第11話 黒猫懐古
この世に生まれ落ちた時、俺の傍には兄弟と母がいた。
俺の他に兄弟は三匹。俺は四番目の末っ子だった。母は野良猫で、千月の祖父母が住む家の床下で四匹の子猫を産んだのである。
しかし碌に食べていなかったせいで、母は出産当初とても痩せ細っており、その胎にいた俺たち兄弟にくれてやる栄養なんて持っていなかった。だからというか、俺以外の兄弟は母の胎内ですでに生命活動を止めており、死産だった。一番最後に生まれた俺が、四匹の中で一番大きかったらしい。
母は、冷たく小さな三匹と、温かく大きな一匹を丹念に舐め、羊膜を破ってくれたのだが、俺が産声を上げた瞬間に息絶えてしまった。栄養の無い体に鞭打って、子供を宿していた母猫。出産したことで体力を使い果たしてしまったのだろう。
こうして俺は、生まれてすぐに独りぼっちになった。
冷めていく母の体温を感じながら、鳴いて鳴いて鳴いて鳴いて、とにかく鳴いて。その鳴き声に気付いた千月の祖母――
四匹の命と引き換えに生まれた俺は、白乙女家で飼われることになり、親兄弟の分も長生き出来ますように、という願いが込められ「黒緒」という名前をもらった。
黒緒の「緒」という漢字には、長く続くもの、玉の緒(命)という意味がある。黒猫だから「黒」、長生きできるように「緒」。その二つの漢字を合わせ「黒緒」となった。人間の母がつけてくれたこの名のお陰で、俺は驚くほど長く生きできたのである。
千月の母親――
千月が一歳になるまで家族は白乙女本家で共に生活していたが、千月が二歳の誕生日を迎える前に家を建て、家族は引っ越した。
元々香月たちは俺を連れて行く気はないようだったが、俺があまりにも千月から離れようとしないので、仕方なく一緒に連れて行くことを決めてくれたらしい。まぁ、例え置いて行かれたとしても自力で追うつもりだったが。それほどまでに、千月は俺が傍に居てやらないと危ない子供だったのである。
なぜ、千月がそんな体質を生まれつき持っていたのかは分からない。ただ俺は、白乙女家が異常な家系だということを知っていた。
何が異常かと言うと、千月が生まれるまでの百年間、男児が一人も生まれていないということである。白乙女家の直系から生まれるのは女ばかりで、家系図に名が載る男は全て婿入りした者だった。そして千月以外に直系から生まれた男は、約百年遡らなければ出てこないのである。
こんなこと、科学的にはまずありえないだろう。つまり、この家には「何か」あるのだと、俺は踏んでいる。
男が生まれないことと千月の体質に因果関係があるとは、今のところ言い切れないが、何かしらの関係はあるはずだ。そしてこれらを関係付けることが出来たら、もしかすると千月の体質改善の糸口が見えてくるかもしれない。
俺が化け猫になり、千月を置いて逝く可能性が低くなれば必要なくなりそうだが、原因を探っておくことに越したことはないだろう。千月が目覚めたら、一度実家へ行ってみようか。
千月、俺は——俺は、お前が大事だよ。
十七年前、お前が香月の胎に宿って、胎動するようになった頃。黒い影のような怪異が、腹の中にいるお前に触れようとした時、『あぁ、この子は人生を穏やかに送れないのか』と直感した。
最初は、俺のせいで生きて生まれて来られなかった兄弟や、憔悴して死んだ母への贖罪のつもりだったのかもしれない。自己満足のため、俺のせいで失った命のぶん、誰かを活かしたかったのかもしれない。それでも、香月の傍らで、その胎動する温かな命を感じた時、生れる前から過酷な運命を背負ったお前に会いたいと、強く思ったんだ。まだ見ぬ命を大事だと思ったから、自分が守ると決心した。
だから俺は、お前が生きて、笑っていてくれればそれでよかった。俺が居なくなっても、守ってくれる奴らが現れたから。
記憶は劣化していくもの。俺の死を悲しんでも、長生きすればきっと俺のことも忘れるだろう。そう思っていたのに、欲が出た。
――俺は、千月と生きていたい。
母と兄弟の分、俺は十分過ぎるほど長く生きた。でも、まだ足りない。俺は千月が寿命一杯生きて死ぬまで、その傍で息をしていたいのだ。
自分が何者であるかを理解した上で、遠からず訪れる「死」を受け入れているフリをするのは辞めにしよう。
化け猫でも何でもいい。千月を守れて、傍に居られるならそれでいい。俺は生まれつき特別で異常な猫なのだ。今更、「普通の猫」を辞めるのことを恐れたりしない。普通の飼い猫を演じていたが、普通だったことは一度も無いし。
千月、俺はお前と生きるから。ずっと傍に居てやるから。
俺が助けるまで、夢の中で死ぬんじゃねぇぞ。
魔寄せDKと魔除け猫の怪奇事件簿 小林 @24sira
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