第2話 嫁入り道具




 うちの所は、そこそこの旧家でしてね。

 場所からして、町でも武家ぶけ屋敷やしき町の、まあ、はずれですけど、

 いまだに白壁やら瓦屋根そろった、今にして思えばずいぶん立派というか、古めかしいというか、お屋敷でして。


 むかし使用人のひとが寝起きしてた部屋とか、納戸なんどとか、今じゃもう使ってない部屋がたくさんあって、

 当たり前ですけど、どの部屋も暗くて古くて人けがなくて

 そんな家ですから、妖怪だってどこかにひそんでるだろう、みたいなフインキはありましたね。



 で、そんな家にね、母がお嫁にきた時に、大もめにもめて、

 母の実家からもってきた、昔風にいうと、嫁入り道具、ってやつ。


 いやね、父のほうもそうですけど、母の家もこれがまた、古めかしい家でして。

 江戸時代の中ごろにできたっていう屏風びょうぶがあったんですよ。

 それをお屋敷の門から運び込もうってときに、祖父が、あ、父のほうの祖父ですよ。

 いきなり血相変えて、屏風ひっつかんで、門の外へ放り出そうとしたらしいんです。


「かような道具は宅中たくちゅう悪陰あくいんを生ぜしめ、あやしの物のすみかとなる。当家にもちこむことはまかりならん」

 って、大声でね。



 まあ、要するに、出るっていうんですよ。その、屏風のぞき。


 昔から、家で屏風を使うたびにね。

 屏風の陰から視線を感じるとか。

 もう気のせいだとかそういう段階じゃ済まなかったみたいで。使用人が次々にめてったりとか。先祖のなかには、ちょっとおかしくなって、刀ぬいて屏風を真っぷたつにしたとか、あったみたいで。

 すごいのになると、屏風の陰から、おわんくらいある目玉がぎらぎら光ってたとか、

 その、あれ、トリヤマセキエンの絵そのまんま、幽霊みたいのがのぞきこんでたとか、あったらしいんです。


 でもねぇ、その屏風がまた、母のほうの家じゃ先祖代々つたわる、言わば家宝ってかんじのもんでして。

 母は一族最後のひとり娘でしたからね。家宝の屏風をもたせて送り出してやりたいと、祖父、はい、母のほうの祖父は思ったらしいんですよ。


 それがいきなり道路へ放り出されそうになったもんだから、祖父、母のほうの、あわてて屏風を押さえにかかってね。

 もうつかみ合いだったらしいですよ。祖父、父のほう、いえ、母のほうも、ええ、両方のほうの祖父ね。

 なんかもうその場で結婚解消、みたいな感じの寸前にまでなったみたいなんですけど。

 さすがに屏風ひとつで結婚を台無しってのは無理がありますよね。


 というか、父がね、食ってかかったらしいんですよ、祖父に。あ、いえ、両方に、です。

 というか叱りつけた。まあ、そりゃそうですね。母はもう泣き出してたらしくて。祖母も、両方のほう、泣き出しそうな有り様だったらしくて。

 屏風ひとつで。いや、もう門の前ですし、近所のひとたちも、通行人なんかも、なんだなんだって集まってきて。それも嫁入りの日に。

 もう大恥ですよね。ですから祖父たちも、父に叱られて、意外にあっさり大人しくなったらしいんです。



 で、その家宝の屏風ですけど、結局、母といっしょに家に入ることになったんです。

 ただし人目につかない、家の西の隅にある空き部屋、そこにしまっとくことになった。

 母の家宝の屏風ですけど、人のいるとこに置くのは、祖父、父のほうの、祖母も嫌がったんですね。

 もう、屏風おいたら、出る、と。そういう感覚がえらく強固で。


 でも祖父にしちゃ、あ、母のほうの祖父ですね。

 家宝の屏風ですから、こっちの家に、でん、と置いて、娘を、つまり母をですね、見守っていてもらおうと、そこまで固まってたみたいで。

 まあ、妥協案です。露骨ろこつに仕舞いこんだりはしないけど、お守りみたいなもんなんだから、目立つところに置く必要はないだろう、と。


 そんなわけでね。その西のはずれの部屋。

 誰も使わない。めったに寄らない、入らない。

 それでも何というか、ほかの空き部屋とは違って、やっぱりあるんですよね。

 不気味な、マイナスの存在感って言ったらいいのかな。べつに意識したくもないんだけど、どうしても意識に入ってきちゃう、みたいな。


 そのせいでしょうねぇ。

 私が物心ついたころには『屏風の部屋』なんて、名前がついてました。



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