のど飴の日
喉に違和感を覚えた時。
それが些細なものであったとしても、私は長年愛用しているのど飴をなめる。
のど飴でも、なめすぎれば虫歯になるかもしれないと言われていたので、数と時間は調整して。
「だから、これじゃないって言ったでしょうが」
「のど飴だろうが」
「私が頼んだのじゃない」
何か買うものはあるか?
外に出ていたあいつから電話があったので、のど飴をお願いしたらこれだ。
何度口酸っぱく言ったって、覚えられない。
覚えようとしない。
「頼んだ私が莫迦だった」
「せっかく買ってきてやったのに。試してみればいいだろ」
新商品。
わざわざシールが貼られているそれを横目に、買ってくると言い捨てて横切ろうとすれば、待てと制止のお言葉。
ああ、今日は、か、今日も、か。
胸がざわつく。
「せっかく久々に会うのに、ほかに何か言う事はないのか?」
確かにそうだ。
久々だ。
私だって、会うのを楽しみにしていた。
だけど、
お互いに一人を好む。
だから、一緒に暮らさなくていい。
気まぐれに会おう。
世間の夫婦とはズレがあるのを承知で結婚。
届を出していない、お互いの意思のみでの。
この道を選んでよかったと心底思う。
色々と面倒でないから。
「じゃあ、さようなら」
のど飴くらいで。
背中越しに届く唾棄の言葉。
はいはい、わるうございましたね。
心の中で反省の言葉。
口は今、への字にするだけで精一杯なのだ。
喉に違和感を覚えた時。
それが些細なものであったとしても、私は長年愛用しているのど飴をなめる。
のど飴でも、なめすぎれば虫歯になるかもしれないと言われていたので、数と時間は調整して。
平べったい球体を一粒取り出して、口の中に入れる。
少しだけ舌の上で遊ばせてから、右から左へと、内頬を移動。
薬と銘打つだけあって、身体によさそうな独特の味。
爽快さを持つ、不思議と安堵する味。
わるうございましたね。
涙ぐんだのは、のど飴の所為である。
気が緩む味でもあるのだから。
気分は夕暮れだが、現実は昼真っ盛り。
青い空に、芸術的な雲に、ぽかぽか陽気。
今度会った時に、謝れるだろうか。
今は無理だけど。
喉に痛みが生じた。
これはいけない風邪が本格化し始めたか。
要らない感傷に浸ってないで、さっさと帰るか。
【悪かった】
帰ったら、机には謝罪の文字が記された紙が一枚。
チラシの裏だったのはご愛敬。
「いつになったら、」
その紙を両手で握りつぶして、丸めて、勢いよく家から飛び出した。
私が愛用しているのど飴はこれだと、缶を眼前に突き付けてやる。
「悪いんだろうけどさ」
積もりに積もった。
とは言いすぎかそうではないのか。
新たに加え高くなった、のど飴の缶の山を真正面に迎えて、溜息一つ。
「たまにはいいだろうが」
捨てようと思っているが、どうしてか実行に移せない自分を莫迦だとあざ笑いながら。
様子を見に行くかと、腰を上げたのであった。
口を利いてくれないのは、少なくとも自分の所為でもあるのだから。
必要なものを買いがてら、今回くらいは折れてやろう。
今回だけ、
「おれのもんも置かせろっての」
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