怪盗の華麗な犯行

桐生文香

怪盗の華麗な犯行

 「美術館が所有する『大いなる罠』を頂きに参上する」

 怪盗からの予告状には犯行の日時と共にそう書かれていた。

 

 新聞もニュース番組もネット世界も予告状を取り上げて大いに盛り上がった。

 獲物となった宝石と今までの怪盗の犯行歴が紹介される。

 怪盗の今回の狙いは華やかな深紅の宝石、通称『大いなる罠』であった。

 この宝石を巡り、かつて王侯貴族、大富豪の間で様々な陰謀が張り巡らされたと逸話が数多く残されたのであった。

 現在の持ち主である美術館の館長は予告状を受け取ると早急に警察に通報を行ったと各メディアは報じた。


 世間を騒がせている怪盗は正体不明で神出鬼没であった。

 美術館に博物館に資産家の屋敷に予告状を送りつけては宝石に彫刻、絵画を見事に盗み出していったのだ。

 犯行方法は全くの謎だった。警備員をたくさん配置しても頑丈な金庫を用意しても無駄だった。いつの間にか怪盗の獲物は消え去ってしまうのだ。

 怪盗の姿を見た者、探り当てた者は一人もいなかった。だから怪盗の顔と体格、素性は分からないままなのだ。


 犯行はいつ?どのようにして?成し遂げたのか見当がつかず。

 正体はだれ?と迷宮入りで終わるのがお約束となってしまった。

 長年、怪盗を追い続けている警部はお手上げであった。

 


 ―美術館の閉館後

 わずかな照明だけが頼りの薄暗い廊下に人影が現れた。

 人影は警備員の格好をしており、手には催眠スプレーが握られていた。さっき本物の警備員たちを寝かしつけるために使用したものだ。

 (このまま行けば…ククク……)

 人影―予告状の送り主の向かう先には展示室が待っている。彼の目当てである『大いなる罠』が鎮座する部屋である。

 その前に展示室の前のトイレに駆け込んだ。

 黒いタキシードに身を包み、白い仮面を身に着けた。事前にトイレの中に隠していた物だ。

 正装に着替えた彼は真っすぐと歩みを進めていく。コツコツと革靴の音だけが廊下に響く。

 (完璧だ…何せ俺は警備員の配置も警察の作戦もよく知っているからな…)

 脳裏に警部の顔を思い浮かべると嘲笑した。

 そして展示室の扉を開けた。


 透明なケースの中で『大いなる罠』が座っている。

 これから盗み出されるというのに暗い展示室の中、静かに薔薇のような輝きを魅せていた。

 「ククク…これで最後だ…世間は怪盗がまたしてもと大騒ぎすることだろう…」

 人影がケースに手を掛ける。そして…



 「そこまでだ‼」

 展示室の明かりがパッと点いた。明るくなった展示室では黒いタキシードと白い仮面は目立った。

 人影は驚き立ち尽くした。周りを囲むのは警官たち。警官たちの真ん中に警部が仁王立ちをしていた。

 「ようやくお縄の時が来たようだな。怪盗さん。長年お前を追い続けてきた俺の勘が当たったようだ。」

 警部の鋭い目が人影を睨みつける。人影はうろたえながら警部に訴えかけた。

 「待ってくれ…俺は怪盗じゃない…ここの館長だ‼『大いなる罠』の持ち主だ‼」

 震える手が仮面を外す。

 仮面の下から現れたのはだった。



 美術館の経営不振は深刻なものだった。

 館長がどうしたものかと悩みを抱えた時、ある新聞記事に目を奪われた。

 「怪盗またしても参上‼こんどは巨匠の絵画を‼」

 「正体不明の怪盗に警察手こずる」

 記事によると盗まれた絵画は一億円相当の価値があるというのだ。そして多額の保険金が掛けられていた事も事件の影響でマスコミや一般市民が駆け付けた事も記載されていた。

 以前から怪盗のニュースを見聞きし存在を知っていた。しかし何故か今は違う感覚に襲われた。


 そうだ。うちの美術館も怪盗の被害に会えばいいんだ。


 美術館には多額の保険金がかけられた『大いなる罠』がある。怪盗に盗まれたとなれば保険金が下りる。それで美術館を立て直すことができる。

 それにニュースになれば美術館の名前が世間に認知されるようになる。野次馬が全国各地から面白半分でうちの美術館に集まるようになる。入場料がたくさん入るようになる。

 館長は決意した。


 早速予告状を作り、受け取ったふりをして警察に通報した。

 やってきたのは長年怪盗を取り逃がしている警部だった。

 丁寧に事情を説明しつつも内心ほくそ笑んだ。

 (こいつなら簡単に騙せるぞ)


 犯行時刻が近づいてくると適当な理由を言って警部たちから離れた。

 人目につかない場所で警備員の制服に着替えた。手に催眠スプレーを持つと配置についている警備員たちを次々と眠らせて行った。館長だからこそ警備員の配置と警察が怪盗に対してどうやって迎え撃つ気でいるのかを知ることが出来たからだ。

 そしてトイレの中で黒いタキシードと白い仮面を身に着けた。

 本物の怪盗がどのような恰好をしているのかは彼は知らない。しかし、タキシードと顔を常に隠しているものだと印象を持っていたので、この格好を選んだ。

 このまま『大いなる罠』を手にして逃走する。そして館長の姿になって再び警部たちの前に現れる。完璧な計画だ。

 後で待っているのは多額の保険金と押し寄せる野次馬の入場客たち。

 …のはずだった…。

 


 「俺は怪盗じゃないんだ…」

 館長の情けない弁明が展示室全体に響き渡る。だが警部は受け入れなかった。

 「怪盗じゃないだって。」

 ケッと口を尖らせる。

 「その格好で『大いなる罠』に近づいておいて、よくそんな事が言えるな。大体初めて会った時からおかしいんだよ。あんたは‼自分の宝石が盗まれるっていうのにやけに落ち着いていてよ。おまけにもうすぐ犯行時間だっていうのに持ち場から離れたりして変だったんだよ‼」

 侮っていたはずの警部の口から強気な台詞が次々と出てくる。

 「これには訳が…」

 「どんな訳なんだ。ていうか証拠なら上がってんだ‼あんたの家から今まで盗まれた品が全部出てきたんだぞ‼」

 「えっ‼」

 館長は目を丸くした。開いた口が塞がらない。

 「とぼけんな‼こいつを連行しろ‼」

 指示を受けた警官たちは館長を取り囲んだ。

 「本当に違うんだ…俺は…」



 館長はもがきながら警官たちに連行されていった。その後ろを警部が見つめる。

 (何てまぬけな奴だ。私の名を勝手に語った罰だと思え。)

 警部は心の中で呟いた。

 


 

 目についた美術品を見つけては予告状を送り付け、自ら警備と捜査に当たった。

 当然ながら当日に美術品がどう守られるのか、警備の状況を手に取るように知ることが出来た。怪盗を追い続ける警部という立場を利用して獲物に近づく事が可能であった。

 ゆえに怪盗の姿を目撃した者は一人もいない。

 警部という姿のまま犯行現場に現れたのだから。


 いつしか長年続けてきた怪盗という立場に疲れを感じるようになった。

 (そろそろ引退でもしようか…)

 だが、その前に自身で騒がせてしまった世間を静めねばならない。

 そんな時、『大いなる罠』を怪盗が盗むと予告状が届いたと通報があった。

 そんな物は出した覚えが無い。偽物だとすぐに分かった。すぐさま美術館と通報をした館長の周辺を探り始めた。

 出てきたのは美術館の経営は赤字という情報だった。そして『大いなる罠』には多額の保険金が掛けられていた。さらに館長は催眠スプレーを購入していることが分かった。そして警備員の制服が一着無くなったという事も…。


 (おおかた保険金目当てで自作自演の盗難被害でも起こすつもりだろう。私に罪をなすりつけてな…。しかし私は黙ってはない。逆に…)

 

 逆に罪をなすりつけてしまおう。

 館長の自宅に今まで盗み出してきた美術品をこっそりと隠しておいた。部下の警官に館長が怪しいから家宅捜査をしろと指示を出して置いた。

 館長を怪盗に仕立て上げたのだ。

 そして偽怪盗の犯行の瞬間を押さえて本物の怪盗として逮捕した。


 (しかし黒いタキシードに白い仮面か…私は今まで犯行でそんな恰好はしたことが一度も無いんだが…。まあ、これで全て終わった。怪盗生活とはおさらばだ。)

 警部―怪盗は展示室を後にした。

 



 

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