田中と鈴木はライバルのつもりらしい

ちえ。

田中と鈴木はライバルのつもりらしい

 田中さやと鈴木流星はお互いにライバルのつもりらしい。

 親同士が友達で、物心がついた時から一緒に過ごすことが多かった彼らは、昔からの幼馴染で、物心ついた時からのライバルだったのだそうだ。

 どちらからも何回も、耳にタコができて、自動再生できそうなほど聞いた。


 まだ人影の少ない朝の教室。走ってきた田中が息を切らしながら机にタッチして胸を逸らした。

「今日は私の勝ちね!流星!」

 遅れて机に辿り着いた鈴木が、息を整えながら田中に指を差す。

「さすがは俺のライバルだな、さや!でも今日は途中で子犬に飛びつかれたが故のタイムロスのせいだ。明日は負けない」

 彼らの朝は早い。なぜかと言うと、わざわざ二人の家の中間地点で手堅いコースを取り決めていて、そこからの競争から登校が始まるからだ。

 驚くことに、学校までの距離は二倍だという。

 熱く視線を絡ませ合う二人には、周りの他者なんて見えていない。

 みんな生ぬるい目で見守ってるんだけどな。


 彼らの日常は、だいたい何でも勝負だ。

 今日は英語の小テストの日である。面倒くさいことこの上ないのに、テンションの高い声が小休憩の教室にこだまする。

「今日こそは私が勝つわよ、流星!35488勝、35490敗、6682分けの雪辱を果たすわ!」

 高らかに鈴木に指を突きつける田中。

「負ける訳ないだろう!英語の勝率は俺の方が3%高い!」

 それもう誤差の範囲じゃね?

 誰もがそう思っている。熱くお互いを見つめている田中と鈴木以外は。


 昼休み。田中と鈴木は今日もお互いの弁当を交換して食べている。

「卵焼きの腕を上げたわね流星。これは私も頑張らないと……」

「お前のこのポテトサラダも見事だ。くっ、これは…負けていられない!」

 隣に並んで箸を片手に嘆き憤り、無心に口を動かす二人の姿。もはやおふくろの味はお互いの作った弁当なんじゃないだろうか。

 微細な味の変化までわかるほどお互いの味に慣れ親しんでいるようだ。


 午後の授業では、数学の解答を求める教師の声に二人で飛び上がらんばかりに手を上げて主張した。お互いに負けないためだけにいったいどれだけの努力をしてきているのだろう。田中も鈴木も成績が平均すると同率で学年1位だ。

「ここは俺が……」

「何を言っているの、私よ……」

 お互いを見つめ合い牽制し合う二人。当然私語がうるさいと二人とも怒られた。両成敗だ。


「今日の勝負は何にするかしら!何だってあなたには負けないけれどね、流星」

 放課後、校舎の昇降口のすぐ前で、田中が鈴木に勝負を挑んでいる。

「そうだな、今日はどうしようか。先に三つの人助けを行っていつもの場所に辿り着いた方が勝ち……なんてどうだ?」

 バカバカしい話し合いを真剣にしている二人の元に、余所見した自転車が突っ込んだ。

「危ないっ!!」

 鈴木が田中を押し飛ばして転んだ。

「………っ、流星!!」

 足首をひねったらしい鈴木が、少し足をかばって立ち上がる。

「怪我、したの?」

 いつも勝気な田中の顔がくしゃりと歪んで、鈴木の足元を見つめている。

「少しくじいてしまったな。悪い、今日の勝負はお預けだ」

「そんなことより、私のせいで怪我したのに……ごめんなさい……」

 肩を震わせながら、瞳の端に涙を溜めた田中の背をぽんと叩き、鈴木は笑う。

「何言ってるんだよ、お前をフェアに倒すのは俺だからな、他の何人にだって邪魔をさせない」

「……はやく良くなって、また勝負するのよ。……待ってるから」

「ああ、俺のライバルはお前だけだからな」

「………………私もよ」

 二人肩を抱き合う田中と鈴木。

 ……………田中と鈴木はあくまでライバルのつもりらしい。



「ねーぇ、佐藤先輩、今帰り?」

 二人を観察するモブである俺の後ろから、愛嬌のよさそうな女の子がひょっこり現れた。

「一緒に帰りませんか?へへ、私、先輩とお話してみたかったんだぁ」

 後輩らしい可愛い女の子がにっこりと俺に微笑みかけた。

 何て桃色。何て青春。世の中には逃してはならない奇跡があるようだ。

 田中と鈴木がライバルであろうがなんだろうが、心底どうでもいい。

「俺でよければ喜んで」

 さて、これからはきっと俺のターンが始まるのである。

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田中と鈴木はライバルのつもりらしい ちえ。 @chiesabu

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