第9話

7、仮面の下が醜いだなんて、一体誰が言ったのかしら?


舞踏会……正確には、それが始まる前の騒動が、おにい様主導で行われていると気付いたのは、途中からでしたわ。あまりの醜態に時に直接的に嫌悪を示しつつも様子を見ていたら、私の知らない情報がいくつかありましたの。


王宮での舞踏会に来たら、何故か大祖母様と、再従兄が来賓として、帝国からいらっしゃっていました。(まあ、おにい様が私に深紫の髪飾りをさせた時点で、ある程度予想はしておりましたが)


どこぞの侯爵が横槍を入れて来て、何故か野放しにされたあの子爵令嬢が、再従兄にべたべたと触れるという、貴族痴女もびっくりな行動をしてみせました。(まあ、私の従兄様たちを見て見ほれたりあわよくばという女性がいないはずが無いので、気持ちはわかりますが、どこの動物園から出てきた発情期の猿かと一瞬思いました)


まあ、ここまでは知らずとも構わないのですが、まさか、王子の愛情があそこまで冷え切り寧ろマイナス方面に見えたのは気のせいかしら?


あの令嬢の行動のあまりの知能の低さには何度か気が高ぶり、元子爵令嬢を魔法で再従兄から離して床におさえつけていたのですが、王子の様子にびっくりして魔法を使うのをやめてしまいましたわ。

え?王子、いつの間に元子爵令嬢に愛想をつかしたのですか?私、そんな話聞いてないのですけれど?

ついでにこれくらいの事で動揺するなんて可愛いねとおにい様が言いましたけど、これあとから魔法コントロールの甘さが命取りになるかもしれないね、と言われて、しばらくの間魔法使いっぱなしレッスンが組まれそうです。急に驚かせないでいただきたいわ。


……まあ一先ずそれは置いておくとして。

彼女は、王子の婚約者でもないのに、その身分だと嘘を宣い、隣国の皇族に不敬を働き、挙句、養女になったとしても侯爵令嬢程度でしかないのに、私を見下すような発言を、事もあろうに、私の従兄達の前でしてしまった。……ということでしょうか。

……確証もない事を事実だと思い込んで恐らくおにい様が仕組んだ何かに気付かずに躍らされ続けたその鈍感さがすごいのか、それともここまで気付かせずに不敬罪を問えるレベルの事をやらせたおにい様達がすごいのか……。おにい様達がすごいのはいつもの事でしたわ。

だからと言って、元子爵令嬢を許す気があるかとか、同情するかと言うのは別の話です。おにい様達が仕組んだ何かについては、わたしは知る由もありませんが、私自身を怒らせるような行動をしたのは他でもない彼女です。

王子に見捨てられ、どんな希望を持ったのか、私の再従兄に縋るように眼を向け、手を伸ばそうとした彼女を再び魔法で押さえつけました。だって、これ以上再従兄に触れて欲しくないのだもの。

彼女が私にやった事に関して、私は微塵も興味ありません。多少腹がたつので精々数ヶ月間王都内の孤児院に無償奉仕程度は求めるかもしれませんが、命を脅かすような罰を求める気はありません。……私に対してだけならば。けれど、彼女は私のおにい様達の目に、愚物の分際で、映りこんだ。おにい様達の名前を呼び、腕に縋り付き、ただ媚びるだけの汚いもの。それだけでも許せる範疇からは既に逸脱しています。マナーなんて一切無視、身につける気どころか学ぶ気もない。それはつまり、貴族の世界そのものを馬鹿にしているのです。私だけでなく、彼女が生きて行かなくてはならないはずの世界すらも敵にした。

その事に視野の狭く、自分の世界だけが良ければ他はどうでもいい彼女は気付いていないのでしょう。

どうしようもない男好きは、歴史上確かに存在します。しかし、皆、名を残せる女傑でした。彼女はそうはなれない。名を残すとすれば、淑女の鑑としてではなく、最も淑女から遠い罪人としてでしょう。


兵によって城の牢へと連れて行かれる彼女に眼を向けるものは、その後ろ姿を嘲笑うおにい様以外にはおりませんでしたわ。おにい様、そんなに嫌いだったのね……。


「さて……国王陛下、一先ず収束しましたよ。舞踏会を始められてはいかがです」


大祖母様の一声で、会場は仕切り直されます。迅速ですわね。

国王の挨拶が終わり、少しの間貴族達の交流時間を挟んで、ダンスが始まります。勿論私が踊る相手はおにい様です。一番目はおにい様です。誰がなんと言おうと譲りません。


その私がおにい様を待っている暇な間に、側に来たのは王子でした。


「……カティア・クロムクライン嬢。今までの非礼、誠に申し訳なかった」

「……王族の言葉や、行動はとても重いものですわ」


分かっておいでですか。と、問いかければ、今回の事で痛感した。私が言えば正しくないことも正しい事にできる。同時にそれは私の愚かさの証明であり、私にとって、恥でしかない。今回は公爵や貴女が自ら間違いを証明できる実力者であったから、この程度で収まったに過ぎない。これがもし、生粋のこの国の貴族であったなら、罪無き者を罪人にして、私はアメリの言うがままに愚王として歴史に名を残しただろう。と返事した。

他の貴族たちに聞こえないように、近くに寄ってきて、そしてあくまで謝意は口頭で伝えて、頭は下げない。それでいい。王子としては、正しい振る舞いだ。


躍らされていなければ、この王子は確かに有能なのだ。信じる相手や、夢中になる異性がまともであるなら。


「今度は間違えないよう、呉々もお気をつけて」


私が彼に送る言葉があるとすれば、それくらいのものだろう。


「何故君は、クロムクライン公爵令嬢と名乗っていたんだ?」

「こちらの国で、おにい様と過ごしていても不自然ではないようにする為ですわ。私、顔を隠しておりましたから、色々と詮索したがる輩は後を絶ちませんの。……それに、その肩書きで貴方と結婚すれば、王家にとって、都合が宜しかったのでしょう。すぐに了承しましたから。

国内から王子の嫁をとっても、なんの問題もないくらいに国力が安定していると近隣諸国に見てもらえる。それが1点目。次に、単純に帝国と結び付きを強くしたかった。

……まあ、帝国側からすれば、そんな事はどうでもよく、単におにい様への腹癒せと私を引き戻したいが為だけの、何の意味もない婚約でしたけど」

「腹癒せ……?引き戻したかった?」

「こちらの事情ですから、お気になさらず。

王子は……あの令嬢の事はもう宜しいの?」


特に話す事がない事に気付きました。これでも4年間は婚約者だったのですがね。結局アレくらいしか共通の話題もありませんでしたし、冷え切った態度も気にはなっていたので、王子の質問にも答えたのですから、返事するでしょう。


「アメリの事は、……確かに、愛していた。私の至らないところをそれでもいいと言ってくれたところに、絆されて安心していた。……卒業式の日の事があってからも、私の初恋だと、信じていたから庇い続けていたんだ。だが、成人式の日、君を見て気づいた。彼女は私の初恋ではない。それで一気に冷えてしまった。……愚かだろう。私は、私の初恋に執着していただけだった」

「……過ぎたことをどうする事も出来ませんし、私は貴方にも、彼女にも同情など致しません。おにい様への無礼は結局謝ってもらっていませんから」

「……君は本当に、クロムクライン公爵と似ているな。彼も、自分に対する不敬より、君に対してやった事に怒っていた」

「過保護ですから。おにい様は」


何故か今までで一番まともに会話をしている気がする。


「……カティア様。改めて、今までの非礼をお詫びする。誠に申し訳なかった。見るべきものを見ていなかった。私の未熟さが、この騒動に繋がった。王子という自覚があるなら、私から歩み寄るべきだった。そうすれば、……そうしていれば。……いや、すまない。

過ぎた事はどうしようも無いのだった。


カティア様、貴女が私に微塵も興味がない事は知っている。だがもし、許されるのなら……」


何か言いかけた王子でしたが、おにい様が入ってきて中断されました。


「ティア、ダンスが始まるから行こう。

……王子、賢明な判断をなさった方が、貴方と国の身のためですよ」


おにい様は満足そうに私の手を引いてダンスフロアへと進もうとしたのですが……。


「カティア・セレスティーネ・エステランテ様。お慕い申し上げます」


後ろからかかった声は、間違いなく王子の声です。よくおにい様が近くにいて言えたものですわね。"初恋"とやらに懸ける想いの強さは一級品のようです。笑顔が輝かしいおにい様に断って、再度王子に向き合います。

今までに向けられたことの無い柔らかな表情です。成る程、大丈夫です。散々受けてきたから知っています。


「私も、"友人として"お慕いしております」

「ありがとう」


初恋には応えられませんが、思い出にするくらいの事はできます。それくらいはいいでしょう。

王子は安心したように笑って、先にダンスホールへと向かっていきました。おにい様、そんなつまらなそうな顔なさらないでください。


「私、これでも帝都で12年間、おにい様達から様々な愛を向けていただきましたので、話せばそれがどんなものか、理解できましてよ」

「……そんな口ぶりじゃなかったけど」

「"言葉はただ文字に過ぎない"。そう私に教えたのはおにい様でしょう。

王子の言葉には、おにー様のような熱情は御座いませんでした、と言えばよろしいですかね」

「わかったよ。じゃあ私たちも行こう。早くしないと"彼"が来てしまうからね」


今日一番最初に踊る相手はおにい様だけですよと言えば、仕方ないねと笑ってくださいました。


さて、長らく続いた騒動は、一段落致しました。その後王子はおにい様が推薦した伯爵令嬢と婚約し、それなりに仲良く、伯爵令嬢は正妃教育で根性を見せて見違えるような気品を持ち始め、王子もそれに感化される様に毎日必死に政務に取り組んでいるので、おにい様が王太子に推薦する日は近いです。

まあこれはこれで良かったのだと思いますわ。

あれからまだ1ヶ月ですが、私とおにい様はもうじき帝国に帰ります。罪人の処分も決まりましたし、皇族としてこちらの国の貴族達とも交流して、やる事はやったと言い切れる成果もあげましたから。(有能な貴族の引き抜きとか)


本日もおにい様と揃って城での茶会に参加でしたの。中々面白い話も聞けて上機嫌ですわ。折角なので少しお散歩してから帰ろうと思います。


城の中には色々な施設がありますの。

けれどその中で、一番涼しく、一番暗く、一番物寂しく、一番恐ろしい場所と呼べるのは一つだけ。見張りの目を盗んで踏み入ったその部屋は特殊な造りになっておりますの。ただの四角い部屋に扉側と反対側に仕切る鉄格子と結界魔法だけが存在しているこの部屋。まるでサーカスの見世物が入っている様な檻にも似たこの部屋を、通常皆様牢と呼んでおります。


「お久しぶりですわね。元気にしてました?」


返事がない。あらあら、拗ねてるのかしら。ここに居るなら素直でいた方がずっと楽でしょうに。


「おにい様が貴女に、王子が婚約した事を報せに来た時以来かしら?あの時はだいぶ荒れていたけれど、落ち着いたみたいで良かったわ」


睨みつけるだけの元気はあるようで安心したわ。無反応の人間を貶めても、つまらないだけだもの。


「……ねえ、おにい様も知らない秘密を、一つだけ教えてあげましょうか」


おにい様も知らない秘密。

冗談でもなければ、嘘でもない。私は彼女になら教えてもいいと思いましたの。


「貴女が編入する前に出たパーティー、覚えてます?」


彼女は答えない。だから私は彼女の様子から覚えていると推察します。


「あの日、貴女は、王子を自分のものにできるという確信を持った」


ゆっくりと鉄格子の前に立てば、彼女は警戒心を強めた様でしたわ。……私、危害を加えたり致しませんのに。


「その時、貴女は誰から情報を得たのか、覚えてらっしゃる?」


彼女は首を傾げ、私の言葉を待っている様です。ああ、漸く"待て"を覚えたのね。


「ところで私、その頃は仮面を取るとあまりにも目立って仕方がないし、かといって仮面を付けずに出かけることが出来ない時期でしたのよ。思ったより王子が賢明な判断をしてくれたお陰で鬱憤も溜まっておりましたし」


あんなに嫌っていたのに、王子らしく婚約破棄なんて事はしなかったので、私は心中穏やかでは御座いませんでした。


「そんな時、縁も所縁もないどこぞの貞操観念が薄っぺらな令嬢の話を聞きましたの。

そこで遊び相手が居なかった私は、なら作ればいいと思いましたわ。


知ってる?退屈は人を殺せるの。

私は退屈だった。

だからとあるパーティーに顔を変えて出かけ、間違ってアルコールを飲んでしまった貴女の介抱をしながら、少しだけお話したのよ。……あら、大丈夫?顔が真っ青よ?


貴女はおにい様が意図的に流した仮面の下の噂を聞いた事で、自信を持った……計画はそれからだったと思って居たでしょう?貴女自身すらも。そして今私にこうして話をされるまで、忘れて居たんじゃないかしら?」


令嬢の顔が恐怖に歪んでいく。


「貴女は確かに、聞いたのよ。

おにい様が私の噂を流す前に。

"カティア・クロムクラインの仮面の下は目も当てられないほどに醜い"と、そう貴女の前に現れた人物が言っていたの。

私自身、それは間違っていないと思うわ。


目に見えて居たものが仮面だとすれば、本性というのは仮面の下ですもの。


さてと、もう一度言おうかしら。

退屈は人を殺せるの」


私の退屈で死ぬのは私じゃないけれど。

恐らく今私は、今までの人生の中で一番愉しそうに嗤っていることでしょう。


「仮面の下が醜いだなんて、一体誰が言ったのかしら?」


私は令嬢が泣きながら笑っている様子が世間一般的に、狂ったと思われる状態なのを確認してから、牢部屋を出ました。

しばらく歩いて、笑い声も聞こえなくなりました。


あそこまで壊れれば、心身喪失で減刑。修道院行きを求めるのは酷すぎるとあの生易しい王子は言うでしょう。王子が結婚した際に、恩赦で解放されて、子爵家の領地に戻り、余生を過ごす事でしょう。その間に誰かいい人が見つかれば僥倖ですわねぇ。


「さようなら」


ああとても、楽しかった。

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身に覚えのない理由で婚約破棄されましたけれど、仮面の下が醜いだなんて、一体誰が言ったのかしら? 猫側縁 @nekokawaen

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