第9話
「…どうかしら」
上手く出来たか不安そうに開けた穴を凝視しているミカエラは、優しい手付きで患部を拭いた。
気になって手で触ろうとするが、今はダメだという。
「数日は腫れるかもしれないわ…今日は刺激しない様に耳飾りの飾り部分を全て外して、穴を塞ぐ金具だけ入れておく方が無難かも」
「いや、腫れても良いから、そのまま着けてくれないか」
かえって今の流れと勢いで付けてしまいたかった。
「いいの…?」
「あぁ。気にしないでそうしてくれ」
サリードは多少の痛みはなんとも思わない。
今も、じんじんとするだけで、殆ど痛みはなかった。
「…じゃあ、調子が悪くて外したくなったら、念の為うちの店にでも寄って。金具を外すのはすぐだから」
ミカエラは耳飾りを一つ指で摘むと、しっかり消毒水で磨いた後、用意していた軟膏を塗った。
そうして左耳にゆっくり芯を通す。
また同じ作業を繰り返し、右耳にも通した。
「…それなりに似合っていると良いんだが…」
少し重みを感じる両耳に気を取られていると、まじまじと真剣に顔を見つめてくる彼女とぱっと目が合う。
サリードは気恥ずかしさに少し俯いた。こんなに近くまで顔が寄ることは殆ど無い。
「…どうしよう…」
「…?」
彼女の困惑した声に、何か問題でも、と焦って顔を上げた。
「なにが…」
「……想像以上に似合ってる!」
途端に彼女は口に手を当て、頬を染めた。
それをみて、サリードは一瞬、言葉が出なくなってしまった。
「…あ、あぁ。ありがとう、大事にするよ」
お互いむず痒いような恥ずかしさに、これ以上気の利いた言葉も出ない。
しかし、なにか心の底に蝋燭が灯る様な暖かさに包まれ、愛しげにミカエラに微笑んだのだった。
夕食はサリードが作った豆の入った粥と、軽食屋で買っておいた茹で肉を使い、ミカエラが煮込みを作った。それを2人で仲良く食べる。
サリードは休日前夜以外はあまり酒を飲まない。
飲んでも、寝酒だ。疲れすぎて眠れない日に睡眠導入の為に飲んだ。今夜も酒はお互い飲まず、少しだけ食後に贅沢な焼き菓子をかじる。
この国ではお馴染みの、蜂蜜と小麦粉、卵を使った甘いパンである。中は干した果物が所々に点在し、食感と見た目を華やかにしていた。
それを食べ終わると、机でお茶を飲みながらなんとなく会話が続き、明日に控える聖霊降臨祭の話になった。
「ねぇ、明日は遅くまで帰らないの?」
先程から風が出てきて、雨粒は激しく窓を叩き始めていた。
「…そうだな。おそらく」
この悪天候なら、明日は式典の広場の足場も良くないだろう。降臨祭で騒めきごった返した関所警備に入るサリード達も、怪我人が出ないか、より一層注意しなければならない。
それに申し訳ないと思いながらも、仕事を休んで祭りを一緒に過ごすつもりはなかった。誰かに見られでもしたら、彼らに厳しく責められるだろう。
そうなれば、ミカエラとこうして会えなくなってしまうかもしれない。
「俺のことは気にせず、職場の人や友達と楽しんで」
そう言いつつ、己の胸の内にも蓋をして、サリードは彼女の寂しげな顔を見ないことにした。
自分の心は彼女のものだが、彼女の心と身体は自分のものにならない。
なってはいけない。
彼女の幸せの為に―――。
だから、我慢せねばならない。
その強い意志が、揺らぐことはなかった。
「さあ、俺は寝支度をするよ。この天候だと明日は忙しくて大変そうだから早く寝るよ、…すまない」
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