夜空クイズ

snowdrop

明日がもう待っている

「今日は中秋の名月ですね」


 教卓前に立つ出題者兼進行役の部員が、元気よく声を上げた。

 クイズ研究部の部活を行っている教室では、間隔を開けて横に並び置いた机を前に座る部長と副部長、書紀が、そうですねと答えた。


「今夜の夜空はさぞや明るいでしょう。というわけで、本日は夜空にちなんだクイズを行っていきます。全部で五問用意致しました。本当は十五問出したかったのですが、そんなにたくさん用意できませんでした。正解すれば一夜空。誤答による減点はありませんが、間違えますとその問題の解答権はなくなります。いちばん多く夜空を取った人が優勝です」

「三人で競う時点で、はじめから十五夜になる可能性はゼロだったんですよ」


 ふふふ、と書紀が笑う。


「満月なだけにゼロですか……なるほど」


 副部長は頷いて、書紀の言葉に関心を寄せる。


「書紀もなかなかうまいことをいいますね。とはいえ、どんな問題が来ても全力で答えるまでです」


 よっしゃー、と部長は肩を回して声を張り上げた。

 三人はそれぞれのやり方で気持ちを高め、ボタンチェックを終えた早押しボタンを手にする。

 進行役は手元の問題文を読み上げる。 


「一問目いきます。問題。のちに作詞者のスガシカオや作曲者の川村結花など多くの歌手によってカバーもされている、一九九八年一月十四日にビクターエンタテインメントから発売された日本の男性アイドルグループSMAPの二十七作目のシングルで、初のミリオンセラーシングル曲となったタイトルはなんでしょうか」


 ピコーンと音が鳴り、赤ランプが点灯したのは副部長の早押し機だった。


「夜空ノムコウ」

「正解です」


 ピコピコピコピコ―ンと正解音が教室内に鳴り響いた。


「自信がなくて、二人が先に押すかと思って問題文を聞いていてようやく思い出せました」


 副部長の言葉に書紀は、「全然出てきませんでした」と素直に称賛の拍手を送った。


「夜空に関するクイズってことをド忘れしてました」


 あはははは、と部長は乾いた笑いして失態をごまかしつつ、早押しボタンに指をかけた。


「では二問目です。問題。平安時代に中国から伝わったと言われ、農業の行事と結びつき『芋名月』と」


 ピコーンと音が鳴って、赤ランプが点灯したのは書紀の早押し機。


「えっと、中秋の名月」

「違います」


 ブブブーっと、不正解音が鳴り響く。


「だよね、押すのが早すぎた」


 書紀は息を吐き、頭を掻いた。


「続きを読みます。『芋名月』と呼ばれることもある二〇二〇年の中秋の名月は十月一日ですが、中」


 ピコーンと音が鳴った。

 赤ランプが点灯しているのは部長の早押し機。


「旧暦の八月十五日を『中秋』と呼び、その晩に上がる月のことを中秋の月と言っていたから」

「正解です」


 ピコピコピコピコ―ンと正解音が教室内に鳴り響いた。

 副部長と書紀は納得した顔で、部長に拍手した。


「書紀の誤答から、中秋の名月の由来をきいた問題だと思いました。確認のためにもう少し聞いてから押そうと思っていたの、『ですが』まで聞いてから押しました」


 部長の言葉のあと、副部長が口を開く。


「旧暦の秋は、七月、八月、九月なんですよね。その真中の八月だから中秋ってことなんですね」

「補足しても追加点はありません」


 進行役はにっこり笑って、手元の問題に目を落とす。


「三問目いきます。問題。現在では贈答品として月餅や月餅券を送りますが、家族や親しい友人を招いて円卓を囲みながら月餅を食べ、月を見るという風習であり、丸い月は団欒を象徴することから『団欒節』とも呼ばれている中華三大節のひとつは何でしょうか」


 三者一斉に早押しボタンを押した。

 ピコーンと鳴り、赤ランプが点灯したのは書紀の早押し機だった。


「中秋節」

「正解です」


 ピコピコピコピコ―ンと正解音が教室内に鳴り響いた。


「出題の流れから予想はしてたんですが、ド忘れしてて出てこなかったです。お二人が先に答えるものだと思ってたので、正直驚きました」


 書紀の言葉に副部長は腕組みをして唸った。

 

「中秋の名月に関する問題のあと、まさか中秋節の問題は出ないだろうと思って問題文を聞いてたら、まさかの中秋節だったので焦って押し負けましたね」


 副部長のため息を横目に見ながら、部長も首を縦に振る。


「夜空に関するクイズだから、捻ってくるかと思ってた。もう気持ちを切り替えて、つぎに行こう、次!」


 三人は早押しボタンに指を乗せる。


「それぞれ一夜空ずつ獲得しました。では四問目にいきます、問題。北ヨーロッパでは『本を読むおばあさん』、南ヨーロッパでは『カニ」


 またも三者一斉に早押しボタンを押した。

 ピコーンと鳴り、赤ランプが点灯したのは副部長の早押し機だった。


「月」

「正解です」


 ピコピコピコピコ―ンと正解音が教室内に鳴り響いた。 やった~、と副部長は右手の拳を天井へ突き上げた。 


「続きを読みます。南ヨーロッパでは『カニ』、日本や韓国では『餅をつくうさぎ』など世界によって模様の見え方が違う地球の周囲をまわっている天体は何でしょうか。正解は月でした」


 部長と書紀は、素直に称賛の拍手を送った。


「本を読むおばあさん、ときいたときに押すべきでした」


 部長の言葉に、書紀も頷いている。


「では次が最後の問題です、問題。作家、豊田有恒が一九七七年に書いたコラムの夏目漱石の逸話では、漱石が英語の授業で」


 ピコーンと音が鳴った。

 部長も押したが、先に早押しボタンを押したのは副部長。


「月が綺麗ですね」

「違います。『月が』までは合ってます」


 ブブブーっと、不正解音が鳴り響く。


「違うんかいっ」


 答えてない部長が声を上げた。


「続きを読みます。『I love you.』を訳させた際、『我、汝を愛す』などと訳した学生らを一喝し、『日本人は、そんな、いけ図々しいことは口にしない。これは、〇〇と訳すものだ』と書かれていますが、漱石はなんと言ったと書かれているでしょうか」


 ピコーンと音が鳴る。

 赤ランプが点灯したのは書紀の早押し機だった。

 首をひねりながら答える。


「月が満月ですね?」

「違います。しかもなぜ疑問形なんですか」


 ブブブーっと、不正解音が鳴り響く。 

 これで解答権は部長だけとなった。

 早押しボタンに指を乗せながら、視線を右や左へと移しつつ、天井を見上げた。

 ピコーンと音が鳴った。

 部長の早押し機の赤ランプが点灯する。


「月がとっても青い……なぁ」


 投げやりのため息交じりに答えた。


「正解です」


 ピコピコピコピコ―ンと正解音が教室内に鳴り響いた。


「まじかっ」


 一転、部長は勝ち誇ったように目をキラキラさせながら、あはははは、と快活に笑った。


「奇想天外社のSF専門誌『奇想天外』の一九七七年の十一月号に書いた豊田有恒のコラム『あなたもSF作家になれるわけではない』に、次のことが書かれています」


 進行役の部員は手持ちのメモ帳を読み上げる。


「漱石は一喝してから、つけくわえたということです。『日本人は、そんな、いけ図々しいことは口にしない。これは、月がとっても青いなあ――と訳すものだ』なるほど、明治時代の男女が、人目をしのんでランデブーをしているときなら、『月がとっても青いなあ』と言えば、I love you.の意味になったのでしょう」


 へえ、と部長達は声を上げた。

 すると、副部長が手を挙げる。


「月が綺麗ですね、というのはどこから来たんですか」

「確認出来る限り、先程のコラムが最古の夏目漱石の逸話です。それと、情報元は不明ですが『愛している』を『月がきれいだ』というのは日本古来の言い方らしいです」


 ほお、と書紀が声を上げる。


「それと、『月が綺麗ですね』というのは、筑摩書房発行『言語生活』の一九八七年四月号に吉原幸子の『うまい恋文といい恋文』というコラムにおいて、I love you.と『月がきれいですねえ』と訳した夏目漱石の話が引用されています。なので、こちらが『月が綺麗ですね』と出てくる最古のものです」


 なるほどね、と顎を撫でながら、副部長は進行役の説明を聞いた。


「というわけで正解は、月がとっても青いなあでした。部長はよくわかりましたね」


 進行役の声掛けに、部長は首を横に振った。


「わかるわけないだろ。月について色々考えていたら、昔は色の種類が黒、白、赤、それ以外を青と呼んでいたことを思い出したとき、昭和歌謡に『月がとっても青いから』という菅原都々子の歌が出てきて、とりあえずそれを答えてみました」


 副部長と書紀は部長へ拍手を送った。


「というわけで、本日は二夜空を獲得した、部長と副部長の優勝です」


 やったー、と両腕を突き上げる部長と副部長。

 書紀はおめでとう、と惜しみなく手を叩いた。

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夜空クイズ snowdrop @kasumin

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