第一例 どこまでも続く愛を

「はじめまして。五条 幹哉 です」


「磯貝 香織 です」



私と妻は、お見合い結婚だ。


仕方ない。

何時まで経っても女っ気の一つもないのだ。

こうでもないと、

一生結婚なんてしなかった。


あれから、10年。

病院のベッドで寝ている妻。



 「幹哉さん。

  明日もお仕事なんですし、

  もう帰ってもいいんですよ?」


 「いや、まだ面会時間は残ってる。

  もう少しここにいるよ。」


 「そうですか。」



特段、会話をするわけでも、

   手を握ったりしているわけでもない。


ただ、隣にいて本を読んでいる。



こうなってから、たくさんのことに気づかされた。


読書は案外、楽しい

毎日、病室で過ごす二時間。

気が付くと、私はかなりの量を読破していた。


病院は、暗い場所ではない。

誰もが重い病やケガと戦っている。

それでも励ましあってできているこの空間は、

私の想像以上に活気に満ちていた。


一人で過ごす夜は悲しい。

結婚してから、私はずいぶんとさみしがり屋になったようだ。

家では、孤独感が絶えない。



最初は、愛なんてなかった。

ただ、世間体のためだけの結婚だった。


今は違う。

私は彼女を愛している。


だが、そのことはまだ伝えられていない。



「幹哉さん。」


「ん?」


「…、明日も、あえますか?」


「もちろん」



わかっている。

幹哉さんにある明日は、

私には来ない。


実は、さっきから必死なんです。

今にも意識が途切れそうで。

故郷が止まりそうで。


でも、まだ死ねないんです。

まだ、あなたと話していたいんです。


愛なんて、なくたってかまいません。

一方的な思いでいい。


それでも、あなたと一緒にいたい。


なのにどうして…

身体は動いてくれないの…



あと一分、、、

そうすれば、今日の面会時間は、

あなたと過ごす、最後の時間は

終わってしまう…



「幹哉さん。愛しています。」



私の最後の言葉は、

彼に届いていただろうか。




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




あれから三日。


「ただいまより、

 旧郎 五条 幹哉 様、旧婦 五条 香織 様の離婚式を挙行いたします。」



棺の中の君と、二人並ぶ。

この日のために、

タキシードとドレスを用意した。


「では、続きまして、旧郎 幹哉様より、

 新たな旅立ちへのお言葉をいただきます。」




妻の、香織の最後の言葉を聞いたとき、

私は息ができませんでした。


後悔が溢れ、涙が止まりませんでした。

彼女は言葉に答える間もないまま、

旅立ってしまった。


私は最後まで、情けなかった。

彼女に愛を届けられなかった。



そのとき、

ベッドの横で泣き崩れる私に

一人の看護師が手紙を差し出しました。


死期を悟った香織が、最後に私に宛てたものだと。


それを読んだ、私は、私は、




幹哉さんへ


 これをあなたが読んでいるころ、私はもうこの世にはいないでしょう。

 なんて、最後にあなたにどうしても伝えたいことがあって、

 こうして筆を執ったんですが、いざ書くとなると言葉選びが難しいです。

 思えば、ちゃんと手紙を書くなんて高校生以来でしょうか。

 なんだか、照れてしまいます。

 さて、そろそろ本題に入りましょうか。 

 

 幹哉さん、私はあなたを愛しています。

 いつからでしょうか。

 気が付くと、あなたの細かな表情の変化を必死で追っていました。 

 朝、寝ぼけたまま、目をこすってリビングに来るあなたが、かわいいです。

 午前、会社でのあなたを知らないのは、少し悔しいです。

 お昼、毎日お弁当箱を殻にして帰ってくるあなたは、どんな顔で食べてますか。

 午後、夕食はいらない、なんてラインが入ると、寂しいです。

 夜、ハンバーグが夕食だと、あなたは少しだけテンションが上がりますよね。

 

 私が疲れたとき、あなたはそれとなく労ってくれます。

 家事も、文句の一つも言わずに手伝ってくれます。


 がんになってから、

 あなたはそれまで以上にわたしのそばにいてくれました。

 これならこんな病も悪くないかな、

 なんて思ったりもしたんですよ?

 まさか、浮かれている間に、

 こんなに悪くなるなんて、思いもしませんでしたけど


 きっと、子どもが欲しいといわないのも、

 あなたなりの優しさなんですよね。


 だって、私たちの間に、愛はないはずですから。

 でも、それだけは見当違いです。

 わたし、子ども欲しかったです。

 あなたとの子どもが。



 すこし怒ってきました。

 ワガママ、聞いてください。

 これで妻なんです。いいでしょ?


 

 五条 幹哉さん、私が死んだそのときは、離婚してください。

 あなたみたいな素敵な人を、いつまでも私が独占しちゃ悪いです。

 あなたの人生を歩んで。

 あなたの恋を探してください。どうか。


                              香織




私は彼女のワガママを聞くことにしました。

妻からの最後のお願いです。

夫として、聞かない選択はありません。

 


 でもね、香織。

 僕の思いはとっくに君だけのものなんだ。


 だから、夫婦はやめにしよう。

 いつか、ぼくがそっちにいったとき、

 



 恋人からもう一度始められるように。

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離婚式 虹野一矢 @bigben131215

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