もう顔も見たくない

 一週間後、私・実崎と弁護士が夜中に集まった。近所のファミレスに深刻な顔をして集まる3人は、あまりにも不釣り合いな空気だった。話し合うでもなく、何か飲むでもなく、ただ沈黙が続いている状況は周りからとても不審がられたことだろう。


 11時を過ぎたぐらいだっただろうか。一人の客が軽快な入店音と共に入ってくる。黒いスーツにハットを被った男、間違いない海藤だ。

 海藤は私たちを発見するや否や、傍まできていった。

「二人が入っていきました。皆さん、行きましょう。」

 彼の言葉は私たちの足を奮い立たせた。


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「作戦はこうです。」

一週間前、実崎は力強く語った。

「一週間後、私は急な出張で家には帰れなくなります。もちろん、嘘です。当日は友人の家にいますので、ご心配なく。今までの行動から予測すると、私が夜いない日は我が家を訪れて朝までいると思います。そこに侵入し、言い逃れできないようにします。」

 ドラマの中だけだと思っていた不倫現場への突撃。まさか、本当に体験するとは思わなかった。なぜか他人事のように思えるのは、もうあの人の愛は偽物であると思ってしまったからだろうか。



 そこからは早かった。彼が自分の旦那ではなく、異物にしか見えなくなってしまった。会話はできるがどこかぎこちない。料理もあんなに好きだったのに可笑しな味がする。夜も求められても、できなくなってしまった。

 彼の笑顔も言葉も姿も雰囲気も何もかも、すべてが変わってしまったような気がした。何も変わってはいない、変わったのは私自身だ。私が彼を信じられなくなったんだ。彼を異形へと変貌させたのは、私の心が変わってしまったからだ。ごめんなさい、は私が、私が殺してしまったのだ。


 件の計画通り、あの会議から一週間後の日に出張が入ったといっていた。どこか嬉しそうだったので、「嬉しそうね。」と嫌味のように言ってしまった。

 すると彼は、困ったような顔をして応えた。

「ごめん、会えなくなるのに喜んでしまって。俺、頑張ってくるよ」

 率直に謝ってきたので、驚いてしまった。まだ人の心が残っていた、と気づいた瞬間素直に彼の顔を見れなくなってしまった。憐憫と後悔、器に入りきらなくなったそれらを私は夜一人で処理した。

 ごめんなさい。でも初めに裏切ったのは貴方よ。


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「到着しました、行きましょう。」

 海藤は車内に取り残された私を呼んでいる。気づけば23時、場所は半年前にオープンしたマンションだった。実崎夫妻の家だそうだが、遠巻きにしか見ていなかった為か、豪壮なマンションだ。そういえば実崎さんは、稼げる外資系コンサルタントと名乗っていたっけ。

 それなのに、不倫…か。同じ女としてわからないな…。


 マンションに入り、実崎さんの部屋まで到着する。私・実崎さん・海藤・弁護士、四人全員が重い空気に包まれている。当たり前だ、今から行われるのは文字通りの修羅場。阿鼻叫喚、殴り合いの大立ち回りが開催されるだろう。


 家の家主はカチリ、と鍵を回す。扉を開く手は小刻みに震えている。


 ガチャリ。

 扉を開

「あぁ…あん!」



 …覚悟はしていたし、もするだろうとは思っていたが。

 だが、しかしだ。

 現実に起こってほしくはなかった。


 気付けば私は実崎さんを押しのけ、靴も脱がずに奥へと向かっていた。

 

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短編:もう君の前には現れない 針本 ねる @kurenai299

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