第9話:真瞳唯華(2)

 案の定、というよりはおおよそ想像がつくとおりで、真瞳唯華は不在だった。


 夕方は七時過ぎ。真瞳家は高専から歩いて二十分ばかしの閑静な住宅街にひっそりと佇む一軒家だった。洋風でモダンな外観に庭付きという、それはそれは立派な家庭環境、なにも不自由などしていないように見える。


 あくまでも表向きは、だが。


「唯華は外出していて、今日はきっと戻ってこないと思うけれど」

神谷と黒乃の訪問に、恐縮しきった様子で出迎えてくれた母親の声はどこか怯えていた。

「あ、あの……お二人は一体どちらさまで……」

「あれ? やえちゃんってば、連絡してなかったのかな? 掃魔師高専一年の神谷です」

「同じく黒乃です。唯華さんは私たちのクラスメイトなんですが、入学式もすっぽかして、今日も学校にこなかったので、どうしているのかな、と思いまして」

「ああ、そういうことですか……、行ってないんですね、やっぱり……」

「…………」


 残念がるというよりは、ほっと胸を撫で下ろすかのような反応に、黒乃は訝しげな視線を母親に向ける。


「どこに出てるかアテとかつきます? 俺たち、彼女を説得するようにって先生に言われてるんです。とりあえず話をしたいなぁ、と思ってるんですけど」

「きっと、繁華街に出てるか、そうでないなら川沿いにある廃材置き場かと……」

「廃材置き場……となりゃあ、あそこか」

「……情報ありがとうございます。それでは唯華さんを探してみたいと思います。もし唯華さんと入れ違いになってもいけないので、帰ってきたらここに連絡をください。私の番号です」

「え、ええ……」

「それじゃあ、夜分遅くに失礼しました」

「……っ、ま、待って下さい!!」


 黒乃の連絡先が書かれた紙切れをじっと見つめながら、真瞳の母親は呼び止める。


「なんでしょう?」

「唯華が戻ってきたら連絡はします。ただ、連絡をしたことは内密にお願いします。それと、くれぐれも気をつけて下さい。唯華は……その、本当に怒ると手が付けられなくなりますから……」

「……ご忠告ありがとうございます」


 会釈をして、今度こそ真瞳家を後にすると、黒乃は早速舌を打って苛立ちを露わにした。


「……面白くない反応だったわね」

「確かにな。つうか、なんだよあの態度。俺のじいちゃんなんか夜の九時を過ぎて帰ったときなんかこっぴどく叱ってきたぞ? だってのに、真瞳の親は唯華がどこに行ったのかすら興味がないって、あんまりじゃんか、そんなの」

「無理もないわ。神能を宿した身内なんて化物みたいなものじゃない。わけのわからない力がいつ誰に牙を向けるか分からない、恐ろしい、不気味で、なのに対処法もない。だから怒りの矛先が向かないよう、機嫌を取ったり、勝手気ままにさせるしかない。真瞳の両親はまさしくその典型よ」


 心配ではなく無関心。


 下手に学校で問題を起こしてほしくない、家に厄介事を持ってこないでほしい――そんな、親心の欠片もない態度。


 だが、神能を宿した子どもを抱える親の多くはそんなものだ。


 得体の知れない異能をどう受け入れるべきかが分からない。どう教育すればいいのか見当もつかない。だから、放置、無視、放任といった状況に置かれてしまう。


 そんな不遇な環境に置かれた才能ある若人を掃魔師として育て上げるべく設立されたのが掃魔師高専だが、もはやその理念は長い学校運営のなかで廃れ果ててしまった。


 それが、悲しいかな現状である。


「私が面白くないと感じたのは全然別の話」

「真瞳が可哀想って話じゃねぇのか」

「そんなの正直どうでもいい。あの親、よりにもよってこの私に気をつけろなんて……しかも、チクってもバラすなって口止めまで要求してくるなんてよっぽどよ。あー……なんかもう、あったまきた。真瞳唯華をぶちかます。泣かせるまで痛めつけてやるわっ!!」

「気合い入ってるとこ悪いけど、これからどーするよ。繁華街で探すか?」

「がむしゃらに探し回ったところで見つかるはずないもの。廃材置き場で待ち伏せするわ。すでにいたら儲けもんね。手間が省ける」

「まぁ、確かにそれが正解か。つうか、そもそも俺たち真瞳の外見知らないんだよな……」

「しまった……さっき聞いておけばよかった……戻るのも面倒だし、そもそもそんな場所に居座る女子なんて真瞳くらいなんじゃないの? それにしたって廃材置き場ってなによ。グレる程度もたかが知れてるわね」


 楽勝よ、楽勝!! なんて余裕ぶった態度の黒乃がふと足を止める。


「ん? どうした?」

「……廃材置き場ってどこかしら?」

「……知らないくせになんで自信満々に先陣切ってたんだ」

「方向間違ってたら神谷が案内してくれると思って」

「先走る癖あるよな、お前」

「お前はやめてって言ったよね?」

「本当に困ったときだけ頼ろうとするなって。仕方ねぇな、ついてこい」

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