第4話

 「…相談?いったいどんな」


 アルモスは一口酒を飲むと、顔を近づけた。

 「一緒に行ってほしいところがある」

 「はぁ…どこに?」

 想像していなかったお願い事に少々虚を突かれる。

 「とにかくだ…店をまわって贈り物を選ぶのを手伝ってほしい」

 サリードは、なんだそんな事かとため息を吐いた。

「自分で選んだ方が良いんじゃないか?」

 贈り物は自分自身で選んでこそ意味がある。

 「まあ、それがだな…」

 言葉を濁すとまた頭を抱えて項垂れる。


 「…俺が選ぶと毎回、女が怒るんだよ」

 意味がわからないとばかりに両手を上げて情けない顔をこちらに向ける。

 「一体…何を選んでるんです…?」

 怪訝な眼差しを向けるも、アルモスは憮然とした態度でこう言った。

 「そりゃぁ、女が喜ぶときたら、花だろ!お前だって去年、花でも買えばと言ったじゃないか!だから俺は毎回花を買って渡すのさ」

 「はぁ…そうですか…」


 確かに以前、綺麗な花を市で見つけたら彼女に買ってあげたりすることはあると言った。

 花を毎回あげるのもいささかどうかと一瞬思ったが、そもそも花だけで異性が怒るとは思えない。

 「…他には?」

 「ん?…ほかに?他には…」

 必死に考えるアルモスは、ややあって思い付いたかのように笑顔になった。

 「あぁ、金はもちろん渡すが、充分な金額だぞ!」

 「…金?」


 彼の口からとんでもない言葉が飛んできて驚いた。


 「おい、あんた…その意中の子に幾ら渡したんだ」

 「幾らって、まぁ、…2テスくらいだな」

 満足そうに答える表情に呆気にとられるが、悪気があるわけではないのだろう。 

 しかし、馬鹿だ。


 「馬鹿じゃないのか」

 「…はぁ!?」

 「…アルモスさん、なんでそんな事するんだ」

 2テスといえば、大人4人が一晩安全な宿に食事込みで泊まれる値段だ。食べ物だったら、数日は充分飲み食い出来る。女性ならお洒落な新品衣類を幾つか選んで買う事も出来る金額だ。サリード達警備隊員にとって、一月の貴重な給金の約1割に値する大金である。おそらく、そう言った目的で渡した本人の気持ちとは裏腹に、受け取り手の女性は不快な気分にさせられたに違いない。

 「…なんでって、そりゃ、好きなもん買えれば俺に少しは靡くかなと…」

 「…なびく、ねぇ…」

 この男はおそらく知らないのだろう。

 一般的に未婚女性に金を渡すのは、主にソレ目的だ。

 安い宿場町などで警備をしていると、時に金がなさそうなサリードにでさえ、近くを彷徨く女に強請られる事がある。

 ―――お花を頂戴と。

 売春行為などした事がないが、1人の時を狙って近寄る女性の目的がなんなのか位は察しがついた。

 女が男から花と金を受け取れば、一晩の遊びを了承した事になる。

 男が女に花を送り、金を渡すのは一晩買いたいと言っているも同然なのだ。

 そんな物を親しくもない男から差し出されたら、貞操観念が強い未婚の娘には到底受け入れられない屈辱だろう。

 

 「なぁ、まさか、額が少なすぎたか…?それとも、宝石か?」

 いつまでも物を言わない事に痺れを切らしたのか、サリードの左腕を掴み揺さぶっている。

 「早く教えろ!お前は恋人がいるだろ!なぁ!」

 あまりの必死さに若干戸惑う。

 「…ッちょっと!離してくださいよ」

 とっさに身体を後ろに引いて、指痕がつきそうな程強く握られた腕を摩った。

 「アルモスさん、とりあえず花と一緒に金を渡すなんて絶対やめた方がいい。欲を吐くためにやる買春の交渉と同じだぞ」

 「はぁぁ!?」

 

 アルモスは叫んでガタンと立ち上がった。


 椅子は後ろへ盛大に倒れたが、彼は混乱して頭を抱えている。


 「嘘だろう!」

 「嘘なもんか…そこらの旦那に聞いてみろよ」


 「…あぁァ!なんて最悪なんだっ!もう駄目だッ…あぁっ」

 机を拳でダンダン叩きながら、倒れた椅子に彼は崩れ落ちるように倒れ込んだ。

 「あぁ!今回は本気だったのに…ッ」


 感情の波に飲まれている様子で、椅子を抱き込んで顔をうずめている。

 こんなに取り乱すとは……すでにその女性にも同じ事をしたのだろう。

 


 しかし、さすがに目立つ。

 我にかえると、隣の席から注目をあびている事に気づき、思わず声が張る。

 「おい…!恥ずかしいからやめてくれ」

 サリードは騒がしい室内を見回すと、素早くアルモスの腕を掴んで引っ張り上げ、倒れた椅子を元に戻した。よろよろする身体を押し込むようになんとか座らせる。

 思わずため息が出るが、なかなか恋愛事の相談ができる人もいないのだろう。

 打ちひしがれて項垂れる彼を放っておくのもかわいそうだ。

「…とにかく、分かったから、その女が喜びそうな物を探そう。…ちゃんと俺もついていきますから」

 俯く彼の表情を覗き込むと、音がしそうなほどの勢いでぐるんとこちらを振り向いて、微笑みを浮かべた。

「……お前、いい奴だな…」

 酔っぱらいではあるが彼の性格とニコニコと人の良さそうな表情に、サリードもつられて笑ってしまう。

 女性に嫌われる彼に全く悪意がないのが、なんだか気の毒になる程だ。


「なあ、そうと決まれば今の時間ならまだ夜市も店仕舞いしていないだろ?…ッそうだ、今から探そう!…俺は降臨祭まで時間がない…休みがないんだ!」

 「え、今から?」

 出来れば今日は真っ直ぐ帰りたいと喉から出そうになる。

 「…おい、切羽詰まってる年上の言うことは聞くもんだろ?」

 そんな内心を悟られているのか、半眼を向けられ、サリードは可笑しくなって苦笑いした。


 「まあ、仕方ないな。…全く。はぁ……。付き合いますよ」


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