告白は一度きり

圭琴子

告白は一度きり

 おはぎは、あたしが幼稚園生の時に拾った猫だった。

 もう大人だったけど、事故に遭ったらしくて道路脇に転がっていたところを、大泣きしながら家に連れて帰ったのが出会い。


 幸い家族はみんな動物好きで、すぐにおはぎは動物病院に運ばれた。獣医さんに十五歳は過ぎていると言われたけれど、その計算だとおはぎは、二十五歳以上になってしまう。

 あたしが高校生になった今でもピンピンしてるから、きっと何かの間違いだと家族で話し合っていた。


 『おはぎ』の命名はあたし。真っ黒な長毛が、丸めたあんこみたいに見えたから。

 本当は、ハートレー彗星の見える日だったから、『ハートレー』も候補に挙げたんだけど、お婆ちゃんが覚えられないからと『おはぎ』になった。

 機嫌の良いときだけ撫でさせてくれて、ゴロゴロと喉を鳴らして甘える。でもツンデレな所はやっぱり猫で、絶対に抱っこはさせてくれなかった。


    *    *    *


 猫が好きなあたしは、当然と言うか、高校生になって猫系男子の田上くんに恋をした。ツンデレで、たまに何かの拍子に話が盛り上がることがあったけど、いつもは男子とだけ話す、硬派な感じの男の子だった。


「お。中島、猫飼ってんの?」


 身長はあたしとあんまり変わらなかったけど、変声期を終えた低い声は、凄く『男』って感じがしてドキリとする。


「え? う、うん」


 スマホのロック画面は、おはぎ。

 LINEのチェックをして何気なく机に置いたら、それが田上くんの目に入ったらしい。


「俺んちも前、猫飼ってたんだ。そういう、毛の長い黒猫」


「えっ? そうなの? 何て名前?」


「クロ。黒いから」


「あはは。うちの猫も、黒いからおはぎってつけたんだ」


「可愛いよな、黒猫」


「うん。不吉だなんて都市伝説あるけど、めちゃ可愛い」


 嗚呼、たまにくるデレだ。その切っ掛けがおはぎだったことに、あたしは密かに心の中で感謝する。

 田上くんが、少し遠い目をして言った。


「でも去年、死んじゃったんだ。物心つく前からずっと一緒だったから、悲しかったなあ」


「あ、そ、そうなんだ。ごめん……」


「中島が謝る事はないよ」


「でも。思い出させちゃって、ごめんね」


 猫みたいに切れ上がった精悍なまなじりを笑みの形にしならせて、ふいに田上くんが微笑んだ。


「なあ、中島んちの黒猫に、会いに行っても良いか?」


「えっ!?」


「駄目か? 長毛の黒猫って、探しても、居そうで居ないんだよな。クロが懐かしい」


 何これ何これ! 究極のデレ期きたんですけど!

 あたしは火照る頬がバレないように、次の授業の教科書なんかゴソゴソ探しながら、何でもない風を装って言った。


「良いよ。今日来る?」


    *    *    *



 家族に見付かったら、きっと「彼氏?」だなんて訊かれて台無しになってしまうから、あたしは放課後、コッソリ田上くんを家に招待した。

 お婆ちゃんの代からの古い一軒家は、壁が薄い。ひそひそと、声をひそめるようにして話す。


「田上くん、連れてきたよ。この子が、うちのおはぎ」


 抱っこは嫌がるから、もふもふの胸を抱えるようにして部屋に連れてくる。


「わあ。クロそっくりだ」


 田上くんは学校でも、普通の男子がよくする、くだらない猥談や悪ふざけをしない。だから、こんな風にくしゃっと破顔する所は初めて見た。

 へええ……普段は格好いいのに、笑うと可愛いんだ。えくぼを発見して、あたしは密かに舞い上がる。

 そんな風に見とれていると、田上くんはおはぎを膝に乗せた。


「あっ……」


 おはぎはとにかく、抱っこが大嫌い。引っかかれてしまうかもと止めようとしたけれど、何とおはぎは大人しく田上くんの膝の上に乗り、顔をよく見るように顎を上げた。


「あ、オスなんだ。クロは、メスだった」


「そうなんだ」


 おはぎは黙って、田上くんの顔を見上げている。その喉を、長い指がかいた。


「可愛いな~」


「可愛いのは、田上くんだよ……」


「え?」


「あっ! な、何でもない、ごめん!」


 いけない、いけない。心の声が漏れちゃった。

 でも田上くんは、聞こえなかった訳じゃないらしく、一瞬唇を真一文字に引き結んだ。


「中島……もしかして猫、ダシにした?」


「え?」


「ひょっとしてだけど……俺のことが好き、とか」


 え、え。どうしよう。身体中が心臓になったみたいにバクバクする。隠そうとしても、耳の先まで赤くなってしまう顔色は、隠しきれなくて。

 えーい、こんなチャンス、もうないかも! 告白しちゃおう!


「……うん、そう。あたし、田上くんのこと……ずっと、好き、なんだ。だから猫好きな所も一緒で、嬉し……」


「最低だな」


「……えっ?」


 さっきまで緩んでた猫目が、冷たく鋭いつららのように、あたしを射貫く。


「ペットをダシにして誘うなんて、最低だな。スマホの画面見えるようにしたのも、わざとか? ハッキリ言ってキモい。俺、帰る」


 事態が理解出来ずに呆然としてるあたしを残して、田上くんは立ち上がった。その膝の上から、ピョンとおはぎが飛び降りる。

 普段、あまり猫らしく鳴かないおはぎが珍しく、ひと声にゃあと鳴いた。


「もう来ないから。じゃあな」


 文字通りの捨て台詞を残して、田上くんが部屋を出ていく。


「田上く……」


「もう、学校で話もしない」


 パタン。ドアが閉まった。あたしは立ち上がって、中途半端に半歩追って、ようやく状況が飲み込めてきて唇を両手で覆った。

 田上くんに、嫌われた。猫を利用して告白する、浅ましい女だと思われた。


「うっ……く」


 急に涙が溢れてきて、あとからあとから頬を伝う。

 でもやっぱり壁が薄いから、号泣しながらも声が漏れないように唇を掌で押し潰した。


「そんな……っう、うぇえ」


「みのり。気にするなよ。あんな勘違い野郎、相手にするな」


「……え?」


 今のは、誰の声? 大人の男性みたいな、落ち着いたバリトンだった。

 思わずキョロキョロと視線を巡らせていると、不意に、制服の素足に違和感を感じた。

 ざりざりっ。きめの細かい、紙やすりでも当てたような。下を見ると、おはぎがあたしの素足を舐めていた。

 えっ? 身体を舐めたことなんて一度もない、おはぎが?

 あたしはビックリし過ぎて、涙が止まってしまった。


「おはぎぃ……」


 しゃがんで抱き締めると、おはぎは嫌がることもなく、あたしの腕の中で泣き濡れたほっぺたを舐めてくれた。

 ざーり、ざーり。やっぱり、くすぐったくて変な感じ。

 でもその感触が心地良くて、あたしはだんだん笑顔になった。

 おはぎが喋る訳なんてないのにね。変なの。そう思って、くすっと笑った。

 リビングから、お母さんが「ご飯よ」と呼んでる声がする。


「おはぎ。ありがと。ご飯だって」


 あたしはスッカリ元気になって立ち上がった。

 おはぎは先に部屋のドアに向かうけど、あたしが開けるのを待ってる。ふと振り返った、玉虫色の綺麗な瞳と目が合った。

 それが何かをもの語ってるように思えて見詰めると、揺れた尻尾の先が、二股になっていることに気が付いた。


猫又ねこまた……!」


 おはぎが笑った。


「よく知ってるな。猫は長く生きると、猫又になる。みのりが助けてくれなかったら、俺は十年前に死んでいた。それからずっと、いつか猫又になって、恩返しがしたいと思っていた」


 唇が動いて、確かにおはぎが喋ってる。でも不思議と、恐いとは思わなかった。


「みのり。一回しか言わないから、よく聞け。お前が好きだ。俺と付き合ってくれ」


    *    *    *


 ――ハッ。あたしは、目を覚ました、、、、、、

 窓際のベッドで、壁に背を向けて、横になっていた。


「何だ。夢か……」


 心臓がドキドキと騒いでいる。おはぎが、イケボで付き合ってくれなんて言うから。

 睫毛はまだ湿っていて、あたしは田上くんにフラれて、ふて寝しちゃったんだと納得する。

 くだんのおはぎが、あたしの背中の方でゴロゴロと喉を鳴らしてるのが聞こえてきた。


「もう~、おはぎのせいで、変な夢見ちゃった」


 あたしは瞼を擦って愚痴りながら、それでも良い夢だったななんて、口元が緩んでしまう。

 ふさふさの長い尻尾が、あたしの素足をくすぐった。

 その先が二股に分かれていて、振り返ってあたしに添い寝していたのが黒い癖毛の青年だと気が付くまで、あと五分のまどろみだった。


END.

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