第52話
そして、向かえた甲子園開幕式、選手宣誓の場には、汐里の姿があった。
抽選会で、選手宣誓に汐里が立候補した途端、それまで立候補していた選手が全員辞退して、汐里が選手宣誓を引き当てたのだ。
ひしひしと、高野連の意図を感じるが、汐里の宣誓を聞いた後、後悔することにならないか? 木庭さんのインタビューのようにはならないと思うが、とても、優等生発言をするとは思えないんだけど……。
さあ、宣誓が始まった。
「宣誓、私たちは甲子園の女性解放元年の年に、この地、甲子園に立てる幸運を噛みしめ、甲子園を目指すことさえ出来なかった女性たちの思いを胸に、また私たちに続く野球選手を志すすべての少女の手本になるべく、女性の持って生まれた能力を最大限に発揮して、野郎ども強打者、好投手を撫で斬り、甲子園で無双することを誓います!」
◇◇◇
そして、天翔学園が、初めて甲子園出場を果たしてから四年の歳月が流れていた。
俺は、あの、城西高校の決勝戦の後、ステータスを一度も開いていない。結局、諦めなければ、試合の勝敗を決めるプレーなどないとわかったし、運、不運も結果を見ての事であり、好結果を考えるから裏目に出れば、不運と嘆くことになる。結果を考えず目の前のプレーを全力ですれば、どんな結果だろうと、次に繋がることが分かったからだ。
それに、天翔学園に転校してきたサラが、合宿所の朝食に驚いたように、俺は、テストステロンZのコントロールを手中に収めたのだ。
どうするかって? サラが驚いたのは、合宿所の朝食だったのだ。合宿所の朝食は、チョコバナナが五本。そう、チョコレートは、女性ホルモンを大量に含んでいる。さらに、ホルモンを作るミネラルが、バナナには豊富に含まれ、しかも、すぐにエネルギーにかわる。この世界でスポーツをする女子に最高の栄養食なのだ。それで、あれの最中ほどではないにしろテストステロンZが、筋肉を増強して闘争心を駆り立てる。
逆転の発想だ。テストステロンZを作り出すことは不可能だが、女性ホルモンを増大させれば、テストステロンZが体内で分泌されることに誰も気が付かなかったのだ。
それで、ステータスを使わなくても、天翔女子学園は、汐里の宣誓の通り天翔旋風を巻き起こし、県大会の勢いのまま全国制覇を成し遂げた。
まさに、無双という言葉にふさわしく、光希と雪乃が投げる変化球は、天翔シンカー、天翔ドロップ、天翔ナックルの称号を得て、陽菜はスピードスター、京は安打製造機、汐里にいたっては、配球の魔術師とまで言われていた。まさに新聞に新たな賞賛がない日がないぐらい天翔フィーバーが吹き荒れた。
そして、それを皮切りに、夏春五連覇を達成することになる。それに付け加えるならば、サラが県大会のあと、言葉通り天翔学園に転入してきたこと、そして、甲子園出場後は優秀な野球少女が、次から次へと入学してきて、天翔女子野球部も今や六〇名を超す大所帯になっていることだ。
天翔学園に転入してきたサラは、転入後一年間は高野連の規則により、公式戦の出場が禁止されているが、選手兼コーチとしてその手腕を発揮し、その次の夏の甲子園大会から選手として出場、驚異的な記録と鮮明な記憶を残し、今や高校球児たちのレジェンドになっている。
そして、あの天翔学園、女子野球部のドキメンタリーを作ると言っていたローカルテレビ局の取材は、天翔学園が甲子園出場を決めると、そのローカル局のキー局が取材を引きつぎ、「天翔学園女子野球部、甲子園優勝までの軌跡」という二時間ものの特別番組が全国放送で放映され、視聴率四〇%という大反響があり、女の子が野球するという大ブームを巻き起こした。
その番組の結果、野球というスポーツの研究が飛躍的に進み、野球道具が革新し、色々な規制ができる結果となったが、指導方法も医学的、科学的になり大きく進歩を促すことになった。
しかし、最も影響を受けたのは、天翔学園女子野球部の面々だった。もともとアイドルのような容姿で、その上野球というバックボーンを持っている。遠征に行けば相手チームから記念撮影をお願いされ、町を歩けばサインを求められ、野球部を引退後、揚句の果てに、「甲子園イノベーション」などの映画も主演で撮影されて、映画動員数及び興業収入がその年の最高を記録したらしい。
もっとも、この辺は、彼女たちが引退後、保護者が映画配給会社に乗せられ、話が進ん
だため、俺の預かり知るところではない。
「それにしても」そう考えて、一旦思考を止めると、背中からサラに声を掛けられた。
「あなた、何、考え事にふけっているのよ?」
「ああっ、サラ、さっき木庭さんから届いた手紙を見ていたんだよ」
「なにが、書いてあるの?」
「また、天翔学園が甲子園で優勝したって」
「へえ、私たちが卒業してから、ちょっと優勝から遠ざかっていたからね。よかったじゃない。ほかには? 」
「サラの同期の近況報告かな。プロ入りした京、光希、雪乃は相変わらず頑張っているって。京は去年3割打って、新人王を取ったし、光希と雪乃はそれぞれ、セーブ王を争っていたし、今年も絶好調だってさ」
「そっか、後は? 」
「後は、陽菜は大学で陸上やっていて、木庭2世って言われていて、次に一〇秒切るのは彼女だって騒がれているって。葉月に桜は、剣道と空手、全国大学選手権で男に交じって優勝だって」
「あの子たち、どこまで、才能を伸ばすのかしら? 」
「そうだな、体を思い通り動かすパーフェクトボディコントロールは達人クラス、呼吸法も独自に取り入れたリラックスから一転動きだす反応速度も一級品、おまけに周辺視野はもはや気配さえ読み取る暗殺者クラスだ!」
「ふざけないの! 美咲や梨沙や麗奈、それから、桃や汐里は? 相変わらず、アイドルと大学生の二股で頑張ってる?」
「ああ、アイドルグループの「ベースボールガールズ48」で相変わらず神ファイブだって、あと時々、プロ野球のスカウトも挨拶にくるってさ」
「そっか、あら、あなた、もう球場に行く時間だわ。早く準備して。今日も私はスタメンで、三番で出場予定なの。今日は二位のヤンキースとの直接対決。勝って地区リーグを制して、今年こそ、ワールドシリーズで優勝するんだからね」
「はいはい、マイ・ハニー」
「返事は一回よ。あなたが、私の専属トレーナーでよかったわ。マイ・ダーリン」
俺たちは腕を組んで、扉を開け、光が差し込む中、ゆっくり歩みを進める。
どうして、こうなったかだって?
話は、彼女たち天翔学園野球部初代部員の卒業年度に遡る。
サラは帰国を理由に日本のプロ野球の指名を拒否して、ドラフトで大リーグのタイガースに指名された。
驚くことに、俺にもチームのメディカルトレーナとしての打診があった。サラと俺はこの話を受けることにした。
そして、その指名をきっかけに、俺がサラに告白をして付き合いが始まり、サラの帰国前夜に俺たちは婚約をして、初めて結ばれたのだ。
因みに、プロポーズの言葉は、「転生前から決めていました」だ。
サラには内緒だが、その初エッチの時、俺の背中のアザは疼かなかった。どうやら、俺は転生する前からプロポーズの言葉どおり、サラと結婚することを決めていたようだったのだ。
完
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
最後まで読んで頂きありがとうございました。
異世界野球事情「女子高生は女の武器で甲子園を目指す」 天津 虹 @yfa22359
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます