第10話:真瞳唯華(3)
件の廃材置き場は真瞳家から高専を挟んで反対側、東京と神奈川を隔てる多摩川の河川沿いにある。かつては部品工場だったものが閉鎖し、いつの間にか用途不明の錆びた鉄鋼材料が積み上がり、いまでは不良のたまり場になっていると噂されている場所だった。
夜も遅く人気もない工場団地を抜け、はずれにある廃材置き場が見えてきたところで、神谷と黒乃は息を殺すようにして開けっぱなしとなっている入口へ近づく。
「……誰かいるな」
話し声が漏れてくる。三人か、四人か。入口付近に積み上がった木箱に身を隠し、中の様子を窺う。だだっ広い構内には廃材が整頓されて積み上がっており、話し声の主は高く積み上がった廃材の向こう側にいるようだった。
神谷が足元に注意を払いながら構内に潜り込む。その後ろを黒乃はぴたりとついて、構内に忍び込む。漏れ聞こえてくる会話はどこか剣呑としていて、和気藹々といった様子は感じ取れない。
「なぁ……考え直してくれよ、唯華さん」
「こんなところで燻ってるんだったら戻ってきてくれ、お願いだよ姉御!!」
神谷と黒乃は顔を見合わせて頷いた。
積み上がった廃材の隙間から声のする方を覗き込む。
向かって右側に、土下座をしたまま微動だにしない影が二つ。
どちらも髪を派手に染め、作務衣姿だった。いわゆる半グレと呼ばれる連中で間違いなかったが、いまはその外見が虚仮威しのようにしおらしい。
そして、彼らの対面で鉄材のうえに胡座を掻いている影が一つ。
獅子のように逆立てた金髪が月明かりに照らされて煌めいている。その勝ち気な顔に宿る眼は血走ったような紅に染まり、見るものを圧倒させる質量があった。
真瞳唯華が目元にかかった前髪を掻き上げながら、つまらなそうに吐く。
「…………お断りだな」
「唯華さん、どうしてっすか……」
「はぁ?
低くドスの効いた声が響く。反射的に男たちが立ち上がり、「どうしてっすかっ!!」と縋るように叫んだ。だがそれでも、真瞳は揺るがない。
「つるんでも面白くないんだよ。そもそもさぁ、あたしって好きじゃないわけ、弱い者いじめとか、意味もなく物を壊したりとか、そういうの」
「そ、そいつは……っ、俺たちが悪かったっすけど……」
「あたしがちょっと目を離した隙に好き勝手やってさぁ、サツにバレてパクられて、残った手前らは尻尾巻いて逃げてきて、そんで、こんな場所であたしに頭下げて、一体なにがしたいわけ?」
「お、俺たちはなにもやってねぇ!! むしろパクられた奴らに愛想尽かして姉御んとこに来たんだ!! お願いだ、もっかい俺たちと一緒に――」
「ああっ!? 都合良く仲間捨ててきた手前らが、あたしと一緒になにがしたいってぇ?」
瞬間。
男たちがたたらを踏み、身体をくの字に曲げた。一瞬で距離を詰めた真瞳が鳩尾に拳を突き入れたのだ。
「あ、ぐっ……!?」
「どうせまたクソッタレな後始末ばかりやらせるんだろうがっ!! どんだけあたしの拳を汚せば気が済むんだ!?」
「ち、ちげぇよ、そんなこと少しも思っちゃ――」
「ぐだぐだとうるせぇなぁ……。やっぱいっぺん死ぬか? いいぞ、選ばせてやる。焼死か、窒息死か、それとも全身打撲でショック死がいいか?」
「お、俺たちはそんなこと望んじゃ……いねぇ……、けど……、姉御の気が済むなら……、思う存分、やって、くれ……、その代わりに、戻ってきて、くれよ……っ」
青ざめた顔をした男たちに興味を失ったのか。真瞳は舌打ちをして踵を返す。
「興醒めだ。消えろ」
「…………また、日を改めます」
「おう。二度と顔見せなくていいぞ」
「…………っ」
男たちは苦虫を噛み潰したような顔をしたまま姿を消した。
「――で、そこで見学してる二人、出てきな」
「……どうやら、とっくにばれていたみたいね」
神谷と黒乃は身を隠すのをやめ、さきほどまで男たちがいた場所まで歩み出る。
「真瞳唯華……で間違いないよな?」
「おいおい、これから口説こうってやつに本人確認かよ? こんなところに入り浸ってるのを知った上でここに来たんだろ? あたしも待ってたぜ? 今年は強いの差し向けるからよろしくってやえちゃんに頼まれてんだわ」
真瞳は二人を交互に見やると、にやりと八重歯を覗かせた。
「それにしても随分と騒がしいなぁ今日は」
「不登校娘がさっきのぼんくらを振って調子のいいことをほざいてるわね。身の程くらい弁えたらどうかしら?」
黒乃が小馬鹿にしてみせると、真瞳もまた見下すように鼻で嗤った。
距離にしておよそ五メートル。軽口を交わし躱し、ばちばちと火花が弾けるような緊張感に、いたたまれなくなった神谷は、引っ込んでいろ、との命令どおりに黒乃の背後へとまわる。
「馬鹿にしてる? 安い挑発だな。掌で転がすのがうまいのは霊魔だけか?」
「そっちこそ、しょうもない連中に囲まれてお山の大将気取って楽しい?」
「さっきそこでなにを見てたんだ、お前」
「雑魚を虚仮にして悦に入ってる姿を、そりゃあもう最前席で」
嫌味たっぷりに答えると、真瞳は鼻白んだ。
力なく下ろしていた腕をゆらりを持ち上げて構えると、紅蓮の双眸は獲物を前にした獅子のように鋭く光る。
「……可哀想なやつだ。あのやりとりをそう解釈するしかない程度の人生しか歩んできてないってのが丸わかり。掃魔師の才能なんてもんを持ってなきゃあ、箱庭みてぇなぬるま湯に浸ることもなく、表面だけじゃあ見えるわけもないもんにも理解が向くもんだがな。純粋培養ってのはやっぱ一長一短ってことだよなぁ」
「……なにぶつくさと垂れてるわけ?」
――神能解放:顕現:豊穣の湾曲鎌
黒乃が右手を虚空へと差し入れ、弓矢を引き絞るように腕を引く。
権能により顕現させるは等身大に匹敵する刃を宿した一挺の大鎌。
「さて、逃げる時間はくれてやったはずだから、ここにいるってことは狩られる覚悟ができたってことでいいのよね?」
「…………なぁ、優等生。喧嘩はしたことあるか?」
「はぁ? そんな下等なこと、やるわけないじゃん」
「そうかよ、そいつは残念だ」
真瞳が踏み込む。
その刹那、
「大人しく狩られろっ!!」
黒乃が全身のバネで弾けるように地を蹴り、大鎌を振るう。
最速の一撃が音もなく真瞳へと襲いかかり――、
「――咲き狂え、天上の華」
――神能解放:亜流・
神能界戦 辻野深由 @jank
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。神能界戦の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます