2018.7.

ストロベリームーン




 その呼称はネイティブアメリカンがつけた。

 赤みがかっていること、アメリカでは6月が苺の収穫時期であることが由来。

 夏の時期は、太陽が高く上がるのに対して月は低く、大気の影響で赤みがかって見える。

 恋愛運が上がるや大好きな人と結ばれるなどのジンクス有。



 では、以下のことは知っているだろうか?


 その晩、その現象が美しく、妖しく、人々の瞳に映る時。


 吸血鬼の喉はひどく乾き、

 対象者の血がひどくまずくなる、と。






 本能のままに血を吸いたい。

 けれど、牙を立てるその瞬間でさえ身体は吸えたものではないと拒否反応を示す。


 彼は赤に餓えていた。


 顔をしかめながら、呑んで、呑みまくるが、まったく満たされない。


 何の罰か。

 彼は頭を抱える。

 血を吸う事への?

 対象者は死ぬでもなく、同族に化すでもなく、得体のしれないものになるでもない。


 何故、罰せられなければならない?



 彼は泣きながら、ふらつきながらも、彷徨い続けた。

 生きる為に。



 どれぐらい経っただろうか。

 ひくひくと、彼の鼻が動き出した。

 その動きは動物が匂いを嗅ぐ仕草に似ていた。




「くえ」


 身近な声に、青臭い匂いに、彼はそっぽを向いた。

 声の主は構わず、彼の頬に手に掴んでいるものを押し付けた。

 冷えているそれに僅かに興味を覚えながらも、彼はその態勢を維持し続けた。


 が。


 グルルルルと、腹か、喉からか、獰猛なうめき声が響き渡って、しずしずと顔を動かし、口を開いた。

 根負けしたのは、彼だった。



 皮に牙が突き刺さる時、感触の良い音が聞こえる。

 その歯ごたえのある皮の奥から、汁が溢れ出し、顎を汚す。

 鉄分の含んだ甘酸っぱく青臭い味。

 牧歌的な味。

 つるりとした膜に覆われた幾多の種も歯を楽しませる。




「まずいと言って悪かった」


 一つ丸ごと、声の主の手ずから食べ終えた彼は、ぼそり、そう告げた。

 声の主は彼の後頭部を軽く叩き、だから来ない方がいいと言っただろうと言い返した。


「この時期は梅雨だし、綺麗に見えるとは思わなかったんだ」


 声の主は彼の唯一無二の対象者であった。

 最早その人物からしか吸血は叶わない。

 対象者の血が唯一まずくなるこの日は、通常、苺を食べて耐え忍ぶのだが、何を思ったのか、彼は収穫時期ではないこの地に行こうと飛び立ったのだ。


 反論する彼に、対象者は溜息を出した。


「苺に飽きたのか?」

「……土地に飽きた」

「莫迦が。とまとが身体に合ったからよかったものの、下手をすれば死んでたぞ」

「まだ足りない。早く取ってこい」

「なら行くぞ」

「取ってこい」

「早くしろ」

「………」

「くれた人は好きなだけ食べていいと言ってくれて、もう、寝た。明日の朝、礼を言うぞ」

「金を要求されるぞ」

「おまえがくえなかったら、とんずらこくつもりだったが、大丈夫らしいからな。食べた分は働いて、そして、弟子にしてもらう」

「………勝手にしろ」

「勝手にしたのはおまえだろうが。どうしようもない莫迦だな」


 またまた、そっぽを向いた彼の手首を掴み、対象者は歩き出した。




 月を見上げながら舌を出した。


 素直になれない自分たちにも。

 忌まわしき月の呪いにも。







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