第5話

 夜市は降臨祭が近いせいか、祭りにまつわる品物が多く見られた。

 もちろん女性への贈り物を売る露天商も、ちらほら声を上げて客寄せをしている。

 サリードとアルモスは人混みを避けながら、石畳の道の両側に陣取る様々な店で足を止めては、品物を覗き歩いていた。


 近頃日が落ちると寒さが増す。

 道行く人々は厚めの上着を羽織って肩を寄せ合っている。

 

 肌寒い時期になると、炉で温めた暖かい酒やお茶があちらこちらでよく売られており、サリード達もそれを買うと、寒さを紛らわす為に湯気が昇るお茶を歩きながら時折啜った。


 あと3晩過ぎれば、聖霊降臨祭である。

 まさしく聖霊が地上に降臨したとされる日を記念して毎年開催される国の一大行事で、期間は5日間もある。その為、国中の商人や楽士などが一同に会し、恋人同士や家族が祭りをたのしむ為の催し物が各所で見られる。

 巷の成人した未婚の男女は、祭りを理由に意中の人を誘う事が多く、いつのまにか若者の間では恋人作りの場として年に一度の絶好の機会になっていた。


 あちらこちらでその準備に忙しく動き回る人々は、活気に溢れ、皆笑顔だ。

 

 不意に、輝石を売る露店で足を止めたサリードは、目下に広げられている幅広で薄い箱の中を覗きこんだ。

 仕切りが沢山あり、所狭しと様々な形や大きさをした石が鎮座している。眺めていると、先を歩いていたアルモスがいつのまにか引き返しており、サリードの見つめる箱の中を脇からずいっと覗いてきた。


 輝石とは、所謂、美しく装飾品としての価値を見出された自然石の事である。

 宝石として認められた石より価値はやや低い。中には貝殻や編み物で作られた腕輪なども合わせて販売する者もいるが、この店はまだ未加工の原石だけを販売しているようだった。


 「いらっしゃい!お兄さん方。何をお探しかな?」


 離れた所で客と話していた店主と思しき年配の男が、笑みを浮かべながらサリードのそばに寄る。

 「やぁ。どれも素敵な石ですね」

 実は石を見た瞬間のサリードの脳裏に、恋人ミカエラの顔が浮かんでいた。

 ミカエラは、宝石加工の職人だ。珍しい石があれば喜ぶと思ったのだ。


 「えぇ。どれも自慢の品ですよ!うちは既製品を売らないようにしてますので、原石ですがね」

 快活に答える店主に、サリードは頷いた。

 「なるほど。近頃偽物の石で作った首飾りなどが沢山売られていると聞きますから、その為ですか?」

 「えぇ、よくご存知で。…偽物つかまされたとなれば、お客から苦情が殺到しますからね。まずは原石を購入して頂き、それをお好みに加工しています」

 

 そうなのだ。

 今から5年前、隊商貿易の商人たちの拠点の1つであった、シルヴァベトス国境地帯の目と鼻の先にある先住民の自治区が、隣国ダイアリオンに植民地化されてしまったのだ。以来、そこで産出されていた価値の高い天然石や、砂漠の向こうにある国で採掘される宝石、織物等、隊商がシルヴァベトスに持ち込んでいた様々な装飾品が手に入りにくくなってしまったのだ。

 当然不足すれば、高値で取引されるようになる。すると、偽物をつくって販売する商人が横行しはじめたのだ。


 「なあ、サリード。石がいいのか?…おい、店主!この虹色の石はなんて言うんだ?」

 話を聞いていたアルモスが突然主人に話しかけた。

 「あぁ、そちらですか?なかなか目の付け所が良いですな。その石はアイリ石ですね」

 「…ふぅん。アイリ石、ねぇ。この1番でかい奴、幾らすんだ?」

 店主はひょいと石を指で摘むと、手に持つ小型灯の光にかざした。

 「こちらはアイリ石の原石を薄く切っています。中々輝きも良い。重量もなく、大きさは掌の半分程ですが、今は手に入らない代物ですからね。それなりにしますよ」

 店主はアルモスの頭のてっぺんから足の先までをサッと見ると、隣に立つサイードに視線を移した。

 「…誰か射止めたい婦人でも?」

 「…いや、私ではない」

 サリードは、アルモスを振り返る。

 「彼が、贈り物を探している。…もちろん、女の為だ」

 「左様ですか」

 「おい、結局幾らすんだ?この石は」

 アルモスは店主の手に乗せられたままのアイリ石を小突いた。

 主は、女性への贈り物にするには加工に時間がかかると言い、石を箱に戻すと奥に入っていく。

 しかしすぐに首飾りの紐や小さな金具が沢山入っている収納箱を持って戻ってきた。

 「石だけでは、女性は貰っても身につけられませんから、こうして飾り紐に通す金具に石を取り付ける事をお勧めしています」

 「へぇ。凄いな」

 箱を覗くと色とりどりの飾り紐が所狭しと並んでいた。

 編み紐に、革紐、近頃よく出回っているアラム金でできた細い紐のような物もある。金具もいくつか種類があるようだ。


 「このアラム金の代物は、遠方の国の方々の作品で、非常に高い技術で作られたものなんです」

 

 興味があるのか、しげしげと紐を見つめていたアルモスが店主の指さす美しい金糸を撫ぜる。

 「…なんか硬そうだな」

 「えぇ。絹糸などに金箔を撚り付ける金糸とは違い、全てアラム金で出来ていますから硬くて壊れにくいのです」

 「そうなんですか?」

 「はい、金製です。よく見れば鎖状なのがお分かりになりますか?ごく小さく薄い、細い輪をいくつも繋げてあるでしょう?さらに、肌の上で繊細かつ美しい曲線をつくるように数本の鎖が縒り加工されて1本になっているのです。こういったものを我々は【アラムの金縒り】と呼んでいます。…お値段も、金ですからどの紐より高いですけどね」


 アルモスは熱心に店主の言葉を聞いているようだった。


 「…そうか。わかった。この金縒りをくれ」


 驚いて彼を振り向く。

 「え?アルモスさん、これにするのか?」

 「…なんだよ。聞いてたのかお前。今、1番いいやつだって店の主人が言ってたじゃないか」

 「…けど、値段聞いてから考えた方が良いですよ」

 すかさず店主が答える。

 「…こちらは18テスはする逸品ですが、今回仕入れたうちで最後の一つですから、特別に12テスに負けておきますよ」

 そうは言われても流石に金製は高価である。

 アルモスには高すぎるだろう。



 「そうか。…おい、サリード。手を出せ」

 「なんです?」


 突然、手に硬貨を押し込められる。

 「…は?」

 「…俺の今の全財産だ」

 「はぁっ?」


 「酔っ払ってて、数えられねぇ。数えてくれ」

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