最終話 エピローグ

 実は一つ年下だったひばりの衝撃の事実が判明したものの、それ以外は特に変わりなく日常が過ぎていく。

 ばたばたしたのは最初だけだ。


 墓杜家の壊滅は、山奥であり、オカルトをしこたま抱えていたこともあって、警察も身内の内紛と判断した(実際そうだ)。

 母さんの旧姓である日暮に性が変わり、三人とも疑われたものの、証拠がなければアリバイもある(ひばりが危ないかと思ったが、徹底して調べる警察ゆえに、僅かな違いからひばりもアリバイが認められた)。

 一ヶ月にも及ぶ捜査に付き合わされたものの、その後は順調に、新たな生活へと移行していた。


 通っていた高校から別の高校へ編入した(母さんの懐事情により、以前通っていた高校だと金銭的に厳しく、授業内容も偏っているため、普通の学生として通わせたいという母さんの育児方針により、別の学校へ)。

 中高一貫だったので、ひばりと一緒に通学することになる。

 校舎が違うので顔を合わせることもない……というわけでもなく、ぼくの場合なにかと中等部の校舎に呼び出されるのだ。


 パシリのようにひばりに呼び出されるわけではなく、別の女の子だ。

 編入してすぐさま、ぼくは自分が引き寄せる悪霊たちの退治に奔走した。

 完全なるマッチポンプであり、これで感謝をされて、好感度が上がっても、申し訳ない気持ちでいっぱいだった。


 対価を求めないことがさらに拍車をかけて、しかも容姿を含め人望の厚いひばりの兄、(義兄ではあるけど……元を辿ればいとこだ)というのもあり、年下の女の子に異常にモテる。


「あの、いま、付き合ってる人……いますか……?」


 そんな風に切り出されて、いないと答えれば好きですと告白される。

 誰もが望むだろう青春の入口が目の前にあれど、ぼくはそこをくぐらない。


 付き合っている人はいないけど、好きな人はいるのだから。

 ぼくの答えは同じ、毎回変わらない。


「ごめん、おまえとは付き合えないよ」



 女の子は笑って去っていったが、すれ違ったひばりは彼女の表情を見ていて、


「まーた泣かした」

「仕方ないだろ。ちょっと可能性があるかもって思わせたら可哀想だ。付き合う気なんかまったくないのにさ」


「いいじゃん、一回だけでも付き合ってみれば。意外とそれではまって、抜け出せなくなって、あの子のこと忘れるか――」

「忘れるわけないだろ」


 ひばりがびくりと肩を震わせ、

「……ごめん」

 と謝った。


「……なんか用だった? ぼくはもう教室に戻るけど」


 今は昼休み、中等部の屋上だ。

 屋上は開放されているものの、周りに人はいない。

 なぜならつい昨日まで、ここには悪霊がおり、奇妙な現象が起こると生徒たちの間でも有名だったからだ。


 実際、一人の生徒が自覚なく飛び降りている……、

 命は取り留めたものの、将来有望の運動部の生徒だ。


 スポーツ推薦まで狙って外部の高校を受験する気でいた。

 そんな彼がどうして……?

 動機に注目が集まっているが、彼に自覚がない以上、屋上というスポット自体に目を向けることになる。


 悪霊を退治したのでもう大丈夫、とは直接的には言わないものの、噂を流すつもりだ。

 自然と、この屋上にも人が集まるようになる。

 さっきみたいにこの場所を告白の場にする子も多くなるはずだろう……。


 と。


 そこでぼくが違和感を抱いたと同時に、


「それよ、それ」


 ひばりが言った。


「あんた、たくさん告白されてるらしいけど、場所っていつもどこだった?」

「えーと、場所は色々だったからな……方法も、直接、口で言われたり、手紙だったりで……でも、確かに屋上は初めてだった」


 そう、告白に使う場所ではない気がする……。

 なぜなら――ここは奇妙な現象が起こることで有名だったからだ。


 それを踏まえた上で、人目を気にする彼女があえて選んだ? 

 それとも既に悪霊がいないことを噂を流すよりも早く気付いて、使った……? 


 どちらも可能性はある。


 だとすると、前者は噂を聞いてもなんとも思わない鈍さを持つ、もしくは、奇妙な現象が起きても構わないという覚悟の上なのか……それとも期待していた? 


 後者であるなら、悪霊に気付いていたとも言えるし、いなくなったことに気付いた、とも言える。

 どちらにせよ、ぼくら側の人間であることが分かる。


「あの子、ほんとに人間?」

「……もしかして、死に神かもしれないと?」

「すれ違う人、全員を見て、どっちだか一目で分かる?」


 ……分からない。

 さっき告白してきた子以外、これまでぼくに告白してくれた子が、果たして人間なのか死に神なのか、さっぱり見当がつかない。


 悪霊退治をしているおかげでモテていると思っていたが、こうなると単純に、ぼくの体質が悪霊までならず、死に神まで呼び寄せていると思わざるを得ない――。


「ああ、それは気にしなくていいから」

「え。なんでだよ?」

「女の秘密」


 人差し指を唇に当て、蠱惑的に笑うひばりがぼくの手を引き、


「ひとまず、あの子に聞いてみないことにはなにも分からないわね」

「……振った人間相手にもう一度話しかけるのって、デリカシーがないって言うか、きまずくないか?」

「だから、死に神かもしれないって言ってんでしょ」


 言った後で、思い直したひばりが訂正した。


「……まあ、死に神相手でも、きまずいのは変わらないわよね」

「でしょ」


「だとしても聞かないと。

 こういうのって、放置すると絶対あとで大きく膨らんで襲ってくるんだから、今の内に対処しておいた方がいいわよ――」


 だって、


「どうせあんたが出るんだから、苦労するのはあんたよ」


 どうせぼくが出るのか……否定はしないけど。


「あんたから出るんでしょ。誰も強制なんかしてないのに、さ。自分のせいかもって勝手に思い込んでるだけってのは分かるけど」


 いくら体質があるとは言え、全部が全部とはさすがに思わないけど、まあ。

 大概はぼくのせいだよなあ、とは、自覚しているつもりだ。


 はっきり見えてしまうと、どうにかしたくなる。

 それに、ぼくが救っているのは人間も含め、悪霊だってそうだ。


 過去、区別がつかなかったぼくは、だから霊も人間も同じ存在でしかない。

 切り捨てることなんか、できっこないんだ。


「――分かったよ、いくよ」

「そ。じゃあいこう、ひつぎ」


 ぼくの手を引いていたはずのひばりが、今度は手を絡めてくる。

 最近、兄妹のスキンシップが多くなってきた。

 家族愛に飢えている彼女からのアプローチだと思えば、無下にもできなかった。

 妹を相手にしているのであって、これはきっと浮気ではない、と思うけど……どうだろ、初。


 隣を見ても答えてはくれない。

 そこには誰もいない。

 でも、微笑む姿だけが、なんとなく見えた気がした。


「……いってきます」


 初がいない世界で、守りたいひばりがいる日常を守るために。


 今度はぼくの番だ。

 これから先、死力を尽くして、生き続けていく。

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死に神ちゃん再起不能-リタイア- 渡貫とゐち @josho

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