10.帰還

「あら、誰かと思ったらタカマルじゃない。しばらく見ないうちに随分と辛気臭い顔になったわね」


 アスタルクの宿舎に戻った俺をソファーに腰掛けたフィオーラが開口一番煽り散らしてきた。


「辛気臭いとか失礼なやっちゃな! こっちはこっちで色々あって疲れてんだよ! ディアナ博士に送り返した手紙読んでねーのかよ!」


 俺はドカっとソファー腰を下ろすと、ローテーブルの上の皿に並んだクッキーをバリボリと噛み砕いた。


「ちょっと、手くらい洗ってきないさいよ。さすがに不衛生でしょ」


 フィオーラが顔をしかめた。なんかムカついたのでガン無視する。


「タカマル様、これを」


 アーシアさんが少し困ったような顔で濡れたおしぼりを渡してくれた。食堂にあるものを持って来てくれたみたいだ。


「あ、どーもっす」

「どーも、じゃないわよ。本当に手の掛かる英雄様ね。姉さんも戻って来たばかりなんだから、そんなボンクラのことは放っておいて少し休んだほうがいいわよ」

「誰がボンクラだ!!」


 さすがにカチンと来たので勢い声も大きくなる。


「何よ、事実を指摘しただけじゃない。実際、そうやって姉さんに世話を焼いて貰ってるわけだし」

「フィオーラ、何度も説明していますけど、タカマル様のお世話はシスターとしての大事なお仕事なの。そんな言い方をしてはダメよ。あと、さすがにボンクラは言葉が過ぎます。タカマル様に謝って」

「……もう、分かったわよ。ボンクラは言い過ぎだったわね。謝るわ。ダメ人間に訂正するわね」

「なんだとコラァ!?」

「もう、フィオーラ!」


 アーシアさんと俺の上げる非難の声にフィオーラは肩を竦めるだけだ。

 反省の欠片もない態度だった。


「ちょっと、二人とも声が大きいわよ。宿舎ここを利用しているのは私達だけじゃないのよ? 公共施設の利用マナーはしっかり守らないと」


 いけしゃーしゃーとこのキッズはよぉ……!!


「タカマルがボンクラかダメ人間か英雄様かよりも、先にするべき話があるでしょ?」


 それはそうかもしれんが、なんか言い方にイチイチ棘がある。

 フィオーラが俺に対して挑発的な態度を取るのはよくある話とはいえ、今回は少し様子がおかしい。そこまで考えて俺はあることに思い当たった。


「……ひょっとして、一緒にベレクトに行けなかったから拗ねてたりします?」

「………」


 俺の言葉にフィオーラがプイッと顔を横に向けた。

 お、図星やんけ。


「あー、タカマルくんとアーシアだー。おかえりなさーい。お仕事はもう終わったのー?」


 ガリオンさんの腕に抱かれたジニーが、俺とアーシアさんの顔を見るなり、満面の笑顔を浮かべながら声をかけてきた。


「みんなどうしたの? ケンカしてるの?」


 場の微妙な空気を敏感に察したのか、ジニーの表情が不安で曇る。

 ジニーを腕に抱いたガリオンさんがフィオーラと俺の顔を交互に見て苦笑いを浮かべた。なんとなく察してくれたようだ。


「あー、いや、別にケンカとかではないんだわ」

「そうですね。ケンカではないんですよね?」


 アーシアさんと俺に視線を向けられたフィオーラがバツの悪そうな顔になる。


「……ケンカはしてないわよ。だから、ジニーは心配しなくても大丈夫」

「……ほんとう? みんなケンカしてない?」

「してないしてない。マジでしてない」

「本当にケンカではありませんよ」

「本当よ。安心して」


 俺達の言葉にやっとジニーは安心そうな表情を見せてくれた。


「フィオーラ、留守番を任せてすまなかったね。おかげで、ジニーが寂しい思いをさせなくて済んだよ。ありがとう」


 ガリオンさんの労いの言葉に、フィオーラは満更でもない様子で、「まぁ、これくらいはね……」と呟いた。とーちゃんに褒められて喜ぶとかやっぱりキッズはキッズやな。


「邪教徒消失のあらましはディアナからの手紙で分かっている。捜査の進展が殆どないこともだ。恥ずかしい話だが、私達のほうも同じようなものだ。イモータンのアトリエで有益な情報を得ることはできなかった。イモータンの遺体が持ち去られた場所も理由も不明のままだ」


 そう告げるガリオンさんは忸怩たる表情を浮かべていた。


「タカマルの霊視でもダメだったの?」

「なんつーか、漠然と嫌な感じは伝わって来たんだけど、それが具体的に何を意味するかまでは分からなかったんだよな。役立たずで本当にすまない」

「……別にそこまで言ってないわよ。姉さんのセンスイーヴルは?」

「私の方もタカマル様と同じような結果でしたね……」

「イモータンの遺体を用いた霊視はできなかったのよね?」


 フィオーラが細い顎に指を添えながら質問する。


「ああ。俺達が遺体安置場に到着するよりも先に青フードが持ち去ったんだ」

「……どうしてそのタイミングだったのかしら?」

「なんの話だよ?」

「イモータンの遺体が持ち去られたタイミングよ」


 フィオーラの疑問にガリオンさんがハッとしたような顔になる。何かに気付いたようだ。


「……タカマル殿に霊視をされると何かしらの不都合が発生するから持ち去った、ということか?」

「ええ。その可能性は高いと思うわ」

「不都合ってなんだよ?」

「……例えば、タカマル様が遺体の霊視をされると、犯人特定に繋がるような情報を習得する恐れがある?」


 アーシアさんの言葉にフィオーラが首肯する。


「そのことで邪教徒に不利益が発生するので、青フードが動いた、ということなのか……?」


 ガリオンさんがアーシアさんの推測を補足する。

 青フードはアドラ・ギストラを崇める邪教との繋がりを疑われていた。邪教の不利益を取り除くために動いても別段おかしくはない。

 おかしくはないけど……。


「どうかなぁ……。前にも説明したと思いますけど、いくら俺の死霊術ネクロマンシーのスキルレベルが超最高位EXでも、さすがにガチ死人とは交信できませんよ? 幽霊になってそのへん彷徨ってるとかならまだしも。みんな考え過ぎじゃないっすか?」

「タカマルの中のリッチ・キングはなんて言ってるの?」

「ザックはベレクトに到着したくらいからずっと黙りだよ。多分、魔力回復に努めてるんだと思う」

「……一週間以上よ? 大丈夫なの?」

「どうなんだろうな。俺にもよく分からん」


 俺の発言にエンシェント家の三人が難しそうな表情を浮かべた。


「みんなどーしたの? お腹痛いの?」


 ガリオンさんの隣で絵本を広げていたジニーが目を丸くしながら言った。

 気が付くと、俺達四人が揃ってうんうん唸り声を上げていたからだ。

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異世界転移ホラー野郎 〜確率的なゾンビの俺が忌みスキル死霊術で世界も女神も救ってみせる、ってマジかよ!?〜 砂山鉄史 @sygntu

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