『赤、朱、紅、赫……………』

 それは、いったい誰だったのだろう。


 真っ赤に染まった地上。夥しい血が流れた跡地で、彼女は一人、泣いていた。


 涙は透明。けれど、透明な涙が真っ赤な地上を反射し、視覚的に赤い涙のように見させる。


 涙が零れ落ちる。だが、地上の赤は拭えない。


 ざざ………。


 何かが身体を引き摺るような音がした。


 彼女は音がした方向に目を向ける。


 は人のようだった。


 全身が焼け焦げた身体を、己の血で濡らしながら、地面に新たな赤を加えるように身体を引き摺る。


 ざざ………。


 ずり、という音ではない。ざざ、という奇妙な音だ。


 ざらついた、やすりで地面を擦るような音。


 は、真っすぐに彼女の方へと身体を引き摺る。


 彼女は、ただ涙を零し、が自分に来るのを無機質な瞳で見ていた。


 ざざ……ざざ……。


 また、違う方向から何かが身体を引き摺る音がする。


 今度は人の姿をしていない。狼、蜥蜴に似た獣のようなものだった。


 ざざ……ざざ……。


 また、音がした。


 やすりのような音。先程と同じような人、狼、蜥蜴のようなものもいれば、全く分からない謎の姿形をしているものもいた。


 は総じて、全身が焼け焦げていて………そして、一様に地面を己の血で新たに赤く染め上げる。


 キャンバスに色を継ぎ足すように。色に深みを持たせるように。


 彼らが地面を引き摺った跡は、明確な色を持っていた。この真っ赤な大地において、はっきりと分かる色を持っていた。


 黒に近く、赤より遠い。赤黒い、というには濃すぎる。


 まるで酷い錆のような色にも見える。


 それらが残した色の線は、中心に居る彼女を目指して伸びている。


 それらには顔があった。目があった。一部は欠損していようとも、なぜか〝目〟だけは一つ、残っていた。


 それらの目が、彼女を映す。


 彼女の姿が映る。


 真っ赤な地上にて、なお生える赤。


 そう形容するしかない姿だった。


 赤い髪、赤い瞳、赤いドレス、赤い鎧。


 その中で、まるで陶器の如く純白の肌のみが、赤以外の色を彼女に与えている。


 彼女の容姿は人形のようだった。まるで作り物のように、美麗で、整っていて、あまりにも人間離れした容姿だった。


 だからこそ、その純白な肌が不自然に思えて、創造主から与えられた色、そういう考えを抱いてしまうのだ。


 の瞳に輝きは無かった。


 ただ、何かに縋る思いで、全身が砕けるような引き裂けるような痛みを無視して、ここまで身体を引き摺っているのだ。


 切望していた。ただ、一つのことを求めていた。


 赤き彼女に望み見出し、まなこを見開くのだ。



 赤き彼女は、の姿を見て、何かを憐れむように目を細める。



「    」



 何かを呟いた。その薄桃色の淫靡な唇を開いて、犬歯を露わにして。


 赤き彼女の声を聞いて、が瞳を輝かせる。


 初めて、の瞳が喜びに輝いた。


 声は出せない。けれど、せめてもとは瞳を閉じて、目礼した。


 が瞳を閉じて目礼し、そのまま瞑目したままの様子を見て、赤き彼女は顔を上げて、空を見上げた。



 昼であれば、青々とした空に燦々とした太陽が輝いているだろう、


 夜であれば、満点の星空に白銀の月が輝いているだろう、


 その空は、得体の知れぬ真っ赤な地上よりも尚、あかく、あかく、あかく、あかかった。


 雲のようで、霧のようで、塵のようで、全く何にも例えられない何か。


 赤き彼女は、一言、二言、呟いた。



「   」



 それだけで、赤い大地が脈動する。



「   」



 それだけで、赤い空が渦を巻く。



 母親が子を抱きしめるように、赤き彼女は空に向けて両腕を広げ、そして、何かを優しく抱きしめる。


 それは、赤い太陽、いや――――――赤い眼にも見える。


 この世の何モノよりも赤く、至上の宝玉と呼ばれても不思議でないを、彼女は慈しむように、あるいは愛しむように、優し気な瞳で見る。



「   」



 赤き彼女が、語り掛けるように呟く。その瞬間、彼女の腕の中で抱かれるはどくんっ、と強く鼓動する。



 赤い大地が脈動する。そこから〝赤〟だけが大地より剥がれ、無残な姿に成り果てたの身体を包み込む。


 赤き彼女が立つ所、一定の範囲を除いた全ての〝赤〟が繭をつくるように卵の形を形作る。



 赤い空がなお一層、渦巻いた。


 赤い空から、赤い何かが渦巻いて、大地にできた幾つもの繭に向けて、螺旋を描いて落ちてくる。



 繭が赤い螺旋に呑み込まれる。



 螺旋は繭を運ぶように、繭ごと赤い空へと昇っていく。



 赤き彼女は、その様子をただ見つめていた。


 その瞳には何も輝かず。その顔は何の感情も浮かばず。



 両腕で抱く〝赤〟を見て、彼女は微笑む。


 腕の中の〝赤〟を見る時だけ、彼女の顔は人間味を帯びる。






――――――――その容姿、美しき人形の如く。




――――――――その威容、尊き女王の如く。




――――――――赤き髪、朱き瞳、紅きドレス、赫き鎧。




――――――――この世の赤を統べる者が如く、否。




 赤き彼女は、まるで神の如く神々しく、されど魔王の如く禍々しい。



 その姿、それはまさしく……………。



 誰よりも早く■■し、深く濃い絶望が故に■■した女。



 それが、赤き彼女の正体。


 人の姿をした、〝化物〟である。




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『さよなら地球、ハローワールド:断片』 にゃ者丸 @Nyashamaru2

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