杉ちゃんと女二人

増田朋美

杉ちゃんと女二人

その日は、暑い日だった。十月というのに、半そでを着ている人が多くいる。もちろん着物を中心に着ている、杉ちゃんたちには、単衣か袷くらいの区別があるくらいで、一年中いつも同じように見えるのである。時には、着物を着て、暑くないのではないですか?なんて聞かれたこともある。そんなときには、いつでも、着物は涼しいよ、と答えるのであるけれど、たまにはこういうことに巻き込まれることもあるのだ。

杉ちゃんは、吉原本町の手芸店にいた。店内の、端切れを売っているところに行って、赤い、花柄の端切れを一つ取り、よし、これを、半襟にするかなあなんて考えていたその時である。一人の女性の手が、同じものを、同時につかんでしまった。

「あ、ああ、ごめん。お前さんも、これ、欲しかったのか?」

と杉ちゃんが聞くと、

「ああ、ええ。そのつもりですけれども、あなたが、欲しがるんだったら、私は、また別のものにします。」

と女性はしっかり答えた。年は、三十代そこそこのまだ若造と言えるような、年齢層の女性であったが、今時の言葉遣いのようなものもなく、きちんとした丁寧な発音をしている、珍しいタイプの女性だった。

「いや、お前さんがそういう事言うんだったら、僕が別のものにするよ。お前さんもその赤い端切れが欲しかったんだろ。せっかくだもん、若い女の子に何か作ってもらった方が、うれしいということだ。僕は、ほかのものにするから、お前さんは、これにしてくれ。」

と杉ちゃんは、にこやかに笑ってそういうことを言った。

「ああ、そうですか。ありがとうございます。じゃあこれ、遠慮なくいただいていきます。」

と彼女は杉ちゃんからそれを受け取って、にこやかに笑ってレジへ向かっていった。そして、店員にすばやくお金を払い、杉ちゃんのところまで戻ってきた。

「あの、一寸お尋ねしたいことが在るんですけど。」

「はあ、一体なんだ?」

と杉ちゃんが聞くと、

「ええ、一寸お尋ねしたくて。なんだか、そんな着物で、外へ出ているから、暑くないんですか?十月とはいえ、まだ暑いでしょう。」

と、彼女は聞いた。

「え、いやあ、そういわれることは多いけれどねえ。何も暑くないよ。着物は袖から風が抜けて涼しいよ。僕、車いす乗っているけどさ、下半身だって、ズボンみたいにくっつくことないから、涼しいしね。まあ、こういうことは着ているやつではないとわからんな。まあ、時間があったらよ、着物にトライしてみてくれ。」

と、杉ちゃんは言った。

「そうなんですね。其れなら、私も、着物を着ようかな。私、日本の伝統文化ってあこがれるんですよ。でもなかなかトライできる機会がなくて。友達は、みんな、洋服ばかり着ていますし。着物を着れるような用事がないのよね。何か作りたいなと思いますわ。」

彼女はにこやかに笑って、そういうことを言った。

「まあ、そういう言い訳をするな。着物を、着る機会は、いろいろ転がっているさ。展示会とか、コンサートとか、そういうときに着てみるんだな。着る機会がないというんだったら永遠に着る機会がない。そうじゃなくて、着る機会は自ら作る事。それをすることだよ。」

杉ちゃんはカラカラと笑った。

「そうよねえ。私は、ちっとも着る機会がないから、それなら、着る機会をつくらなきゃいけないわね。私も、出かけてみようかな、着物で。」

と彼女もにこやかに笑う。

「あの、お客さん、ポイントカードはもっていますか?」

と、店員が、彼女に言った。

「ああ、このお店は、初めて来たんです。だからポイントカードはもっていません。」

彼女が言うと、店員は、おつくりしましょうかという。彼女がはい、わかりました、お願いしますというと、店員は、

「お名前をお伺いできますか?」

というので彼女は、

「はい、梅村由美子ともうします。」

と、答えた。

「へえ、お前さん、梅村由美子さんっていうの。其れなら、僕も、名前を名乗らなきゃいけないな。僕の名は影山杉三だ。杉ちゃんって言ってね。杉ちゃんって。」

と、杉ちゃんが言うと、彼女、つまり梅村由美子は、はい、わかりましたと言った。

「じゃあ、梅村さん、ポイントカード作っておきましたので、よろしくお願いします。」

と店員が彼女にうめむらゆみことひらがなで書かれたポイントカードを渡した。

「ああ、うちの店は、近隣に知的障碍者施設もありますので、誰の名まえもひらがなで書くようにしています。それで、ご了承下さい。」

店員はそう説明した。確かにその通りであった。手芸屋の近隣に、知的障碍のある人のための、学校が設置されている。なのでそこに通っている生徒が、この店に来るので、読み書きのできない人がいるために、すべてひらがなで書いてあるのだ。

「ああ、わかりました。そんな心が優しい人たちが、この店に来る何て、この店はとてもやさしい方なんですね。」

と、裕美子さんは、にこやかに笑って、

「じゃあ、杉ちゃん、短い間だったけどありがとう。またどこかでお会いしたら声をかけるわ。」

と言って、店を出ていった。杉ちゃんと、店の店主は、明るい女性だなあと二人で話した。そんな明るい女性がいてくれれば、日本も明るくなるぜ、何て、杉ちゃんと、店主は話をしていた。

杉ちゃんがその店に行った数日後。杉ちゃんと蘭が、杉ちゃんの家でお昼ご飯をたべていた時のことである。

「おーい、杉ちゃんいるか。ちょっとカレーでも食べさせてくれ。腹が減ってどうしようもないんだ。もう署で出される食事は、おいしくないんだ。だから、杉ちゃんのカレーを食べたい。」

と、インターフォンも押さずにどさどさと、華岡保夫警視が入ってきた。華岡は、蘭が小学校時代、同じクラスだったことから、なんだか腐れ縁のような感じで、大人になっても付き合いがある。警察に就職して、警視まで昇格することはできたけど、一寸その階級には、似合わないほど、ストレスに弱い男なのだ。だから、こうして杉ちゃんの家にカレーを食べにやってくる。

「ああいいよ。カレーは昨日食べたのが残っているから、それをあっためるから、食べてくれ。」

と、杉ちゃんは、華岡に言った。華岡も、おうわかったぜと言って、ドカッと椅子に座った。杉ちゃんが急いで炊飯器からご飯を出して、冷蔵庫に入っていたカレーを出して、電子レンジで温めている間、華岡は、すぐに口を開いて、まあ聞いてくれと話を始めるのだ。

「なんだよ、又事件の愚痴を漏らしに来たのか?どうせ、事件が解決しなくて、それで何も得られないので、聞いてくれってことだろう。まったく、そんな男がどうしてそんなに、ストレスに弱いか、まったく困っちゃうよ。」

と蘭が言うと、華岡は、

「そんなこと言わないでくれよ。俺にとっては、毎日毎日大事件があって、大変なんだから。まあ、話を聞いてくれよな。」

というのだった。

「じゃあ、今日の事件は何だ?」

と蘭はそう聞くと、

「ああ、いま、ある殺人事件の容疑者を取り調べているんだが、昨日も今日も何もしゃべらない。ただ棒みたいに黙っているだけなんだ。まず、事件の概要なんだが、花屋を営んでいる女性が殺害された。あの、富士市の石坂にある花屋の女性だ。多分、お前も報道で知っていると思ったんだが?」

と華岡は話し始めた。確かに華岡の話す事件のことは、蘭も報道で知っている。花屋ビビットという店を営んでいる、女性、石井礼美という女性が殺害されたというものであった。確か、報道によると、近くで凶器と思われる包丁が見つかったので、警察は殺人事件として捜査しているということだった。

「それでな、比較的簡単な事件と思われたんだ。彼女の部屋に残されていた指紋を採取したところ、被害者の石井礼美と、あと一人の指紋が出たんだよ。それで彼女の交友関係を調べてみて、それで、一人の女性を割り出した。其れが、えーと、名前は、梅村由美子だ。」

「梅村由美子?」

と杉ちゃんが言う。

「なんだ。杉ちゃん知っているの?」

蘭が言うと、

「ああ、こないだな、手芸屋に行ったときに、その人に会ったんだ。なんだかポイントカードの事とか、なんだか楽しそうに話していたけどね。」

と、杉ちゃんが華岡の前にカレーのお皿を置きながら言った。華岡は、おおいただきまあすといって急いで食べ始める。

「杉ちゃん、其れいつの事だ?」

華岡はカレーを食べながら急いで聞き返した。

「ああ、えーと三日くらい前だったかな。うん、確かレシートがまだあるはずだから、それで見てみるか。」

と、杉ちゃんが、車いすのポケットから財布を取り出し、蘭に渡した。読み書きのできない杉ちゃんに代わって、蘭は財布の中から何枚かレシートを抜き取る。

「杉ちゃんこれか。えーと、10月2日のレシートでいいのかな?」

と、蘭が言うと、

「おう、其れだよ!まさしく、石井礼美が、殺害された日だ!杉ちゃん本当に、梅村由美子に会ったんだね!」

と、華岡がでかい声で言った。

「うん、確かに間違いない。だって、梅村由美子さんとちゃんと名乗った。ちゃんとポイントカードも作ってた。」

杉ちゃんの記憶力は正確すぎるくらい正確なのは、蘭も華岡も、よく知っていた。文字にかけない杉ちゃんには、そういう記憶力で勝負するのである。

「そうなんだね、それでは、確かに、梅村由美子は、杉ちゃんといたことになるな。でも、石井礼美の部屋から、梅村由美子が出入りしたということも確かだと思うんだ。だって、しっかり石井礼美の部屋から、梅村由美子の毛髪が落ちて居たことも確かだし。」

華岡はまたわからないという顔をした。

「いや、わからない。杉ちゃんに会っていたのと、石井礼美さんの死亡推定時刻が重なればの話だろ。完璧なアリバイができるのはさ。それに少しでもずれがあれば、何とか引っ張れるんじゃないの。それくらい、警察の人間ならわかりそうなものだけど。」

と蘭は、華岡に言った。まったく、そんなこともわからないのかと蘭は思ってしまうのだが。其れと同時に、華岡のスマートフォンがなる。急いでカレーを口に入れるて、華岡は電話に出る。

「はいはいもしもし、おうそうか。やっぱり、ずれがあったか。そうなると、梅村由美子が手芸店で杉ちゃんに会ったことは、やっぱり自分はやってないということを、印象付けるためにしたことだろうな。よし、やっぱり彼女を追求するのが、一番だろうな。」

という内容であれば、蘭の言う通り、石井礼美さんが、死亡したのは、杉ちゃんと会った同時ではなかったということになるのだろう。

「わかったよ。それでは、急いで戻るから、すぐに捜査会議を開こうな。はいよ、すぐいくから待ってくれ。」

と、華岡は電話を切った。そして、すぐ署に戻ると言って、大急ぎでカレーを食べ、ありがとうなと杉ちゃんに礼を言い、椅子から立ち上がってまた署へ走っていった。

「あーあ、まったく。華岡のやつ、こういう時に限って、僕たちに愚痴を言いにくるんだよな。」

と、蘭は、大きなため息をついた。

「それにしても、僕が犯人のアリバイ作りに利用されてしまったとは、僕もバカだねえ。」

と、杉ちゃんが半分笑いながら言う。

「いいんだよ、杉ちゃんが別に悪いことしたわけじゃないんだから。」

と、蘭は言うが、

「でもさ、やっぱり悔しいっていう気がしない?だって僕たちは、犯罪に利用されちゃったんだぜ。それはやっぱり、悔しいよね。華岡さんみたいに慣れてるわけじゃないんだぜ。僕たちは素人なんだから。」

と、杉ちゃんという人は、どこまで行っても正直なのだった。自分の感情にも正直で、偽りない態度を示す杉ちゃんに、蘭は、そういうところが杉ちゃんらしいなと思うのであった。

「どうせなら、僕が直接言いたいよ。僕みたいなバカを利用するなんてちょっと変なんじゃないのかと。」

まあ、一般市民なので警察の捜査にどうのこうのという立場ではないのだが、杉ちゃんの中ではそういうことになってしまうらしい。蘭は、大きなため息をついた。

「事件のことは警察に任せてさ、僕らはのんびり暮らせればそれでいいじゃないか。」

と、蘭は言ったのであるが、杉ちゃんに届いたかどうかは不詳である。

その次の日、杉ちゃんは製鉄所に行った。ちょうど、製鉄所の利用者の一人から、着物の寸法直しを依頼されていたので、その詳細を聞くためである。製鉄所の利用者は実に様々なものがいる。ちょっと家の中が騒がしいから、静かに勉強したいという目的で製鉄所を利用しているものもいるし、中には家族が円満でないから、ここで過ごしたいという利用者もいる。いずれにしても、利用者の多くは、そのままの自分を許せない人が多くて、製鉄所へ行くということを利用して、自分を変えたいと思う人が大半なのだった。まあ、それはそれでよいとして、中には過去の古傷とか、失敗などからさようならする手段として着物を着たいという利用者も少なくない。彼女たちにとって、杉ちゃんのような和裁職人は、大変必要になる存在だった。彼女たちの購入するリサイクルショップなどで買った着物は、大体寸法が合わないことが多いからである。その日も、利用者が、長じゅばんの身丈が短すぎるので何とかしてくれと杉ちゃんに依頼してきたのだった。

「えーと、この長じゅばんは。」

と杉ちゃんは、渡された長じゅばんを吟味しながら言った。利用者の身長は、女性としてはやや大柄な身長で少なくとも160センチはあると思われるが、杉ちゃんは背が高いからこの長じゅばんは着れないということはしなかった。

「ちょっと身丈が短いよな。よし、返しをほどいて、長くしよう。大丈夫、少なくとも四寸はあるから、たぶん長く伸ばせるよ。」

そういって杉ちゃんは、長じゅばんの裾の部分の縫い目を切り始めた。着物というものは、ほどくことを前提に縫うということもあり、ミシンで縫うように頑丈には縫わない。比較的ほどくのはさほど難しくないのだった。

「そう?よかったわ。この長じゅばんかわいいから、気に行ってたのよ。うれしいわ。」

と利用者は嬉しそうに言った。まあ確かにそうだろうねと杉ちゃんはほどきながら言う。利用者は彼女だけではなく、ほかに何名かいて、皆食堂とか個室で、思い思いのことをやっていた。その時、四畳半からせき込む声がしたので、ああ、水穂さんまたせき込み始めたなと、杉ちゃんはつぶやいた。すぐにほかの利用者が四畳半へ飛んで行ってくれたから大ごとにはならないのであるが。と同時に、

「おーい、こんにちは!」

と玄関先から間延びした声がするのである。

「はあ、華岡さんだな。こんなとこまで来てどうしたんだろう。」

と、杉ちゃんが長じゅばんをほどきながらそういうと、まさしく華岡が、杉ちゃんいるかと製鉄所に入ってくるのだった。

「なんだよ華岡さん、いま御覧の通り、この人に依頼された長じゅばんを直しているんだから、用なら後にしてくれ。」

と、杉ちゃんが言うと華岡は、

「いやあねえ、あの、梅村由美子、なかなか落ちないんだよ。犯行時刻には、杉ちゃんと一緒にいたというのさ。死亡推定時刻はそれよりもっと後だといったのにね。でも私は杉ちゃんさんに会っていたという。其れなら、本人に聞いてくれというので、まあ、仕方なくこっちへ来た。」

といった。

「なんだ、僕はアリバイ作りに利用されて悔しかったと言ってよ。」

と杉ちゃんが言うと、華岡は頭をかじった。

「まあ、そうなんだけどねえ。まず、梅村由美子は、きっと杉ちゃんに会って、そのあとで、石井礼美の部屋へ行ったんだと思うんだ。その時の道のりで目撃者は誰もいないので、杉ちゃんと会った時間よりずれがあるのが、動かぬ証拠となるわけだが、」

「まあそうだけど、僕時計持ってなかったから、そういうことは、手芸屋の店長に聞けばいいんじゃないの?」

「いや、それじゃあ説得にならないから、杉ちゃんのレシートをもう一回見せてくれ。」

「ああ、じゃあ、これでいいのかな。」

杉ちゃんがそういってレシートを見せると、華岡はへんな顔した。

「五分しかたってないのか。」

と、華岡はため息をつく。

「華岡さんどうしたんですか。なんでこっちまで来たのか教えてください。」

利用者がそう聞くと、杉ちゃんもそう口をはさんだ。

「それに、梅村由美子が、石井礼美さんというひとと、どういう関係だったのか、まだ聞いてないよ。」

すると、利用者がいきなりこういうことを言いだした。

「私、新聞で見たんですけどね。確か、梅村由美子さんのお姉さんが、石井礼美さんの花屋さんで働いてて、ちょっとした騒動を起こしたとか聞きましたよ。」

といった。報道というものは、もうとっくに、一般市民にも知らせているらしいのだ。

「ああ、そうなんだよ。実は、梅村のお姉さんは、石井礼美の経営している花屋に勤めていた。そこは俺たちも抑えている。実はな、梅村のお姉さんは精神疾患があった。ある時、レジの現金を数えていたら、計算して割り出した売り上げより足りなかったということが在った。それで、梅村のお姉さんは、その犯人にされて、石井礼美に、ことごとく叱責されていたらしい。」

と、華岡も、利用者の話に付け加えた。

「それで、梅村のお姉さんは、パニックを起こして、大暴れし、花屋を解雇されている。梅村のお姉さんは、その当時はまだあまり知られていなかったけど、軽度の知的障碍のようなものがあった。其れで、自分を追い詰めて、自殺してしまったというわけだ。」

「そうなのね。それじゃあ、妹の梅村由美子さんが、石井礼美に対して殺意を持ったとしても、おかしなことじゃないわね。」

と利用者が、それに相槌を打った。

「じゃあそのために、梅村由美子は、石井礼美さんを殺害して、杉ちゃんに会っていたとアリバイ工作をしたわけか。」

「でも、ここでもからくりがあるんだよ。」

と華岡は言った。

「死亡推定時刻ははっきりしているんだが、石井礼美の死亡時刻と、杉ちゃんが手芸屋で会っていたのが確かなら、本当に、五分もたたないうちに、石井礼美のもとへ行ったわけになると思うんだ。でも、石井礼美の家と、手芸屋は、一キロメートル弱は離れている。いくらマラソン選手であっても、五分以内にそこへ行くのも難しいんじゃないのかな。それに梅村由美子は、歩いて帰っていったんだろ?」

「うん、歩いて帰ったよ。店の駐車場を通り過ぎていったのは、僕はちゃんと見ていたのでわかる。」

と、杉ちゃんが口をはさんだ。

「うーん、そうなるとやっぱり、梅村由美子は、石井礼美の殺害者というわけでは

ないのかな。それに、梅村由美子が、石井礼美とつながっているだろうか。だって最愛の姉を、自殺へ追いやった相手だろ。其れがどうやって、互いの家に上がり込むほど仲の良い関係になれるかな?」

「共通するものがあったんじゃないか?」

と杉ちゃんが言った。

「二人そろって同じものを持っていた。そうは考えられない?」

「同じものねえ、、、。例えば何を持っていたんだよ。」

華岡がそういうと、四畳半のほうから、激しくせき込む声が聞こえてきた。別の利用者が、ほら、水穂さん、薬飲んで休もうよと言っているのが聞こえてくる。

「こういうものじゃないのかな。」

と、杉ちゃんが言った。華岡も利用者も、顔を見合わせた。

「つまり、石井礼美も、何か介助すべき人がいて、というか、急にそういうひとができて、梅村由美子に助けを求めていたんじゃないか?」

「杉ちゃん、それはすごいところだ!じゃあ、一緒に署まで来てくれ!それを言ってくれたら、梅村由美子は自白してくれるはずだから!」

杉ちゃんが言うと、華岡は、うれし涙をこぼしながら、そういうことを言った。でも僕はこれを縫わなくちゃと杉ちゃんが言うと、いいわよ杉ちゃん、明日も明後日も時間あるでしょと、利用者はにこやかに笑った。

そういうわけで、杉ちゃんは華岡の運転するパトカーに乗り込んで、富士警察署に向かった。華岡に案内されて、第一取調室と書かれている部屋へ行く。

「おい、梅村由美子さんだね。僕をアリバイつくりに使った、梅村由美子さん。僕はそんなことに加担させられて悔しくてしょうがなかったよ。もう、僕たちは、お前さんがやったって、目星はついてるさ。ちゃんと理由を話してみな。」

杉ちゃんは、梅村由美子に向かって、そういうことを言った。でも、先日の梅村由美子と、顔だちは確かに一緒だけど、内容は違うような気がする。

「何度言ったらわかるんです。私は、石井礼美さんの家に行くことはできませんよ。だって、あなたと一緒に手芸屋さんにいたんですもの。」

と、彼女は、ふてぶてしい様子で言った。

「でもよ、お前さんが手芸屋さんに行ったのと、石井礼美さんが死亡したのは、一寸さがあるし、お前さんは、石井礼美さんの部屋に毛髪を落としていったよな?」

と、杉ちゃんが聞くと、裕美子は、

「きっと礼美さんの家には何度か行っているし、その時に落としたものじゃないんですか?」

といった。

「じゃあなんで、礼美さんの部屋に行っているの?だって、お前さんの最愛のお姉さんを自殺に追い込んだまでのひとだぜ。二度と会いたくないと思うんじゃないの?」

杉ちゃんが言うと彼女は、そんなことという顔をしたが、

「なあ、もうここまでにしませんか。もうあなたがやったことは、はっきりしています。ちゃんと話してください。」

といったため、もう駄目だと思ったらしい。その顔からだんだんふてぶてしい表情が取れて行って、よくある若い女性の、悲しみに暮れる顔になっていった。

「ええ、姉は、確かに礼美さんに、花屋の売り上げが足りなかったことを責められて自殺しました。私は、礼美さんに二度と会わないと誓いを立てたのも、杉ちゃんの言う通りです、でも、ある日、礼美さんが私のところを訪ねてきました。あなたに悪いことをした。今日は、私の方から謝りたいって。」

と、いうことは、やっぱり杉ちゃんの言う通り、礼美さんの何かが変わったのだろうか。

「はじめは、何度も断っていました。でも、礼美さんがどうしても私に謝りたいと言ってきかなくて、それで私は、礼美さんのはなしを聞きました。すると、礼美さんは、涙ながらに妹をうつ病で亡くしたと話してくれました。」

「はあなるほど。つまり、そこであなたと同じ気持ちになったと伝えたくて、礼美さんは、あなたのもとへ来たわけですね。」

と華岡は、急いで相槌を打った。

「そうです。それで、礼美さんは、妹を介護して、結局私も妹を救うことはできなかったと言っていました。それで、罪滅ぼしをさせてくれないかというのです。私は、近いうちに死ぬから、私が殺人に会ったということにしてくれないかと言いました。そうすれば、多額の保険金が下りるからというのです。そのお金を私に全部上げるからと。私は、そんなことをされても困ると言いましたが、礼美さんの決心は変わらないようでした。私は、礼美さんからお金を受け取ることが一番なのかなと思って、その通りにしました。私が礼美さんの部屋を訪れた時、礼美さんは、自殺していました。私は予定通り、凶器の包丁を置いて、私の髪を一つ落として、殺人があったんだというように見せかけました。」

彼女は早口に言った。

「でも、なぜあなたは逮捕された時に犯行を否認したんですか?やっぱり、自分がかわいいと思ったからですか?それとも、ほかに何かわけがあるの?」

と、華岡が聞く。確かに、自ら犯人になったはずなのに、なぜ、彼女は犯罪に加担したのだろうか。

「それは、、、正直に言うと私もわかりません。」

と、裕美子は言った。

「いくら礼美さんは自殺して罪滅ぼしをしたとしても、私は、まだ、向こうの世界に行きたくなかったのかな。其れしか考えられません。本当に、申し訳ないことをしました。私は、礼美さんに自殺を決断させるのではなくて、同じ経験をしたもの同士、止めるべきだったんですが、なぜか、それができなくて、、、。」

「そうなんだね。それはやっぱり人間だもん、その通りにはできないよ。いくら刑事ドラマでお手本示してくれていてもさ。人間だもん、間違いはするよ。そうやって完璧な犯罪者にはなれないのが人間っていうもんじゃないのかな。僕は、あの時、お前さんが、手芸屋さんで見せてくれたあの顔が本当のお前さんだと思ってる。欲しいものが買えて、嬉しそうにしていたのが本当のお前さんだとな。だから、間違いを償ってだよ。もう一回こっちでやり直せるように頑張ってくれ。」

杉ちゃんは、そう彼女に言った。机に突っ伏して泣いている彼女に、こういう態度がとれるのだから、彼女は完全な悪人ではないと華岡は思った。別に礼美さんを利用してやろうとか、そういうことは彼女は思わなかったと思う。ただ、礼美さんに自殺の手伝いをしてくれと言われてその通りにしたが、完全な手伝いをすることはできなかったのだ。どういう罪で問われるか、これは彼女次第ということになるが、彼女に、どこかで立ち直ってほしいと華岡も杉ちゃんも強く願った。

「じゃあな、もう泣き言は言わないで、事実に向き合ってくれ。人間ができることは事実に対してどうできるかを考えることだからなあ。」

と、杉ちゃんはにこやかに笑って言った。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

杉ちゃんと女二人 増田朋美 @masubuchi4996

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る