通学路の双子

如月冬樹ーきさらぎふゆきー

通学路の双子

 ……あの道のこと知ってるか。あの振り返ったら死ぬ道。

 知ってる。三日以内に死ぬんだってね。でもそんなのただのうわさでしょ。

 まあな……でも実際、足音が背後から聞こえたり、呼びかけられたりしたやつもいるらしいぜ。

 まさか。今度あんたが振り返って見なさいよ。それでこの噂が本当かわかるわ。

 おいおい、冗談じょうだんじゃないぜ……


 夏の暑さはいつの間にか過ぎ去って、夕方になると随分ずいぶん涼しい。そろそろ冬服にしようかしらと思いながら、私はめいを待っていた。

「お待たせ、待った?」

 そう言って鳴は昇降口から私の元にけてきた。今日は部活の後に二人で帰ることになっていたのだ。

「全然待ってないよ。じゃあ行こうか」

 私たちは楽しく話し合いながら、通学路を進んだ。

「そういえばゆかり、亜美あみはどうしたの?」

 と、鳴が聞いてきた。亜美は幼なじみで、三人でよく遊びに行くほど仲良しだ。

「亜美は絵のコンクールのために今日も部室で門限ギリギリまで絵を描くってさ」

「そっか。亜美は本当に絵が好きだよねえ」


 しばらくまた話しながら道を進む。角を左に曲がると、突然あっと鳴がつぶやく。

「ねえ、知ってる?この道の噂」

 特になんの特徴とくちょうもない道だった。15メートルぐらいの一本道で、突き当たりの右側にまた道が伸びていた。

「知らない。どんな噂?」

「この道を通っている間に振り向くと三日以内に死ぬんだって」

 子供騙だましの怪談かいだんだなとも思ったがそれでも多少は怖くなる。この道を通る前に聞くんじゃなかった。私は少しだけ後悔した。

「やだなあ、そんなの嘘でしょ。しかも振り向かなければ良いだけなんだから、そんなの簡単なことじゃん」

「でも色々とれいが仕掛けてくるらしいよ。後ろから『こっちを見ろ』って言ってきたりして……」

 そう言いながら私を怖がらせようと鳴は両手をお化けの様に体の前に出して、上からおおかぶさってきた。

「うひゃあ」

 と私が怖がると鳴は満足そうに笑った。

「じゃあ通りますか」

 鳴はズカズカと進んでいく。置いて行かれたくない一心いっしんで私は鳴の後を追った。後ろに神経しんけいを集中させながら早足で道を進む。背後から視線を感じる様な気もするがきっと気のせいだ。そう自分に言い聞かせてどんどん進む。あと半分、あと少し、あと一歩。無事に突き当たりに着いて右に曲がった。もう大丈夫だろう。

「あー面白かった。ゆかり怖がりすぎでしょ」

 鳴は涙目になるくらい爆笑している。こっちの気も知らないで!全く!そうしてこの日は何事もなく家に帰った。


 次の日は一人で帰ることになってしまった。補習ほしゅうを言いわたしてきた担任をうらんだ。まあ宿題を忘れたのは私なんだけど……あの道を通らずにむ様に迂回うかいしようかとも思ったが、とんでもなく遠回りになってしまうので仕方なく昨日と同じ道で帰った。


 思えば、今までずっと私は同じ道で登校し、下校してきた。けれども昨日聞いた様な怪奇現象かいきげんしょうなんて一度も起こらなかったではないか。それってつまり……


「じゃあうそじゃん」


 昨日あんなに怖がっていた私がバカらしく思えてきた。そう思いながら帰っているとまた例の道に差し掛かった。意を決して前進する。何事もなく通り切った。怖くなかったといえば嘘になるが昨日よりはマシだった。大したことないなと思いながら、勝ちほこった気分で帰宅した。


 次の日、教室に着くや否や鳴が青ざめた顔で私の元に飛び込んできた。

「ゆかり、大変なの。亜美があの道で振り返っちゃった」


 話によると、昨日鳴も一人で帰っていたらしい。その道中で亜美の後ろ姿が見えた。一緒に帰ろうと思い、おーいと呼びかけたのだが、そこがたまたまあの道だったそうだ。亜美は振り返ると、何かに驚いた様な顔をしたという。ただ、幽霊を見た時にするであろう、おびえた顔ではなく、どうしてだろうとでも言いたげな、とぼけた顔をしていたと言うのだ。


「でもあんな噂、嘘に決まってるよ。三日以内に死ぬなんてある訳ないじゃん」

 そう鳴に言った。

「まあそうだとは思うけど。でも亜美、なんだか様子が変なの。昨日振り返ってからどこかうわそらって感じで」

 私は心配になって亜美に話しかけた。

「亜美、鳴から聞いたけど大丈夫?」

 すると亜美は私のむねの名札の方を少し見遣って、それから私の顔を見て言った。

「あら、桜木さん。私は大丈夫よ。今日もきちんと朝ご飯を食べてきたし。とっても元気よ」

 確かに変だ。なんだかよそよそしい感じがする。言葉遣ことばづかいが亜美にしては丁寧ていねいだし、普段は私のことをゆかりって呼ぶし。目もどこか焦点が合ってない。でも体調は本人の言う通り良さそうだった。少なくとも今すぐ心臓発作しんぞうほっさで死んでしまう様には見えなかった。今日から三日間何もないと良いのだが。


 ただの噂と思っていても、それだけで恐怖や心配が消えるわけではない。この画像を見た人は一時間以内に死ぬと書かれた迷惑メールを開いてしまったあの日は気が気じゃなかった。この三日間は鳴と二人で徹底的てっていてきに亜美を監視かんしした。何かあったときに助けられる様に。教室移動やお手洗いの時も常に一緒に行動し、登下校も一緒だ。家に帰ってからも一時間ごとに安否あんぴをメールで確認し、夜寝るときはすぐに誰かを呼べるよう、枕元まくらもとにスマホを置けと指示した。あと二日、あと一日、あと一時間。三日という期限が近づくにつれて私の鼓動こどうは早まっていった。心配で心臓が破裂はれつするかとも思った。しかしさいわいなことに、何事もなく三日が経った。


「なんだ。何もなかったね」

 と、私は鳴と話した。なんだかホッとした。やっぱりあんなのはただの噂だったのだ。げんに亜美は私たちのとなりでピンピンしている。鳴も大事おおごとにならずに済んで、安心しているようだった。


 その日、私はまた一人で帰ることになってしまった。また宿題を提出せず、補習を受けていたからだ。ただ、後悔はしていない。亜美の命を守るための仕方がない犠牲ぎせいだ。一時間ごとにメールを送らなければならないのだ。宿題などしている暇はない。


 特に怖がる必要もなかったのでまたいつもの道を選んだ。そしてあの直線にかった。私はおくすることなく前進した。


 最初は意気揚々いきようようと進んでいたのだが、途中から違和感いわかんを覚える。背中に強烈きょうれつな視線を感じる。ゾワゾワと首筋に人の気配けはいを感じる。後ろを振り返って見たくなったが、それはいけない。絶対にダメだ、そう直感が言っている。足を早める度に段々と気配が大きくなってきて、ついには耳元に人ならぬ吐息といきがかかり始めた。あと半分、あと少し、あと一歩、というところで私は足を止めた。聞き慣れた声が聞こえたからだ。生まれてからずっと聞いてきたような声。その声が私を呼んでいた。私は後ろにいる者の正体が気になってきた。立ち止まってから時間が経つにつれてどんどん気になってくる。まるで状況が飲み込めなかった。あり得なかったからだ。けれどもあの声は確かにあの人の声だ。私が毎日会って、ずっと一緒にいる人の声。


「どうして私が呼んでいるの」

 

私はついに振り返ってしまった。そこにいたのは「私」だった。どこからどう見ても私そのものだった。今朝、鏡で見た私の姿にそっくりだった。私が不思議な顔をしていると、もう一人の「私」はニンマリとした。不自然なほどに口角をり上げて微笑ほほえんでいたが、目は笑っていなかった。まるで人形の目のようで、何を考えているのかさっぱり読み取れなかった。


あの退屈な日々からやっと解放された。これから始まる新しい生活に、思わず胸がときめいてしまう。まずは何をしようか。美味しいものでも食べてめぐろうかしら。「亜美」も随分ずいぶん楽しんでいるみたいだ。今度二人でどこかに行こうか。二人でしかできない思い出話もあることだし。


あの日からというもの、鏡を見るといつも「私」の後ろには私がいる。今日もりずに何度もうったえかけてきた。バカだなあ。「私」が振り向くなんてそんなことするはずないのに。鏡に写るもう一人の私はずっと同じ言葉をり返し続けている。


「カエシテ……カラダヲカエシテ……」

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