第7話


 「わざわざそんな事までせずによかったのに…」

 「違うの!私ならすぐお会いできるし、そうしたかったからしただけ!」

 しかし本当は、ミカエラは大聖霊士のヨアンに会えるまで3時間以上待った。ヨアンの聖務が終わるまで、ずっと教会の来客用待合室で待ち続けたのだ。

 申し訳なさそうなヨアンが待合室を訪れたのは、日が沈んで辺りがすっかり暗くなった頃だった。

 途中、内勤の者に何度も今日はお引き取りくださいと言われた。しかし、絶対に大聖霊士に祈願してもらいたかったのだ。


 「…ヨアン様は、本当に奇跡のような方なの。私、今の仕事にまだ不慣れだった頃、細工も上手く出来ないし職場でもちょっと浮いていて…。教会の礼拝堂でよく泣いていたの。そしたら、ヨアン様がいらっしゃって、近くにあった水盤の水を覗いてみてって仰って……。覗いてみたら、貴方が映ってた」


 「え…」


 「あの時はまだ知り合う前だったから…知らない人が映っていて、びっくりして。でもヨアン様が、貴方の人生は今以上素晴らしいことが沢山起きる。だから泣いていないで、前を向いてって……そう仰ったの」


 ―――そんなことが。

 本当にあるのか。


 サリードはミカエラの話に、得体の知れない存在を初めて知った様な気分になった。


 「私、水に映る貴方に、…よくわからないけど、なぜか強く惹かれたのを覚えてる。それからしばらくして、本当に貴方を町で見かけた時、息が止まるほど驚いたわ」


 懐かしむ様に遠くを見て目を細める彼女が、すうっとサリードを振り返った。

「今なら分かる……ヨアン様は、貴方をずっと前から知っているんだわ、きっと」


 しかし偉大な大聖霊士は何も尋ねず、語らないまま、微笑んでミカエラの希望を叶えてくれた。

 そしてしっかりと祈られ、加護を宿した房が、今、サリードの手に渡ったのだ。

 絶対に彼を守ってくれるはず。

 その確信が、ミカエラにはあった。


 「…もしサリードがよければ…、お守りと思ってこれを身に着けてくれると嬉しい」

 口を噤んだままのサリードは、耳飾りに刻まれた大鷲を見つめている。

 地上に聖霊が初めて降臨したとされる日、白銀の輝きを放ちながら空から舞い降りたという雄々しい空の覇者。

 その知性が宿る鋭い眼光で地上の全てを眺め、正義と勝利を表すその純白の翼は、四方の守護者を背に乗せ世界の果てまで飛んで行くという。


 ミカエラが彼を見つめる中、サリードは、もしほんとうにそのような鷲がいるなら、自分をこんな世の中から連れ出して欲しい。……だれも自分を蔑んだりしない場所へ。そう思っていた。


 

 「…あぁ、もちろん」

 

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