第2話 霤

わからない。ほんとうに覚えていないんだ。僕は、なんだってこんなところに居るのだろうか。記憶の本棚をただ我武者羅に貪る。…確か…、もうすぐ高校の文化祭だからと準備をしていて…買い出しをしていたはずで、急に曲がり角から飛び出してきた車に轢かれそうになって…それから…あ〜思い出せないや。頭を抱えていたら、カスミさんが僕の頭の中を見透かしたかのように「私もわけわかんないなって、思うよ。キミが目を覚ますまでは孤独だったしね。だって、周りにいる人たちあんまり喋んないから。それに、空気感?ていうか、なんとなく喋りかけないでって言われてるみたいでさ。怖かったの」そうだったのか。「僕も怖いんです。自分は何故この部屋にいるのか思い出せなくて」「もしかしたら夢なのかな…なんてね」彼女は笑い飛ばした。笑ってる場合か、と思いながらも恐怖心が薄れる。「んふふ〜そうだ、これ聞いときたかったんだ」とカスミさんが言う。何かと思えば、「私いくつに見える?」と聞いてきたので「ん〜」とまた、頭を抱えて考える。年齢あてクイズは苦手だ。大学生?いや、大人っぽさも垣間見えるし、もっと上か…?いや、もっと若いかもしれんな…難しい。だいたい、女性から質問されるとさらに難易度が高いんじゃないか。なんて思っていたらカスミさんに「キミと結構歳が近いと思ってるんだけどなぁ」と言われた。…と、いうことは高校生か?思い切って「18歳?」と僕は言った。カスミさんは目を丸くして「ハッズレ〜ハハハ、やっぱりキミはおもしろい。ありがとう、若くしてくれて」えぇ、違うのか。なんだ、教えてくれないんだ。さっきの話に戻るけど、とカスミさんが言った。「少し覚えてるよ、私はあの日、仕事帰りにバーに居たの」あの日?今日じゃないのか?しかも、バーって…めっちゃ大人じゃねーか!なんてツッコミを入れていたら「痛てて…」いつもの頭痛が走った。カスミさんは「大丈夫?」とこちらを覗いている。この偏頭痛はすぐにおさまるやつだ。「大丈夫です!それで?」カスミさんはつづけた「そしたらね、バーで隣で飲んでた人と仲良くなって二軒目行こうって話になったの。でも、その後から覚えてないんだ…」「そうだったんですね。」僕も同じ感じだ。重要な記憶の欠片が抜け落ちている。思い悩んでいたら、僕らの話しているすぐ後ろで、先程までうつ向けで寝ていびきまでかいたていた人が、いきなり起き上がってこちらの方にやってきた。頭をかきながら、だるそうに歩く。その男は、カスミさんに向かって「なぁ、ホントに覚えてねぇの?カスミさんよぉ」と言った。「え?」ボクとカスミさんは声をそろえて言った。金髪でチャラチャラした近寄りがたい風貌の男だった。カスミさんの知り合いなのか?するとカスミさんは「あ!あなたあのときの…」「俺はリュウ!さっきから話聞いてたけど、あの日バーで飲んでたカスミさんに声をかけたのはこの俺。そんで、二軒目行こうって話してて、二人ともフラフラでかなり酔ってたな、そのまま“レインボー”っていうバーにたどり着いたんだ」「覚えてる。あなたずっと寝てるから顔が見えなくって、それにいまはっきりあの時リュウくんと一緒に逃げたことを思い出したわ。」「そう、“レインボー”で妙な男に声をかけられたよな。マジシャンのようなハットを被りサングラスをかけて黒いスーツを着た長身の男。そいつにー」とリュウが言いかけたところで、とつぜん部屋の証明が消えた。僕は続きが気になったので「それでそいつに?」と小声で問いかける。が、突然地響きのような音が聞こえる。ブーーーーッツツ。その音で部屋にいる人全員が目を覚ますかのように立ち上がり、一体この音はどこから…?と必死に聞き耳をたてる。同時にそのどこかから、声が聞こえてくる。『どうも、おはこんばんちわ〜。お加減いかがですか?みんなをここに導いたのはこの私。とってもすてきなお部屋でしょう?ここは【バーンホープ室】っていうの。知ってた?知らないか!アハハハ!みんなには、ここに来て一日が立ってることをお知らせするよ。時間感覚が狂わないようにね!ちなみに私の名前はコウ。今後ともよろしくお願いいたします』ブーーーーッツツ。また地響きとともに声は消えていった。「おい!ちょっとまて、お前誰なんだよ!!」リュウは、声に向けて叫んだが、どうやら向こうには聞こえていないらしい。一方通行だ。すると、また地響きの音がする。ブーーーーッツツ。『あ、そうだトイレに行きたくなるでしょう?カギはその部屋にあるから。じゃあね〜』ブーーーーッツツ。この耳鳴りのように不愉快な地響きはやめてくれ、というようにみんな耳をふさいでいた。「コウっていったか?クソ腹立つ喋り方しやがって、なめ腐ってんじゃねーよ!」と何もない部屋でリュウは壁にグーパンをしていた。カスミが「バーンホープ室って…」と言った。僕は「とにかく、何も無かったところに何かが始まったような気がする」と言った。今まで何も話さなかった周りの人たちが正気に戻ったかのように口々に言った。「何だったんだ、今のは」「何者??」「カギはドコ?」「あ〜あ、意味不明」するとリュウは、「お前らもだいぶ不気味だったぞ、さっきまで。ぜんぜん喋らねーし、暗い顔で何考えてんのかわかんなかったからよ、ふつーそうで安心したわ」と言い放つと、つっかかってくるように「いや、お前もだいぶ寝てただろうが!」といったのはギャル系の、ハデな女の子だった。「アァん?誰だオメェ」とリュウは言う。「アイだよ。山田アイ。お前こそ誰だよ」「大崎リュウだ」「ふーん、あ、そ」「ち、俺より年下のクセに生意気な」「うるさいな!」リュウはアイの頰を軽くつねりながら「口を慎みなさいコギャルが!」と言った。僕は、まるでじゃれ合っているバカ二人は放っておこう、と、思っていたら「あのぅ、」と、か細い声の少年がリュウの後ろにまで来て話しかけてきた。リュウが「あ?」と聞き返せば、無言でその少年はリュウの首元を掴んだ。僕もカスミさんも、目を丸くして驚いた。周囲の人もみんなたぶん同じ目をしていただろう。「はぁ?何してんだお前」「僕はレイ。佐伯レイ。いきなりすみません、ですがあなたの首にかかっているネックレスがどうしても気になったので」と言いながらネックレスをはぎとろうとする。「おいなんなんだよ!」「少し待って」とレイがいう。「はい、とれた。これがカギなのではないかと思いましたので、リュウくんには失礼をいたしました」「えぇええええええ!」リュウはまた、大きな声をあげた。しかしぼくもみんなも、それと同じくらい大きく驚いたのであった。

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Dead or Alive 鱗雲はねず @odorusorausagi

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