第22話 襲来2

『……辺境伯にはこの旨を伝えてほしい。引き続き、わたしはふたりの捜索にあたる』

 青ざめている騎士たちにハロルドはそう告げ、それから励ますように笑った。


『なに、スザンカの森は深い。きっとふたりはどこかで迷っているのだよ』

 騎士たちはお追従のような笑みを浮かべてうなずくと、『辺境伯に報告いたします』と告げて、街に戻っていった。


 ちなみに。

 デービッド様は、『二日酔い』を理由に、さっさと馬車に乗り、手伝うそぶりも見せずに屋敷を出て行っている。


 だいたい。

 昨日の、視察時の体調不良だって、今から考えたら、やっぱり仮病の可能性が高い気がする。


 だって、昼間は動けなくなるぐらいだったのに、夜になったら元気になって、ワインはがぶ飲みするわ、深夜廊下は歩き回るわ……。


 なんだったの、あれ。


『今日、まだみつからないようなら、サラに手伝ってもらうかもしれない』


 今朝、屋敷を出るときに、ハロルドはそう言った。

 狼のあやかしであるサラの鼻をあてにしてのことだろう。サラは「もちろんです」と大きくうなずく。


 そうして今朝、とりあえずチャールズだけを連れて森の方に向かった。


 国境の検閲所付近だ。

 道を間違えたのかも知れないだろうから。

 ハロルドはそう言って、範囲を広げている。


 だけど。

 本当にそうかしら……。


 私は首を傾げざるを得ない。

 街までの道は、実は一本なのだ。


 騎士達が抜け道を捜索したが、あんな道、誰も通らない。


 通るとしたら。

 やましいものたちだ。


 盗品を扱うもの。山賊。無許可で国境を越えたもの。


 そういった輩が通る「獣道」のようなものだ。


 デービッド様の迎えの馬車を呼ぶ。

 そのためだけに向かった騎士が、そんな道を通るとは思えない。


『辺境伯の指示を待った方が良くない?』

 私はハロルドに申し出た。


 どう考えても無謀だ。

 なにか手がかりでもあるのなら別だが……。


 ただ、『消えた』というだけのこの状況で、ひとりでどうする気だ。

 だけど。


『今日は遅くなるかも知れないから。戸締まりはしっかりとね』

 ハロルドはそう言って、いつも通り、私の額にキスを落として出かけていった。



「……あ。そうだ」

 私はふと、昨晩のことを思い出す。


「なんでございましょう」

 リーが、私に尋ねる。


「ここ、女の子の幽霊、いない?」


「「女の子の幽霊?」」


 サラまでリーと声をそろえた。

 私はうなずき、昨日自分の寝室で見た女の子の幽霊の特徴を数え上げる。麻のチュニックに、木靴を履き、私より年上で整った顔立ちをした子。


「……その程度ではちょっと……」

 申し訳なさそうにリーが言う。


「歩いていると腕が落ちる、とか。左足が腐っている、とか。そういった目立った外観はありませんでしたか?」

 あっけにとられていると、サラまで神妙な顔でうなずく。


「背中から羽が出た、とか。スカートの下から蛇身がのぞいた、とかなかった?」

「…………そこまで、斬新なものは………」


 思わずそういうと、リーとサラは顔を見合わせ、それから「申し訳ありません」とリーが言う。


「あまりにも普通過ぎて……。ちょっと、わかりかねます」


 そう言われた。幽霊っていうだけで、世間では断然「異様」なんだが、このスザンカでは違うらしい。これはちょっとした異文化交流だ。


「……ハロルドが戻ったら、起こしてくれる?」


 仕方ない。

 寝室にいればまた、あの女の子に会えるかも。

 それに、なんといっても、リーもサラも人外だ。こういうのは、「人」同士で話したほうがいいかも。私はリーに告げ、椅子から立ち上がる。


「いろいろ話が聞きたいし」

 言いながら、あ、そうだ、と。不意に思い出す。


 お父様から手紙が来ていたのだ。


 あの、業者が持ってきた手紙。

 あれを読みながら、ハロルドの帰還を待っていてもいいかもしれない。


「かしこまりました」

 リーが恭しく頭を下げる。


 私は頷き、扉の方に体を向けた。


 木靴を一歩踏み出す。

 こつり、と食堂の床が鳴る。


 磨き抜かれた板目に、二歩目を踏み出した時。


 どぉん、と。

 空気を震わせるほどの音が響き渡った。


「……え?」

 反射的に私は中腰になり、自分で自分の腕を抱く。


 音の方を観ようとしたが、音があまりに大きすぎて反応できない。音の発生源がどこかわからないのだ。空気全体が揺れたようで、私はただただ首を竦めて硬直する。


「ロジャーのトラップに、なにかひっかかりましたね」


 リーの言葉に、私は彼を見た。

 リーには頭がないから。

 当然、彼が何を見ているのか、は正確にはわからないのだけど。


 体は、完全に窓の方を見ていた。

 つられるように、私も窓を見る。


 食堂の東側だ。

 中庭が見えるように、大きくとられた窓が二つ。中庭に出ることができるようになったガラス張りの扉が一つ。それから、採光用に天井付近に細長い窓が三つほどある。


 だが、いずれも今は、「夜」ということで、厚手のカーテンが引かれており、夜景どころか、様子も見えない。


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