詫びの行脚




 その光景を見た私は視界が紅一色に染まっても、身体は震えて蒼褪めても、身体がぶっ壊されるんじゃないかと心配になるくらいに心臓が騒ぎ出しても、構わず、大きなシャベルを掲げながら、突っ走った。

 私の大切なものに、かじりついている人間型ロボットに向かって。


 壊される前に壊してしまえ!






 憤怒と恐怖が渦巻く私の瞳に映るのは、家とロボットだけだったのに、ふと何かが眼前を過ったと思えば、次には、曇天立ち込める空に変わっていた。

 ロボットの攻撃かと頭が真っ白になった私を見下ろすのは、一人の女性だった。

 いや。もしかしたら、精巧な人間型ロボットかもしれない。


「あー、はいはい。ごめんね。あのロボットはおまえさんの家の記憶を記録するために歯を当てているだけだから。壊さないし、痕は一切残らないから安心して」


 にっこり笑う顔は元気いっぱいだった。

 私は。

 安心したんだろう。

 喉が痛いと思ったら、大声を上げて泣いていた。


 家が助かった。

 私も助かった。

 

 どこかで、嘘偽りかもしれないという一抹の疑念は拭えなかったが、それでも、安心したい気持ちの方が勝ったのだろう。


 地面に仰向けになったまま力を込めて泣き続けた。

 多分。いや。確実に安堵のほかに。

 恨みも存分に込められていた。

 カンチガイさせんなこんちくしょう。どう見たって家を喰おうとしているようにしか見えなかったぞどこんちくしょう!ほかはロボット感むき出しだったくせに歯茎と歯だけ精巧に作ってんじゃねえよこええわ!







 その女性は名を陽葵(ひまり)と言った。


「私はこの記録型ロボットのお目付け役でね。本当は説明をしてから記録を取らせてもらうんだけど、こいつが猪突猛進の性格に創られたせいか、私を振り切ってしまうことがまれにあって。本当にごめんなさい」


 かじられた、ではなく、歯を当てられた部分に痕がないことを確認した私に、ロボットと一緒に陽葵は地面に土下座した。


「別に。家は無事だったし。でも。しっかり手綱握っておいてよね」


 せいいっぱい眼光を鋭くさせて睨みつけたら、陽葵はせいいっぱい頑張りますと言って、ロボットは地面に頭をのめり込ませていた。











「あーあ。せっかく大物のさつまいもを掘り当てたのに~。おまえさんが先に突っ走るから」


 隣をギクシャクと少しだけ作動音を鳴らせながら歩くロボットを陽葵が睨みつければ、別について来なくていいと返ってきた。

 もう村に帰ればいいとも。

 私は即座にいやだと返した。


 昔々。

 と言えるほどではない少し前の話。

 今日の少女と同じ勘違いをして、しかし、今日の少女のように止めてくれる存在がいなかったので、ロボットの胸に木刀を突き刺してしまったのだ。

 ロボットは意に介せず、その場でパパっと自己修復してみせたが、流石に悪いと思って、それ以降、ロボットにつきまとい、詫びを返せる日を待っている。

 が。


「そもそも説明なく、何でもかみついている風にしか見えない体勢を取るのが悪いし。そもそも!私の母さんの肩にかみついているようにしか見えない体勢を取っていたら、すわロボットが人間に反逆を起こしたんだ、攻撃しなくちゃとしか思えないでしょうが!」

「あなたが攻撃したせいで、びっくりして本当にあなたのお母さまの肩をかみちぎってしまうところだった。お母さまが私の腹を蹴ってくれたおかげで助かったのですよ」

「こわっ!」

「本当に人間は怖い」

「いやいやいやいやいや!あの記録の仕方が悪い!さっさと直せよ!」

「創造主しか無理だと何度言えばいいのか」

「呆れるな!覚えてるわ!だから創造主に会うまで一緒にいるつもりだったのにおまえさんは鎖で繋ごうが引きちぎってすたこらさっさと行くし!行動に移す前に説明しろよ!せめて私に説明させろよお願いします!」

「理解できる者もいる」

「めちゃくちゃ少ないわ!」

「あなたが遅いのが悪い」

「これでも村一番のかけっこでしたよすみませんでしたね!」

「しかし理解できない者もいるのも事実なわけだから、できる限り走らないように制御します」

「記録取りそうになったら教えるのもお願いします。飛びつくから。無言で行かないように」

「制御します」

「お願いします」


 詫びを返せる日はまだまだ訪れそうになかった。










(2020.11.6)



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る