


「領主様が、辺境伯様に密売の嫌疑をかけられている、と村長からうかがって……」

 リアムは目元をこわばらせながら、一語一語、丁寧に私に話しかけた。


「そのことで、お嬢様にお伝えしたいことが……」

 ごくり、とつばを飲み込む様子に、こちらまで緊張が伝わってくる。ちらり、と彼の隣に立つ少女を見やると、彼女は励ますようにリアムを見ていた。


「なに、かしら」

 そっと声をかけると、リアムはぐ、と顎を張るようにして口を引き絞り、それからゆっくりとしゃべりはじめた。


「領主様はそんなお方じゃありません。あれは絶対、デービッド様です」


「……デービッド……」

 思わず呟くと、隣のサラが素早くリーに視線を滑らすのが見えた。


 さっきまで、私たちも、ことの黒幕はデービッドではないか、と言っていた矢先のことだ。リーはサラの視線には反応せず、事の推移を見守るらしい。


「どうして、そう思うの?」

 尋ねたのは、リアムと、そしてその隣の少女にもだ。


「おれには、婚約者がいました。デービッド様に手籠めにされ、そして、自ら命を絶ったのですが……」


 一息に吐き出す彼の様子に、目を見開く。


 あの、被害者の婚約者。それが彼か。


 ということは。

 私は瞳を少女に向ける。


 眉間にしわを寄せ、今にも泣きだしそうな顔で少女はこちらを見ている。

 では、この少女が……。


「その子が言っていたんです。デービッド様が、最近ずっと領内に来られている、と」


「亡くなった娘の家族が持っていた放牧地は、関所の近くなんでさぁ」


 援護するようにアーノルドが言葉を添えた。

 関所の近く。森の周辺、ということか。


「最初、アリス……。おれの婚約者の名前ですが……。相談されたとき、アリスを狙っているんだとおもいました。デービッド様は女癖が悪いと聞いていましたし……。アリスが見かける時間帯というのが、羊を小屋にいれる時間。……夕方ごろ、でしたから」


「デービッド様があなたの婚約者に手を出そうとしていた、とおもった?」

 問いかけに、リアムは大きくうなずく。


「……実際、最後には手を出してアリスは殺されたようなものですが……」

 呻くようにリアムは言う。その隣で少女が、うなだれる。その姿が痛々しい。


「だけど、違うんじゃないか、って最近思い始めて……」

 ぐい、とリアムが顎を上げ、必死の形相で訴える。


「どういうこと?」

 急かすようにサラが尋ねる。


「最初、アリスはおれに相談しました。最近、デービッド様らしき人が森にいるようなんだけど、何をしてるんだろう、って。なんだか、貴族でも、騎士でもない人たちと会話をしているようで……。それが、外国語だ、って言うし」


「外国語で、話をしてるの?」

 驚いて目を見開く。そういえば、デービッド様は語学が堪能だった。


「……まさか、隣国の誰かと密会してた、ってこと?」

「そこまではわかりません。おれたち、外国語はわかりませんし」

 ぎゅ、とリアムが眉根を寄せる。


「ただ、貴族じゃないことは、服装をみればわかります。デービッド様が密会をしていたのは、平民か、商人か」


「あるいは、山賊」

 ぼそり、とアーノルドが言い、私はぎょっとして彼に顔を向ける。


 だけど。

 うっそりと彼は目を細め、太い唇をかみしめる。ちらり、とアリスを見やると、彼女は小さく頷いた。


「アリスだけではないんです。木こりとか、狩人が何人かデービッド様の姿をみかけておりやす。ただ、不穏な気配を感じ、黙っていたそうで……」


「不穏、って……」

 サラがちらりと私を見る。


「……密輸入の手配を、していた、ってこと? アリスもそれを知ってた……?」


「多分、アリスはそれが『密輸入』だとはわからなかったんじゃないでしょうか。だけど、都合の悪いところを見てしまった。また、見たことに、気づかれてしまった。それで……、あの晩、調べに来たんじゃないか、と。アリスがどこまで知っているのか、を……」

 リアムは苦し気に息を漏らした。


「生き残ったアリスの祖父母たちは、おれにだけ言いました。デービッド様だけじゃなかった、と」


「だけじゃ、なかった……?」

 そっと促す。彼が握りしめた手が、拳が、小刻みに震えている。


「アリスを襲ったのは、デービッド様だけじゃない、と。柄の悪そうな……、多数の男たちだ、と。多分、あれは山賊もいた、と」

 思わず息を呑む。


「アリスの家は森の側なんでさぁ。目をつけられ、家を知られ、襲われて……」

 アーノルドは力なくかぶりを振る。


「一度で済む、なんて、多分おもわねぇ。一回味を占めたら、あいつら、何度でもやってくる。アリスはそう、絶望したんでやしょう」


「アリスは、本当になにも知らなかった。ただ、見ただけだったんです……」

 リアムが呻く。


「クズめ」

 背後で吐き捨てたのはマークだ。


「アリスは……。おれと結婚したとしても、迷惑がかかる。そうおもったんでしょう。それで、自ら……」


 歯の間から漏れ出るような言葉に、彼の隣にいたアリスが手で顔を覆って地面にしゃがみこんでしまった。


 あの晩、寝室に現れたアリス。

 彼女は、どうしても私に来てほしいところがある、と言っていた。


 あのとき。

 デービッド様が屋敷内をうろつこうとしていた。


 偽の文書を仕込もうとしていた。


 それを、知らせたかったのだろうか。

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