焚火のしるべ




 これより二つの禁を侵す。

 一つは、日本の法である。

 一つは、世界の法である。







 楓の赤葉。

 銀杏の黄葉。

 山茶花の緑葉。

 蜜柑の橙皮。

 林檎の肌芯。

 さつまいもの紫しっぽ。

 ひらめの白骨。

 加えて。

 あいつの羽。


 これらを集めて野外で燃やす。

 ちっちゃな家のちっちゃな庭で、火事にならないように細心の注意を払って、かつ、誰にも見られない時間帯を狙って実行に移した。

 一か所に集めて小さな山を形成させた材料にマッチを九本投下。

 膝を曲げて、こんこんと燃える炎を見つめる。

 焚火の温度と色がとてつもなく心身を癒し、温めてくれる。

 寒いけども。

 風がないだけかなりましだろう。


 よしよし。

 全体に炎が広がり美味しそうな匂いがするのにほくそ笑んで、一言だけ呟く。

 すれば、すべての材料の色が映るひらめが姿を現し、眼前に浮かぶ。

 しかめっ面に見えるのは、そもそもそういう顔なだけ。

 決して、何かを訴えているわけではないのだ。


 にこにこ笑っていれば、ひらめは先程自分がいた地面の中を潜っていった。

 お願いしますね。

 消えたひらめにもう一度同じことを呟いた。


 これにて、私は二つの禁を犯したことになる。

 庭で焚火を禁止するという、日本の法と。

















「返ってこないとわかっているのにどうして送り続けるのでしょうね」


 ひらめを受け取った堕天使はやれやれと首を振る。


 かつて、天使だった自分と連れ合い。

 罪を犯した自分は堕天使になって、罪を雪ぐべく暮らしている。

 連れ合いは人間になって、自分に便りを出す為に罪を犯し続ける。


 人間がいくら罪を犯しても、人間の法で裁かれるだけ。堕天使になれるわけではない。

 堕天使である自分がこの世界以外の生物に反応を示してはいけない。これ以上罪を犯したら、会える時が遠ざかるばかりか、生涯会えなくなるかもしれない。

 理解しているだろうに。


 理解しているだろうに、




「まったく。美味しいものばかりひっつけてきて、会える日を近づけたいのか遠ざけたいのかわかりませんね」

  

 まあ。

 嫌がらせもあるのだろう。

 存分に。


「甘んじて受けて、早く会いに行きますよ。だから、せっせと、楽しみを増やしておいてくださいね」







(2020.11.7)



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