第6話 スザンカの住人達4

 からからとコマは調子よく回転する。


 ふと、廊下に取られた窓を見る。

 カーテンが開いていた。時間になったから、リーが開けたに違いない。

 ここからは庭の様子が一望できる。


 緑色の皮膚をした鼻の長い小鬼が、剪定用ハサミを持って、作業していた。どうやら、バラに手を入れているらしい。


 大きな花びらの、桃色のバラだ。このスザンカにしか咲かない品種らしい。


『このバラ、素敵!』

 初めて見た時、私が声を上げると、ハロルドが満足そうに笑っていた。


『だと思った』

 と。


 その、私の大好きなバラを手入れするロジャーは、本当に早起きだ。


 彼の足下にうずたかく積まれている葉や枝を見て、感心の呼気が漏れる。

 視線に気づいたのだろう。ロジャーがふと、こちらを見る。


 すぐに麦わら帽子を取った。彼のその腕も、それから顔も、若葉のような緑色だ。窓越しに恭しく頭を下げるから、ゴブリンの彼に、「おはよう」と応じた。


 東館に入ると、廊下の壁には絵画が飾ってあったり、異国の壺などが品良く鎮座している。


 そんなものを眺めると、ここが『山城』を兼ねているとは思えない。

 街中にある貴族の邸宅のようにさえ見える。

 小ぶりではあるが、趣味が良い。そんな邸宅。毎日女主人が読書会や音楽サロンを開き、「どこそこの誰々は、どうやら何々の息子と結婚しそうだ」。そんな会話をお菓子と一緒にさえずる。


 そんな、邸宅に。


……私も嫁ぐはずだったのに……っ!!!!!!!


 我知らず、ワゴンを握りしめる。

 なにがどこでどう間違ったのか、気づけば婚約者の前から拉致られ、隣国との最前線の山城に嫁に来てしまった。


 しかも、使用人はすべて、「人間じゃない」者ばかり。


 首が無い執事に、狼男のメイド。

 一つ目鬼のコックに、ゴブリンのガードナー。

 それから常に甲冑を身に纏っている幽霊騎士。


 この大きさの邸宅であれば、使用人はもっとずっと多いのだけど。


 使用人が普通じゃないから、私が手伝う程度で、回る。


 というか。

 サラ以外、「普通の人間の目」に映らないから、どうしても対外的なことは私が出ていかざるを得ない。


 ああ、いやだいやだ……。


 早く普通の生活に戻りたい……。


 私はもう、何度目かかもわからない溜息をつくと、館の突き当たりになる食堂の扉の前に立った。


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