短編:もう君の前には現れない
針本 ねる
もう君の前には現れない
二人組の男達が私のもとへ来たとき、嫌な予感がしたのは覚えている。コーヒーを飲みながら、昼のワイドショーを見ていた時分だった。
一人は興信所のものだと語った。その瞬間、何かに亀裂が入る音が聞こえた。
彼らをリビングに通し、私は紅茶を提供する。5分ほど沈黙が続いた後、片方の男が口を開いた。
「すいません、いきなり押し掛けて。私は
「
二人は深々と頭を下げた。実崎は20代後半、海藤は30代前半という具合だった。二人とも落ち着いた雰囲気で、私だけが事実を知らないようだった。
「早速ですが、
海藤は鞄の中から、A4サイズの茶封筒を取り出した。紐を解き、中から現れたのは20枚ほどの写真だった。
見たことのある風景の中に、同じ男女が全て映っている。女の方は見たことないが、男の方は知っている。これは、この人は
「見て分かるとは思いますが、あなたの夫である
海藤はそういって、彼らのやり取りが記されたコピーを机に広げた。どこもかしこも愛を囁いていたり、会う予定を合わせたりと密接な関係だったようだ。
『今日はあの人いないから、今晩会わない?』
『いいよ。なら今日は残業って言っておくよ。楽しみにしてる♡』
吐き気がした。文面だけで、そういう行為をするために彼を呼び出しているのも分かったし、それについていく彼も気持ちが悪かった。
私はそこで、自分が泣いていることに初めて気付いた。意外にも、ちゃんと悲しみの方は機能するらしかった。結婚して4年目で、まだ互いのことを愛し合っていけると思っていた。子供も欲しかった。幸せな家庭を築きたかった。
だが、それももう叶わないのだろう。もう彼を旦那としてみることはできそうにない。
私の涙を見て、実崎は心配そうな口調で話しかける。
「実里さん。私も同じ気持ちです。私も初めて知った時は、驚きや怒りよりも先に裏切られた悲しみが強かった。何不自由なくしてきたはずが、妻は私と違う男を作って、しかも…、こんな…。」
実崎の頬にも涙が伝っている。当然だろう。自分が選んだ妻が、いつの間にかほかの男の苗床にされているなんて。夢であってくれ、と強く願うはずだ。
私は二人に強く言った。
「わ…私に…これを持ってきたということは、何か…、するんです…か。」
嗚咽が伴って、スラスラと言えなかった。
「もちろん。大事にしたくはありません。裁判になったらどちらも怪我程度ではすみませんし、かといってこのままにしておくわけにもいきません。私と海藤さん、実里さんとそれから弁護素も交えて、話し合いとけじめをつけないと。」
苦しそうにいう実崎の眼には、一片の迷いはなかった。決心という言葉がこれ以上にないぐらいあっていた。
この時の私の気持ちは、今でも覚えている。
あの人たちに、これ以上のない報復と絶望をくれてやる。
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