ゴロニャン…。

宇佐美真里

ゴロニャン…。

彼と付き合うようになって何年?もう五年か…。

大学のサークル仲間たちに囲まれて、にこやかに笑う彼を遠目で見ながら、私はふと過去を振り返る…。

「昔の彼の姿を見せてやりたい…」

そんな意地悪な気持ちに、ふと駆られる時がある…。

"ジッ"と遠目に見つめる私の視線に気が付いて、彼が私に"も"笑顔を見せる。私はその笑顔に、"ぷい"と顔を逸らして見せる…。

「何でこうなるかな…」私は自分に問いかけた。


高校に入学してすぐ、眼鏡を掛け神経質そうな表情で、学校の廊下を歩く姿を目にしたのが最初だった。クラスが違うこともあり、何度か廊下ですれ違うことはあっても、話をすることは一度すらなかった。

進級時のクラス替えによって、クラスを同じくすることになったけれど、接点は相変わらずほとんどなかった。教室の隅の席に腰を落ち着けたまま、彼の休み時間の相手となっていたのはクラスメイトではなくて、いつだって鞄から取り出された文庫本だった。


対して私。私の周りにはクラスメイトがいつも居てくれた。

私はクラスメイトの輪の中に居ることで安心した。独りになることが怖かった。独りで居られる人に憧れた。幼かった私には彼の仏頂面が"クール"に映っていた。"クール"なその風貌に私はいつしか惹かれていた。

そして…。よくある話ではあるけれど、文化祭の最終日。

私は彼に想いを告げた。


彼は独りでなくなった。二人で居られることで、私も変わった。

クラスメイトの輪の中から私も、外に飛び出すことが出来た。

ぶっきらぼうだった彼。いつも話すのは私ばかりで、彼は言葉少なに答えてくれた。けれど、二人で居ることで、いつしか彼も変わった。

言葉は増え、笑顔も増えた。それからは"あっ"と言う間だった。


今の彼を見ていると、ついついそんな昔の彼の姿を、みんなに見せてやりたいと思ってしまう…。ふざけてそう言う度に、彼はいつも同じことを言う。

「過去の話をするのは反則だよ…」


気付けば彼は、猫の様になっていた…。

"ゴロニャン…"とでも謂わんばかりに、甘えてきた…。二人で居る時に、笑顔が絶えなくなった。どうしちゃったの?とふざけて言う私に、彼は笑いながら言った。

「生まれたての小動物が歩き方を覚える様に…僕も笑い方を覚えたのかもしれないね」

私も笑った。


当時、彼の弟は私と彼との写真を見て驚きながら言ったそうだ。

「兄貴って、こんな顔して笑うんだ?よかったね…」

そんな話を笑いながらする彼の隣で私は、優越感に浸っていた。

だって…、彼が笑顔を見せるのは私にだけだったから…。

学校での彼にも、"友達"と呼べる人が出来、独りで居ることこそ減ったけれど、相変わらず仏頂面はそのままだったから…。クラスメイトは誰も知らなかったけれど、彼は、猫の様だった。"ツン"として独りを"気取って"いた。

クラスメイトは私に言った。

「あんな仏頂面とつきあって、何が楽しいの?」

フフフ…とだけ私は言った。私にだけ見せてくれる笑顔。"クール"を装う彼と、"甘々"の彼…。ツンデレな彼。彼の笑顔を独占していたあの頃…。

優越感から、ふと衝動に駆られる時もあった…。

「彼の笑顔をみんなにも見せてあげたい…」


私達二人は高校卒業後、そのまま大学に入ることは叶わず、共に予備校へと通うこととなった。クラスという集団に縛られることのない予備校で、常に二人。朝から晩まで、二人。他に人が居ても私達は、いつも二人。

そして彼は再び変わった。

それまで私だけの物であった彼の笑顔に、周りの人達も触れる。彼の、私に"だけ"見せていた笑顔が、人々を惹きつけた。かつて、眼鏡を掛け神経質そうにしていた表情は影を潜めて行った…。

いつしか私達の周りに、友達の輪が出来ていた。

そして私達は同じキャンパスへ無事通うこととなる。

私達は、変わらず二人で居る。二人して所属するサークルも同じ。


高校のクラスメイトは私に言っていた。

「あんな仏頂面とつきあって、何が楽しいの?」

サークルの仲間も講義を共に受ける仲間も今では皆、口を揃えて言う。

「愉しいよね…彼」

季節は巡る。気付けば私が、猫の様になっていた…。

"ゴロニャン…"とでも謂わんばかりに、甘えるのは私…。

二人で居る時に、もちろん今も笑顔は絶えない。でも…私の笑顔が変わったことに彼も気付いているのだろう。

「どうしちゃったの?そんなに甘えて…」

ふざけてそう言う彼に、私は上手く笑うことが出来ない。


「昔みたいに私にだけ笑ってよ…」

そんな我儘は、どうしたって言えない…。

誰にでも彼が、優しさの安売りをしているわけではないのは、重々承知…。

もちろん今も、彼の私に向けられる笑顔は他のそれとは違うのは、分かっている。充分に分かってる…。

私だけに向けられる彼の笑顔。


私だけが知っていた彼の笑顔…。

誰にでも…ではなくて、私にもう少し、もう少しだけ余分に向けて欲しい。

私にだけ見せてくれていたあの笑顔は、私だけに向けられる彼の今のそれと果たして同じなのだろうか?


私は独り毒づく…。

「そうやって笑うことが出来るようになったのは、誰のお蔭よ…」

見返りが欲しいんじゃない。

私にしか見せない笑顔。私だけが知っていた笑顔。

こんなことを言ったら、彼の笑顔も曇ってしまうことは分かっている…。

そんな私の小さなヤキモチ…。いや、それは"やっかみ"…。


仲間に囲まれて、にこやかに笑っている彼を、いつしか遠目で見るようになった私。二人だけの時間に、その分を取り返すように甘えるようになった私…。そんな想いで、少しずつ、少しずつ増えていく、私のツンデレ度…。

増える私のツンデレ度…。


分かってる…。ごめんね…。

でも、分かってよ?

ゴロニャン………。



-了-

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