第13話 辺境の地2
照れないでよ、伝染するじゃない。
こういうときほど、いつもみたいにちょっと余裕な感じで、対応してくれたら良いのに。
まさかの、無防備な「照れ」を見せられて、心臓が爆音を立てる。
落ち着け、私。落ち着け。とにかく深呼吸しよう。
そんな不審な私の態度は、だけど誰にも見とがめられない。
ハロルドが、誰の目から見ても分かるほど、嬉しげな様子で目を伏せ、口元を撫でたりなんかしてにやけた顔を隠しながら、「ありがとう」とか言うもんだからもう、また騎士達が調子に乗って冷やかす冷やかす。
ついでに言うなら、食堂の隅で調度品の鎧かと思うほどの姿勢で待機していたチャールズは「ほんにようござった」と、男泣きに泣いているし。
「スザンカの城に囲っておきたいほど、愛されておるのはわかりますが、早く城下にもおつれください」
「我々だけ、幸せにあてられた気分ですな」
「他の騎士達もきっとあやかりたいにちがいない」
やんややんやと騎士達は言い、楽しそうにワインを口に含む。
完全に酒の肴にされているが、皆、愉快そうだし。
なにより。
私は、こっそりとハロルドを盗み見る。
彼が、とても嬉しそうなのが良かった。
そう思うにつれ。
むくむくと雲のように湧き上がるのは、罪悪感だ。
私が、お披露目とか結婚式とか、嫌だ、って言ったんだもんね……。
だから彼とておおっぴらに私のことを言うわけにもいかず、結果的に誰からも「言祝がれ」たことはなかったのかもしれない。
当初から。
彼は私との結婚を望んでいた。
私を妻に、と言っていた。
本来であれば。
すぐにでも、結婚式、披露宴を行い、いろんな人からこのように言祝がれていたはずなのだ。
そう、夢見ていたはずなのだ、彼は。
で、あれば。
それをぶちこわしてたのは、私だ。
意固地になって、「無理矢理連れてこられた」と、我が儘を通していたのは私なのだ。
私が結婚に対して夢を見ていたように。
彼だってきっと、夢を見ていた。
それを。
砕いているのは、自分自身なのだ。
さっきまで感じていた高揚感は一瞬にして霧散し、代わりに心を占めたのは陰鬱な後ろ暗さだった。
「確かに、こんな美しい娘なら、城に囲って自分だけ眺めていたい気持ちは分かるな」
低い。
そして、掠れた声に、さっきまで訳の分からない歌まで歌い出した騎士達が、ふと、口を閉じた。
明らかに、場の空気が。温度が。雰囲気が。
一気に下がる。
声は、そんな質感と硬度を持っていた。
そろって。
私達は、彼を見た。
デービッド様を。
「鄙にはない娘だ」
喉の奥で声を潰すように笑い、私を見ている。
他の誰でもない。
自分が連れてきた三人の騎士でも。
義弟でもない。
ましてや、部屋の東西で待機している妖しの使用人でもない。
ただ。
私だけを見ていて。
ぞわり、と一気に鳥肌だった。
デービッド様は机に頬杖をつき、片手持ちのグラスをゆっくりと揺らす。
「良く動き、愛らしく、そして賢そうだ。さて」
くつくつと気に障る笑い声をたて、デービッド様は言う。
「寝室ではどんな声で鳴く小鳥なのやら」
言葉を失う私とは別に。
鞘が剣から走り抜ける音が室内に響いた。
続くのは甲冑がたてるけたたましい音だ。
驚いてみやると、チャールズが抜刀してデービッド様の方に向かっている。
しゅ、っと布がこすれる音がして、リーを見る。
びっくりして、目を剥いた。こちらもトーションを両手で引き絞り、首でも絞めかねない勢いでデービッド様に近づこうとしている。
見えないとはいえ、まずい。なんか呪い殺しそうだ。
「義兄上」
それを制したのは、ハロルドの声だ。
決して大きなわけでも、感情が溢れた声ではなかったが。
場の主導権を握るほどの剛さと、熱がそこにはあった。
「不躾な想像で彼女を汚すのはやめていただきたい」
静謐ではあるけれど、突き放すような冷淡さを含む声音に、場がしんと静まった。
どうしよう……。
チャールズとリーの動きが止まったのは良かったものの、今度はこの食堂の「空気感」が問題だ。
暴力行為こそ行われていないが、一触即発の雰囲気は否めない。
おろおろと視線をさまよわせていることに気づいたのだろう。騎士の一人が、つんのめるようにして立ち上がった。
「申し訳ございません……っ。酒が過ぎたのでしょう」
それが端緒となり、ほかの二人も立ち上がり、デービッド様の両脇に立つ。
「もともと、今日は体調がすぐれなかったご様子ですし……。決して、本心からのお言葉ではないはず」
「さぁ、ゲストルームに戻りましょう、デービッド様」
二人がかりで強引ともいえるしぐさで腕を取り、デービッド様を立ち上がらせようとするから、これはこれでハラハラする。またなにか怒りだすとかしないのか、とハロルドに視線を向けるが、こちらは、しれっとした顔で「そうでしたか」とか言っている。
「興覚めだ。部屋に戻る」
デービッド様はそう言って騎士二人の腕を振りほどき、机に乗ったままのワインを瓶ごと奪った。たぷり、と深緑色の瓶の中で液体が揺れる。半分以上はまだ残っているだろう。
体調悪い、とか昼間は言って吐いてたけど……。あれ、全部飲むんじゃないでしょうね。
私は内心顔をしかめたが、騎士たちは表情を隠すこともしない。「うんざり」と言いたげに眉根を寄せたり、ため息をついたりしていた。
「馬車が来次第、またご連絡差し上げますよ、義兄上」
扉に向かって足音荒く進むデービッド様にハロルドが声をかけたが、返事はない。
代わりに、ひとりの騎士が「よろしく頼みます」と深々と頭を下げた。
「デービッド様の相手はわれらにお任せください。ですが」
頭を下げた騎士は、先行し、デービッド様と部屋を出ていく二人の騎士の背中を眺め、嘆息した。
「くれぐれも、奥方の寝室にはお気を付けください」
くれぐれも。
そう言いおいて、彼も部屋を後にした。
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