第8話

本当に美しいものは



私には……うん、怒られそうだから言い直した方がいいかな。私たちには妹がいる。生まれてこうして生きている事が本当に奇跡的な妹が。

名前はカティア。

私の従妹にあたる子だ。親は違えど生まれた境遇と育った環境が同じだったから、多分親よりも一緒にいる時間は長かったと思う。

そんな彼女は、私を含む個性の強い従兄達に囲まれて育って来た。幼いながらにマナーや教養に手を抜かずに頑張っていたのは、少しでも従兄達に追いつき、対等でいたい一心だったのかもしれない。

基本的にその従兄達は、カティアが何かを頑張っても素でその上を行く。ピアノ・乗馬・剣に勉強など、教養として身につけさせられる事なら大抵どれかでは他の追随を許さないような記録を出してる。結果負けず嫌いというか、彼女は従兄が出来るなら自分も出来て当然なのだと幼い頃から思って努力して生きてきた。それが当然なのだと。そして必ず対等……とはいかなくても、負けず劣らずレベルにまでしてきた。カティアがいる事で、孤高の天才なんて風に言われる事は無かった。それが私たちは本当に嬉しかった。彼女がいる限り、私たちはどんな分野であっても、必ず競える相手が常に近くにいるという事になるのだから。

そんな背景もあり私を除く従兄達は、カティアの努力とその結果について認めるけど、別に誉めたりとかはしなかった。まあ偶に「よく出来ました」と言って頭を撫でていた"彼"はいるけど、基本的に私だけだろう。毎回必ず、頑張ったあとのご褒美を用意していたのは。お陰で彼女は現在に至るまで、私に一番懐いている。従兄の中で最も好かれてる自信がある。それはもう他の従兄達に睨まれるくらいには。

そんな風に育ってきた大切な家族が、僕らは本当に大事で、大切で、可愛いんだ。


えっと、話を戻そう。

私には、生まれたばかりの頃は生死の境を彷徨う事の多かった従妹がいる。

勿論彼女も記録持ちだ。ただし、魔力量という点で。そして、その事が何より彼女の命を脅かしている部分でもあった。


皇帝の一族の血筋にカティア以外には姻族しか女性が居ないのは歴とした理由がある。

魔力は外からやって来るものだ。私たちは生まれてすぐ、魔力を持っていない状態で生まれ、魔力を取り込み大体12歳くらいで取り込める……持てる魔力量が安定する。要は容れ物の様なものなのだ。人によってその大きさ形は十人十色。詳細はある従弟の研究分野なので省くが、女性はその身体を守るため、基本的に入れ物の容量が小さく出来ている。そして取り込める量は少ない。だから問題ないのだが、稀にいるのだ。膨大な容れ物を有し、ブラックホール並みに魔力を取り込んでしまうものが。取り込める量が既に安定している人間が多少無理して取り込むだけで体調を崩す。いくら大きな器を有していても、入り込む量が制限出来ない赤子では、自らの体を壊しかねない分量を吸い込んでしまい衰弱してやがて死ぬ。


皇帝の一族の子は基本的に大きな器を有している。私たちもそうだ。一般的に強い魔力を持つという貴族の魔力がグラス用の氷一つ分だとするならば、私たち皇帝の一族は自然から切り出したばかりの氷と同じようなもの。雲泥の差なのである。さらに言えば、カティアは氷一つと説明するより、雪山そのものと言ってもいいかもしれない。体に釣り合わないその途方も無いエネルギーは魔力そのものと言わざるを得なかった程だ。純度の高い膨大な魔力。……これを持っていたのが男の私たちの誰かだったら、次の皇帝に確定だった。

けれど、カティアは女の子。生まれた時の彼女の両親の絶望は言わずもがなだろう。彼女は弱って、死ぬはずだった。そう、"だった"。彼女は生き残った。幸か、災か……いや、彼女が生き残ってくれたのだから幸いという事にしておこうかな。幸いにも、私たちの"王様"のお陰で。

方法と何故それが出来たのかは本当に偶然で、けれど不幸中の幸いで彼女の命は助かった。そのまますくすくと育ち、初の姻族以外の女性なので教育にも力が入り色々と規格外レベルの天才が出来上がったのはご愛嬌だろう。魔力を抑える為の仮面は12歳まで付ける決まりの為、彼女にももちろん与えられたものの、その魔力量の為にフルフェイスとなり、顔が見られないのは嫌だったので、彼女の"家族"は彼女と接する際にその仮面と同じだけの力を発するものを身につけておき、接する決まりだった。


私たちが彼女を大切に思う気持ちが分かるかな?まあ分からなくてもいいよ。これだけの事を聞いたくらいで理解されても面白くないし。……けどね、大事な家族が、やってもない罪を着せられ、弾劾される事を良しとするわけがないよね?

バカ王子は、成人式の後、急に改まって一通の手紙を送ってきた。本当は読まずに破り燃やして灰にして、それを送り返してやろうかと思ったけど、やめた。使えるものは使おう。例えそれが、私の妹を傷付けるような無能からの手紙であろうと、私にとっては価値はないが一応王子からの手紙だ。


手紙の内容は簡単。後悔と懺悔と言う名のただの言い訳と、罰はティアが提示したものであれば無条件で受ける事と、自分ができる事なら何でもするとの一言。

王子にしては頑張った方じゃないかな。

正直私の気持ちだけで彼に罰を与えるなら、王位継承権剥奪の上、王籍から抜き臣民降下。又は継承権剥奪後、離宮にて永久謹慎と言う名の島流しかな。公爵令嬢との婚約を自分の不貞で破棄しただけで王子が受ける罰にしては重すぎる求刑だ。でも、手紙によればあの子爵令嬢を見るときにかかってた恋人補正フィルターが消えてるから、結婚させて離縁は許さず、2人揃って島流しがいいかな?……それは王子にはいい罰だけど、子爵令嬢の方にはご褒美かな?一応大好きな王子様(笑)と一生離宮で暮らせるし。……贅沢は勿論外出も買い物もさせたりしないけどね。そこまでして王子を手に入れたかったのなら、手には入ってるし、喜ぶ材料にしかならないな。せめて王子をとことん嫌って結婚とかあり得ないと思ってくれてないと、くっつけ甲斐がない。


うーん。どうしようかな。"公爵令嬢"っていう身分で求められる刑は案外制限が多いんだよな……。自分より上の身分を裁くのは大変なんだよ。どうしても、身分が邪魔をしてね。本来なら余裕で求められるレベルの刑だけど……。……本来なら。……本来、なら?


そこで私が思いついたのは、簡単な話。

王家との秘密ごとを暴露するってだけの事。それで全部解決だ。王子も子爵令嬢もこの国も、余計な事を考えずに私が計画を立てれば、思いのままの結末になる。

小さい頃ついうっかり遊んでいてめちゃくちゃにしてしまった国を思い出した。あの時は大変だったな。大祖父様に怒られちゃって。出てけーって言われたから大人気ないぞ!クソジジイ!って反抗して、私だけ単身此方の王国にくる原因になったのだ。ティアが来るって譲らなくて結果1人じゃなかったけどね。……それにしても怒ってたなぁ。おもちゃにしたのがバレたら怒られると思って、壊した国をちゃんと前よりも良い国に再建しておいたのに。何でバレたのかなと悪友のような従弟に手紙で聞いたら「前よりいい国になりすぎたからバレたんだろ。お前偶に物凄くバカだよな」って返ってきたんだ。私の事を馬鹿呼ばわりだなんて、ティアに馬鹿という方が馬鹿なんですって叱られるのがオチなのに。そんな姿も可愛くて好き。無条件で私の事を盲目的に"良いおにい様"と思ってくれてる私たちの妹、物凄くかわいい。


……思い出話はさて置き、方法は決まった。なら次は準備を進めないとね。

王子と子爵令嬢は、ティアを弾劾する為に、国の貴族にとって大事な大事な卒業式をぶち壊しにした。なら意趣返しに、私たちは建国記念の舞踏会をぶち壊し……こほん。決行日にしようじゃないか。これでついうっかり国が滅んだら、建国日と滅亡日が同じ日なんていう運命的な事になるね。楽しいね。

話が逸れて仕方がないけど、とりあえず呼ぶべき人に連絡を入れるべきだろう。先ずは大祖母様。あとは別に良い。従兄弟達に、王国の建国記念の舞踏会が終わったらティアと一緒に帝国に帰るよとメモでも送っておけば、十中八九、"彼"が来るはずだ。

もの凄くティアに執着している、私よりも遥かに怖い従兄が。因みに彼は私が幼心に一国で遊んだ時、次やる時は証拠隠滅まで計画してからやらないとダメだよ?とアドバイスをくれた良い従兄である。


計画は簡単。侯爵家が急に出てきたせいで何故か軽く済まされようとしている子爵令嬢に、国にとって大事な日に、他国の客人の前で、自分より上の身分……皇族に不敬を働かせるのだ。意図的に仕組み、自主的に罰を受けなければならない事をしでかすようにもっていく。

流石にそこまですればどんな大物が庇ったとしても、有耶無耶にして処分しない、なんて事は出来なくなる。何せ、他国…それも何としてでも仲良くしておきたかった国との、絶望的なまでの不仲原因を作った張本人になるのだから。けど問題は、あの子爵令嬢が急に冷静になったり、王子から興味を無くしたりした場合だ。思いの外賢明な判断が出来るような令嬢だったら(そもそも王子に手を出そうとはしないはずだけど)、こっちが何か企んでいることに気付いて、大人しくしている可能性が出てきてしまうから。

そこで"彼"である。今は部屋で監視付きの元軟禁中の子爵令嬢の所に、それとなく、侍女達の噂話から「帝国の美公爵が、王子の大切な姫君を気に入り、貰い受けに、建国記念日の舞踏会にいらっしゃる」という情報と、「その日はお祝いの日だから、軟禁中の子爵令嬢も態度次第では舞踏会に出られるかもしれない」という2つの情報を集めさせる。

そうする事で、まだ王子の気持ちが自分から離れていっていないと思っている子爵令嬢は、"王子の大切な姫君"が自分の事だと思い込んで、勝手に反省しているような雰囲気を見せて何としてでも舞踏会に出て来るだろう。意気揚々と。

そして舞踏会の日に、"彼"が現れれば、彼女は食いつく。急に私の所に来ては付きまとっていった時と同じように、"彼"に引っ付いて離れない事だろう。そしてそれを咎められれば、もう一つの勘違いが彼女を更に追い込む。"王子の大切な姫君"という言葉と、自分の事をあんなに好きだといってくれた過去の王子と、その王子がつい最近まで求めていた結婚の事を考えて、自分が婚約者だと名乗って良い身分になっていると勝手に思い込む。恐らく侯爵から接触もあったはずなので、自分の身分が侯爵令嬢になっていると理解もしているだろうから、上手く食いついてくる。


……何?噂話?嘘じゃないよ?"王子の大切な姫君"が示すのはティアだけどね。それに王子の大切な人になってから気に入ったのでもなく、彼女が生まれてすぐ求婚した過去がある程、前から気に入ってる。


さて、それが上手くいけば、私とティアが到着する頃には、子爵令嬢は王子の婚約者を気取り、大事な帝国の公爵様に大変な無礼を働いたとんでもない国の恥晒しになっている筈である。

後は横槍入れて来た侯爵だけど、私とカティアが舞踏会に、文句を言いに来るように仕向けたくて、王の手紙と偽ってわざわざ手紙を送って来てくれた。向こうから犯罪の証拠をくれるなんて、ありがたいったらありゃしないね。笑いが止まらないよ。

ただ一つ、面白くなかったのは、"彼"からすぐに来た返事に、当日のティアのコーディネートが詳しく指定されていた事だ。その後手紙で激しく言い合いをして、大祖母様に喧嘩両成敗とばかりに、どっちか譲りなさいと言われ、最終的に私がドレスの色を決め、髪留めの色は彼がという事になった。


さあ、結果はどうなったかといえば、私の書いたシナリオの通り。ああ、ここまで台本通りだと面白すぎてもっと掻き回したくなる。悪い癖だ。前の小国の時もこんな気分でやりすぎちゃったんだよ。


王宮で行われている舞踏会の、貴賓席近く。王族が揃った中に、1人異物がいる。……ああ、すまないね。格違いの人間と言った方がいいかもしれない。


「さて……アメリ・シルドレ。改めて聞こう。何故君はここに居るのかな」

「わ、私はっ、私は王子の婚約者よ!ここに居るのは当然でしょう⁉︎」

「へえ……婚約者。国王様、本当ですか?」

「……とある侯爵から打診を受けたが、許可していない」

「王子、どうなんですか」


床に這いつくばったまま、ティアの発動させている魔法に対抗できず、手足をバタバタさせる様は、背中を踏みつけられた虫にも等しい有様です。見苦しい。いえ、虫に失礼でした。すみませんね。

王子はそんな子爵……いえ、侯爵の養女に対して、冷ややかな瞳でいいえと応えた。その事に、元子爵令嬢は唖然。私は顔に出さずに嗤い、ティアは意外そうに口元を扇子で隠しながらも王子を見ました。

……ああ、驚きすぎて魔法のコントロール忘れてしまったようです。元子爵令嬢は、慌てたように王子にどうしたの?私がセレン様にばかり構ったから、ヤキモチ焼いたのね、など……自分勝手に見当違いの事を言いまくっています。これは愉快だ。かの令嬢のこういった行いに迷惑またはうんざりしていた私の気持ちが彼にはようやく理解出来た事だろう。

ティアが私の名前を呼んだ。彼女は知らないんだよね。王子の改心……というか、懺悔と、私が立てた計画について。でもそろそろトドメを刺す時間だから、説明は後にしよう。


「君はそう言うが、王子や王家は違うといっている。そして帝国の皇族の皆様にも、嘘をつき大変な不敬を働いた。例えそれを許すような王家だったとしても、カティアにやった事だけは消せない。許されない。私たちが、許さない。カティアに不敬を働いた時点で君は最初から、この場において、咎められるだけの罪人だよ」

「っ、……そ、そうかしら?私は、今、侯爵令嬢。すぐに婚約者として指名されるわ。カティアは公爵令嬢だけど、私は王太子妃になる。そうなれば、私の方が身分は上!時間が全て解決する話よ‼︎」


この方、新種の頭の残念な生物ですか?と"彼"が悪気なくいった。本当につい、言っただけで他意も無いのが流石に分かったのだろう、え?と自信満々に言い放った元子爵令嬢がまた呆然とした。


「カティアに不敬を働いた時点で、君は罪人だと私は言っただろう。君が喧嘩を売ったのは、私の従妹にして、帝国の現皇帝陛下の曽孫、皇家唯一の姫君である、カティア・セレスティーネ・エステランテ様なのだから」

「エステランテ……?それって、確か帝国の名前……?」


あんなにも分かりやすいように、言ってやったのに理解が及ばないとは、本当に悲しい頭の中身をしていますね。周りの貴族たちは理解して、もう顔色が青いどころでは無いと言うのに。


「まあつまり、貴女はずっと、隣国の皇族に対して喧嘩を売っていたと言う事ですね。貴女がいずれ何かの間違いで王太子妃になったところで、所詮は侯爵令嬢。初めから皇族の方と比べること自体が烏滸がましいのですよ」


ご愁傷様です。と、私が何でも無いことのように言い放った先で、元子爵令嬢は、やっと理解出来たのか、声にならない悲鳴をあげて、逃げ出そうとした。勿論ティアがそんな事は許しません。私の出した指示通りに魔法で拘束。

ふう。これにて舞踏会前に私がやるべき事は終わりです。……しかし、私の再従兄ならば、更なるトドメを刺すでしょう?そう言うつもりで"彼"を見れば、元子爵令嬢もまた私の視線を追って"彼"を見ました。王子には見捨てられたが、自分を望んでこの国に来たと思い込んでいる彼女には最後の、そして最大の希望でしょう。先程見事に塵を見る目で服を払われたことはもう忘れたのでしょうか。まあいいか。愉快だから。

"彼"は元子爵令嬢には目もくれずに、ただずっと、この場にカティアが来てからずっと、この子だけを見ていた。ゆっくりと、"彼"はカティアに近付き、あと二歩と言うところで跪いた。その様子にティアが少しだけ身構えて不安そうにする。私に視線を寄越したので、大丈夫という意味を込めて笑いかければ、扇子の下で軽く息をついてから、"彼"を真っ直ぐに見た。


「久しぶりだね、ティア。私の最愛の姫君。

君を迎えに来たよ。一緒に帰ろう?」


そう言って"彼"は、ティアの手を取り、甲に唇を落とした。こういう気障なところは絶対あの大叔父に影響されたんだろうな。

さてと、ティアしか見えてない色ボケ王様は好きにさせるとして……。

私は元子爵令嬢の前に足を進めて、自分が見事に勘違いで躍っていただけの道化である事を理解したらしい彼女に言い放った。


「刑罰はこの舞踏会が終わり次第、私が迅速に決定して、お知らせするので、王宮の牢にて待つといいですよ。良かったですね、私に絡んで来ては言っていたでしょう?自分はいつか王宮に住んでいる。その姿はよく似合うだろうと。

確かにお似合いだと思いますよ。貴女は罪人ですから」


では、また後ほど。そう言って笑って見せれば、令嬢は最早抵抗も止め、ただ愕然とするばかり。完全に理解するまではもう少しかかりそうかな。まあ、バカには丁度いい暇つぶしになるだろう。


アメリ・シルドレという、見目麗しい少女は、毒花だ。どんなに美しかったとしても、薔薇にはなれない毒花だ。他者に与える影響が悪いものだとしても、それすら優雅に使いこなして魅力にできる力量があれば、薔薇にもなれたかもしれないが。

私の従妹は、お伽話のようなお姫様ではない。性格は悪くはないが、お人好しでは無いし、使えるものは使う。多少の逃げ道はすぐ突いてくるし、人の弱みも必要ならば使う。だが、彼女はそうあったとしても、それすら上手く使いこなす。だから彼女は薔薇と形容するに足る人間だ。"美しい花には棘がある"が、それでもその花を愛するものが多い薔薇の花だ。

本当に美しいものは、毒さえ棘さえ、美しく身に纏う。


拘束されたまま兵に連行されていく後姿を私だけが見送りながら、そんな事を思っていた。

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