最終話 意地悪な先輩と私

「先輩へのこれまでの感謝と、大好きだっていう気持ちを伝えます」


 言ってやった。本当は、この日に言うまいかどうか迷っていたけど、先輩がそこまで言ってくれるなら、こっちだって開き直って気持ちを告げてやる。


「なるほどな」


 なのに、驚いた様子もなく、ニヤリとした表情でそれだけ言う先輩。


「やっぱり、気づいてました?」


「さすがにそこまで鈍感じゃないさ。いい加減長い付き合いだしな」


 余裕の表情の先輩。


「もっと驚いてくれないと、ムカつくんですが」


 「ムカつく」なんて言葉、先輩の前でしか使ったことないな。そういえば。


「理由、聞きたいんだけどな」


 ニヤニヤ笑いでまた意地悪をしてくる先輩。


「私じゃなかったら、この時点で冷めてますからね!?」


「でも、若菜わかなはそうじゃないだろう」


 わかったように言う先輩だけど、本当に言う通りなのだから悔しい。


「そうですけどね。別に恋に理由は要らないと思いますよ」


「どこが好きとか、きっかけとか言ってくれてもいいだろ」


「むっ。正論ですね。どこが、ですか……」


 そう言われると、まず思い浮かぶのは。


「まず、こんな風に意地悪なところですね」


 本音だけど、同時に意地悪をしてくる先輩への意趣返しでもあった。


「意地悪なところが好きとか、変わってるな。なんでだ?」


 興味深そうな表情で私を覗き込んでくる先輩。


「クラスだと優等生で通ってますからね。弄ってくれる人が居ないんですよ」


 良くも悪くもお嬢様で通っている私は、どうにも、変なジョークを言って傷つけては事だと思われているのか、先輩みたいに意地悪をしてくれないのが物足りない。


「あとは、物知りなところもですね」


「そこまで物知りかあ?」


 先輩は首をひねるけど、工作が趣味な先輩は、私には知らない色々な知識を持っていて、話しているといつも楽しい。


「小学校の頃に、飛行機が浮く原理を教えてくれたときとかワクワクしましたよ」


「つっても、検索すれば普通に出てくる知識だろ」


 そう当たり前のように言うけど、自分の言葉で、飛行機が浮く原理を語れる小学生というのは、周りに居なかったと思う。


「褒め言葉くらい素直に受け取ってくださいよ。そっちの意地悪は嬉しくないです」


 人が褒めているのに、「それくらい当然だと思ってたけど」という感じで流す癖が先輩にはあるけど、そこは是非とも直して欲しい。


「ああ、悪い。つい、な」


 きまり悪そうに後ろ髪をかく先輩。そんな様子がちょっと可愛くて、私的にはキュンと来るのだけど、そこは秘密。


「あとは、きっかけでしたっけ……」


 先輩と私が出会った頃を目を瞑りながら思い返す。


「確か、先輩と出会った頃って、話し相手に飢えてたんですよ。私」


 朧気に小学校低学年の頃を思い返すと、共働きのお父さんとお母さんが、夜になってから帰ってくる光景が思い浮かぶ。


「ひょっとして、ラウンジで本読んでたのって……」


 やっぱり先輩は鋭い。


「そうですよ。誰かが声かけてくれないかなーって思ってたんですよ!」


 本音をすぐに見抜かれたのが悔しくて、つい声が大きくなってしまう。そう。学校でもお嬢様ということで、どこか浮いた存在であった私は、それでいて寂しがりやなものだから、なんだか都合のいい出会いを期待して、ラウンジで本を読んでいたのだった。


「それでか。なんか、やけに打ち解けるの早いなーって思ってたんだよ」


 確かに、偶然の出会いにしては、私と先輩は打ち解けるのが早かった。最初に出会った次の週には、また先輩がラウンジに来て、なんとなく話して。


「筋金入りの寂しがりやでしたから。だから、先輩といるのは楽しかったです」


 今までの色々を思い返す。お互いの授業の様子を聞いたり、クラスでの過ごし方を聞いたり。


「俺も、お前と過ごすのは楽しかったぞ」


 先輩はまた、真面目な顔をしてそんなことを言うものだから、嬉しくなってしまう。こういう時に真面目に欲しい言葉をくれるところも好きなところだ。


「でも、先週の遊園地デートでスルーされたのは、悔しかったです」


 成長するにつれて、いつしかマンションの外でも2人で過ごすことが多くなっていた私だけど、勇気を出して、遊園地へデートに誘ったのだった。OKしてくれたのは死ぬ程嬉しかったけど、いつもの調子で楽しく会話して終わったのは悔しかった。


「別にスルーしてたわけじゃないけどな。いいタイミングがなかっただけで」


「いいタイミングって何ですか。夕焼けの観覧車はそうじゃなかったとでも?」


 「最後、観覧車乗りましょう!」って言った時に、うなずいてくれた時は、「来る!」と思ったのに。


「ああいういかにもなロケーションは好みじゃないんだよ」


 また、変なことを言い出す先輩。わかっていて、あえて避けたのか。この男は。


「そういう意地悪は嬉しくないですね」


 ちょっとムカっと来たので、そう言い返す。


「よく言うだろ。好きな子ほど意地悪したくなるって」


 よりにもよって、返事に等しい言葉をこのタイミングで繰り出されて、顔がかーっと熱くなるのがわかる。


「やっぱり、先輩は意地悪ですね」


 主に、こんな回りくどい返事の仕方をするところとかが。


「それで、返事、欲しいんですけど?」


 さっきの言葉で言いたいことはわかったけど、はっきり言ってくれないと満足できない。


「そうだな。ここは真面目になるか」


 と言ったかと思えば、急に引き締まった表情になる。


「好きだよ、若菜。付き合って欲しい」


 その言葉をもらった瞬間、胸のうちに喜びが湧き上がる。このタイミングで、こういうのはずるい。


「私も好きです、大輝だいき先輩。お付き合いしてください」


 こうして、私と先輩のちょっとした夜は幕を閉じたのだった。


 翌朝、先輩を誘って一緒にマンションの1階まで降りると、真っ暗な部屋の外に張り紙がしてあって、思い出の場所が失われたことに少しの寂しさを覚える。


「なんか、ちょっと寂しくなるな」


 先輩も同じように思ってくれていたのがわかって、嬉しくなる。


「でも、これからは、ラウンジじゃなくても、色々できますよ。紅茶、ちゃんと100点もらうまで頑張るんですから!」


 そう。最後まで、私の紅茶に100点をもらえなかったのだけが私の心残り。だから、先輩をぎゃふんと言わせてやる。そんな気持ちで言った言葉だけど−


「ああ、それ、嘘」


 平然とそんな言葉を告げる先輩。嘘……?


「だいぶ前から、若菜の紅茶は100点だったよ」


 ニッコリと意地の悪い笑みを浮かべながらそんな事をいう先輩。

 先輩は、やっぱり意地悪だ。でも、そんな所も好きだから仕方がないか。


☆☆☆☆あとがき☆☆☆☆

これにて、「マンションのお姫様〜意地悪な先輩と私〜」は終わりとなります。

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ではでは。

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マンションのお姫様〜ちょっと意地悪な先輩と私〜 久野真一 @kuno1234

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