服の中から
五月中旬、陽気な気候が続く。若葉が芽吹く時期だ。川沿いの道はすっかり緑に包まれている。昼間であれば新緑を通して日光がほどよく差し込むのだが、夕方となると地表のほとんどは影に覆われてしまう。川にも暗い影が落とされる。黒々とした水が流れる様は不気味に映った。
その通りを浩太が駆ける。友達と別れて一人になった途端、この道を歩くのが怖くなったのだ。
何台もの車のエンジン音が聞こえる。視界が開けた。街灯、店の明かり、車のライトと、人工的な光が目に入った。大通りに出たのだ。この通り一帯は空の赤さを感じないほどに白い光でいっぱいだった。
いつもの信号へ向かう。そこには見慣れた姿があった。
「莉奈じゃん。まだ帰ってなかったの?」
「あら浩太。あなたの方こそ帰ってなかったのね。うわ、しかも服に草ついてるし」
「明の家まで着いてってそこでちょっと遊んだからね」
「あぁーだからなのね」
「それで、そっちは?」
「わたしは……っと、変わるわよ」
「あ、ほんとだ」
二人は歩きながら話を続ける。
「わたしは提出物やってたから遅くなったのよ。今日までの宿題を忘れてたわ」
「ああー、あれか。へぇー、忘れたんだ。どう? 怒られた?」
「いえ、今日中にやれよ、としか言われなかったわ」
「うわっ、残念」
「残念ってどういうことよ」
「いや、別にー」
「わざとらしいわね」
浩太がニヤニヤと莉奈を見る。莉奈は不愉快そうだった。しばらくそんな状態が続いたが、浩太が異変に気付くことでそれは終わる。
「うわっ!」
「何、急に」
「え、なんかもぞっとした。お腹のあたり」
浩太がシャツの前を上げると、ポロリとヤスデが落ちてきた。
「きゃっ!」
莉奈が浩太の後ろに隠れる。浩太も突然のことで腰が引けていた。
「あ……なんだ、ヤスデか」
「うわぁ、気持ち悪いわね……っていうか、何でそんなもの入れてるのよ」
「うーん、多分、明と遊んだ時にもぐりこんだのかも」
「よく気づかなかったわね」
「まあ、色々夢中だったから」
言葉を濁した。浩太は暗い道が怖くて走って抜けるのに必死だったとは言えなかったからだ。
ヤスデはコンクリートから土の地面の方へと帰っていった。
「ほんとびっくりしたわ」
「俺もだよ。まさか服の中から出てくるなんて」
肌の上を這いずり回っていたかと思うと、ヤスデはもうどこかへ行ったのに鳥肌が立つ。
「あのうぞうぞ動く足。あれほんと気持ち悪い」
「わかるわ。ムカデも同じ感じだし、きらい」
「他にきらいな虫といったら……」
この日は嫌いな虫の話で盛り上がった。分かれ道に来ても立ち止まって話を続けるほどであった。
結局二人が帰ったのは、そこに来てから十五分くらい経った後。足元からカナブンが飛び出してきたことがきっかけだった。二人が驚き、それで話が流れたのでお別れとなった。
帰り道 @munyamunya
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