第24話 襲来4
「これで、チャールズが旦那様を連れて戻ってくると思う」
サラは、けほけほと、せき込みながら、私ににっこりとほほ笑んだ。
「だから、もう安心だよ」
そういう彼に、私は慌ててワゴンに近づいた。そこには、さっき私にサーブしてくれた紅茶がまだ残っているはずだ。
「飲んで、飲んで。喉、大丈夫?」
ハロルドが帰ってきたときのために、もうひとつ用意されていたカップに、私は紅茶を注ぐ。時間が経ちすぎているからだろう。紅茶は暗赤色になっていて、見ただけで口の中が少し渋くなる。
「お砂糖いれる?」
尋ねると、首を横に振ってサラは私に近づいてきた。
「こんなところ、リーに見られたら、大目玉だね」
苦笑いしながらも、サラは一気に紅茶を飲み干した。ごくごくと喉を紅茶が通る音に交じり、幾何学的な音が二階から響いてくる。びくり、と思わず肩が震えた。
「リー、大丈夫かしら」
心の声が口から洩れた。
二階にリーは行く、と言っていた。
なんとなく、ゴブリンのロジャーや、一つ目鬼のマークは外見的にも強そうだけど。
リーは首はないし、体はやせたおじさんだし……。ステッキ持って出て行ったけど、私の方が役立つんじゃないかしら、と心配になってくる。
「リーはステッキ術の猛者だから平気だよう」
けらけら笑ってサラが言う。
なにそれ。ステッキ術って。
「それに、この
サラはカップの縁を指でそっとぬぐい、陽気に片目をつむって見せた。
「ずっとこの屋敷に居続けているのは彼だけだもん。初代の旦那様に仕えていた執事長だからねぇ」
何十年。いや、何百年なのかな、とサラは首を傾げた。
「初代の、執事長なの?」
私は呆気にとられた。銀時計を持ち、あらゆる家事や業務に精通しているとは思ったが。
「初代は、このスザンカに住んでいる城主さんだったんだって。今のハロルドさまみたいに」
サラは時折狼耳を左右に動かしながら、私に告げた。
「で、その時に、隣国シザーランド皇国の侵攻にあって……。殺されちゃってね。このスザンカも敵兵に占拠されて、使用人たちは惨殺されたって」
「辺境伯はなにをされていたの」
スザンカはこの国においても、そして辺境伯領にとっても重要拠点のはずだ。
ここを押さえられては、あとは攻め入られるだけ。
「城壁を固く守って、王都からの援軍を待ったらしい」
ああ、と私は声が漏れる。
そうか。スザンカは、捨て石にされたのか。
私は、ぼんやりと、たった一度しか行ったことがない辺境伯の都市を思い出す。
この山城とは全く違い、大きく強固な城壁を持った都市だ。
スザンカは、攻めるにしても、守るにしても突出した『槍』のような城だ。
使いようによっては。
敵兵に与えて、時間稼ぎに使用することもできるだろう。
「リーの首はその時、敵兵に斬られたらしくて」
サラはなんでもないことのように、あっさりと語った。
「初代の旦那様との約束で、体だけになっても、このスザンカと、それから城主を今でも守ってるんだって」
サラはちらり、と窓を見る。
かすかに、カーテンが揺れているのが私の目にも見えた。
「初代以降、このスザンカは、騎士たちが持ち回りで滞在することで「山城」の役目を果たしていたんだけど……」
サラはにこりと笑う。
「この度、ハロルドさまが城主として迎えられた、ってことで、リーが、はりきっちゃって……。最高の料理長、完璧な剣士、腕利きのガードナー、見目麗しいフットマンを探し出した、ってわけ」
……全部、人外だけどね……。
その人選どうなんだ、と私が眉根を寄せたとき。
どん、と派手な音が鳴り、思わず悲鳴を上げる。
窓を見た。
カーテンが人型に影絵を作る。
最初、張り付いて中を覗き込んでいるのかと思ったが。
吹き飛ばされて、張り付かざるを得ない状況になっているのだ、と気づいた。
というのも。
その影絵に、小柄なもうひとりの影が近づいてきたのが見えたからだ。
窓越しにも男のものらしい悲鳴が聞こえる。それに続くのは、くぐもった声だ。
「ロジャーだ」
愉快そうにサラが笑った。
「ロジャーの姿って、人間にも見えるの?」
爆風で窓に叩きつけられた男の首根っこを掴み、ずるずると引きずって行くロジャーの影を観ながら、私はサラに尋ねた。
「ロジャーやマークは視えないだろうねぇ。リーなんかは、外套を羽織ったら結構人に見えるみたいだけど」
あっさり言われて、思わず、丸めた拳でサラの肩を叩いてしまった。
「だったら、あの破廉恥デービッドが宿泊してるとき、私の寝室を守ってくれてたらよかったのにっ。なんか仕掛けとか作ってさっ」
「旦那様が守ってたでしょ?」
びっくりしたようにサラが目を丸くする。
「それに、ぼくたちが堂々と守ってたら、騎士やデービッド様が『化け物屋敷だっ』って騒ぐじゃん」
「……もう、十分化け物屋敷認定はされてるみたいだから、それでもよかったのに……」
じっとりとサラを睨みつけて私は恨めし気に言うが、サラは憤慨した。
「お嬢はね。もっと旦那様との仲を深めなよ。あんなにいい男いないよ? いや、本当もう。これを機に、ふたりの距離がもっと縮まるのかとおもいきや、なにこれ。まさかのゼロ距離! もう、ありえないよ!」
「私は彼との距離を縮める気はないっ」
「なんでだよ! まったく意味が解らない!」
ふたりでガウガウと怒鳴り合っていたら、扉の向こうから、「すまん! ひとりそっちに行った!」とマークの怒声が響いてきた。
互いに口を閉じて、扉に視線を移した一秒後。
突き破るように扉が開く。
「……だれ」
侵入者らしい男に、私は言葉をぶつける。
機嫌が最悪だし。
元伯爵令嬢だとは思えない表情と口ぶりだったのは否めない。
だけど、相手だって似たようなものだ。
無精ひげで顔を覆った、不躾な男だ。
五十代といったところだろうか。蛮刀を腰に差し、革製品の胸当てをつけた男だった。
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