第二章「星巡り」 第二話

「西部方面モルフィ行きのバス、大人二枚ですね。」

「はい。」

グラヴィエの外れにある交通案内所で、僕たちは無事次の町への切符を手に入れた。

「よかったね雨彦、バスあって」

「本当だな。これで道中ゆっくりできる。」

「そういえば、昨日あんま寝れなかったって言ってたもんね」

しみじみ呟いた僕に、メルが軽い反応を返した。

「ああ。オムレツで回復したとはいえ、やはり夕方になると眠くなってくる…」

「バスで寝ちゃいなよ!モルフィに着いたらメルが起こしてあげる!」

「ありがとう、そうしようかな。」

ちらりと見えた安息。魅力的な提案に僕らしくもなく縋りつく。

しかしその期待は、ガタンガタンと大げさな音を立てて近づいてきたバスによって打ち消された。

僕たちの目の前に現れたバスは、明らかに廃車寸前のものだった。

「すごく…開放感のあるバスだね…」

「オンボロだろう、どう見ても。窓はおろかドアさえ無いぞ。屋根も一部無い…これ、大丈夫なのか…?」

休むどころか乗ることさえ躊躇われるバスから、軽快な声が飛んできた。

「「こう見えて毎日たくさんの人を運んでるから、安心しな!多少揺れるけどな」

快活な笑顔で現れたのは車掌だった。

「多少…本当に多少ならいいんだが…」

「ま、まあ、とりあえず乗ってみようよ!」

「そ、そうだな」

酷いのは見た目と音だけかもしれない。そう自分に言い聞かせ僕たちはバスに乗った。

発射しまーす、という車掌の掛け声と共に、暴れ馬に乗っているかのような揺れに襲われた。

「う、うわぁ!」

「ゆ、揺れるなんてもんじゃないぞ!これ、タイヤ空気抜けてるんじゃないか!?」

「全くもっていつも通りだ!」

騒ぐ僕に、運転席から快活な声が飛んでくる。

「うぅ…」

「でもなんか、揺れが逆に心地よくて…メル、眠くなってきた…かも…」

「う、うそだろ!なんて神経が太いんだ!こら、寝るな!僕が寝れないじゃないか!起こしてくれるんだろ!?」

僕の呼びかけもむなしく、メルは本当に眠ってしまった。

「…まあ、どのみち寝れないしな…仕方ないか。酔わないようにだけ気をつけよう…」


「モルフィ、着いたぞ!」

暴れ馬が停止し、車掌が荒いアナウンスを飛ばした。

「メル起きろ、着いた。」

「んん…もう?はーっよく寝た!」

暖かな陽の差す窓際でうたたねしていたかのように、爽やかにメルは目を覚ました。

「ホントに…あの凄まじい揺れの中でよく寝てたよ…揺れた拍子に窓から落ちるんじゃないかってひやひやしたぞ」

「そんなにー?」

「そんなに!ほら、行くぞ」

またのご利用お待ちしてまーす、と叫ぶ車掌の声とバスの轟音を背に、僕とメルはモルフィへと足を踏み入れた。

「ここがモルフィか」

「なんか…ここも田舎っぽい…むぐっ」

「だからそういうのを大きな声で言うんじゃない!」

メルの言葉を遮り注意する。誰かに聞かれて不利益を被ったらたまったものではない。

「むー。」

「しかしなんというか…目印がないな。みんな同じ建物に見える。例の医学者はどの辺りにいるんだろう…」

その時、背後から突然声を掛けられた。

「ケタム先生にご用事かい?」


驚いて息をのむしかできない僕に代わって、メルが尋ねる。

「ケタム先生、って人が医学者さん?」

「そうさ。先生はこの町の前のお医者さんの後継として災厄の後に来てくれたんだが、これが奇跡の名医でね」

「名医?」

学者と聞いていたが診療もしているのだろうか。怪訝そうにしていると町民は詳しく話してくれた。

「壊死した足を元通りに再生したり、失明した人の視力を回復させたり…とにかく、奇跡としか言いようがない偉業の数々を成し遂げたんだよ。」

「奇跡…か」

おそらく星のかけらの力だ。カシェの予言通りこの医学者が何か鍵を握っているのだろう。

「ケタム先生は研究が主な仕事だからってあまり診療はしてくれないんだがね。あんた方も、行くなら連絡してから行きなさいな。」

「そうさせてもらおう。色々親切にありがとう。」

「気にしなさんな。きっと、この調子で何度も奇跡を起こしてりゃ、噂も広まってあんた方みたいなよそ者の来院も増える。こっちも予行演習みたいなもんだよ。」

大して表情を変える事もなく、町民は語った。

「なるほど…確かに、そんな奇跡を起こすのなら、話題になるのも時間の問題だな。」

「とにかく、連絡してみよう!」

隣でメルが言った。

「そうだな。」

「それから今日の宿の確保も!」

「そ、そうだった。こんな田舎…あ、いや、落ち着いた街に、宿泊施設なんてあるのだろうか」

うろたえる僕に町民が向かいの通りを指さしながら答えた。

「あぁ、それならこの近くに1軒あるよ。いつもガラガラだから飛び込みでも泊めてくれるだろう。あっちだ。」

「何から何までありがとう!」

「気にすんな」

明るく礼を言うメルに町民はさらりと返事をすると、去っていった。

「親切な人だったねー。」

「そうだな。もっと排他的な町なのかと思っていた。意外だな。」

「ま、とにかく宿行ってみよ!」

メルに促され、通りを宿の方へと歩いて行った。


「ごめんくださーい!二人泊まりたいんですが、空いてますか?」

ガラガラ、と扉を開けメルが大きく声を上げた。

奥からゆるりとした服の男…宿の主が出てきた。

「お客さん!?珍しいこともあるもんだ。もちろん空いてるよ!」

一通りの手続きを済ませ、静かな廊下を歩いて部屋へと通された。


夕食はすぐに用意された。

部屋へと運ばれるたくさんの見た事のない料理に舌鼓を打ち、最後に出されたコーヒーを飲みながら大きく息を吐いた。

「ごはんおいしかったー!」

「いつもガラガラって言ってたから正直期待はしてなかったのだが、おいしかったな…」

「山羊のチーズとか、絶品だったなあ…」

「あれはおいしかった…。」

さっき食べたばかりの食事の味を思い出す。毎日でも食べたいくらいの絶品ばかりだった。

「明日会うケタム先生って、どんな人なんだろう」

唐突にメルに尋ねられ、現実に引き戻される。

「そうだなぁ…功績の方はよくわかったが彼の人格については情報が全くないもんな…」

「怖い人じゃないといいな」

不安そうにメルがつぶやく。こんな簡単に他者に近づける子でも、怖い人は苦手なのか。

「まあ、研究者なのに町民を診察して治してるあたり、悪い人ではないんだろう、多分。」

「こればっかりは、会ってみないと分からないね。」

「そうだな。…ふぁあ」

あくびが漏れる。押し殺していた眠気がどっと押し寄せた。

「そういえば雨彦、バスでも寝れなかったしもう眠いんじゃない?」

「ああ、かなり…少し早いが僕はもう寝るよ。」

「うん!おやすみ~」


「シエル、私たちもう結構シエルに近づけてるのかな?…待っててね、必ず会いに行くから。」



「おはよう!」

「メル、おはよう」

メルの元気すぎる挨拶も今日は心地よかった。

「お!今日は顔色がいいねえ!よく眠れた?」

「ああ。久々にしっかり眠れた。こんなに眠れたのは生まれて初めてな気さえする。」

「そこまで!?」

「少なくとも旅を始めてからは、不安や心配でろくに眠れていなかったからな…。なんとなくこの旅路にも光が見えたというか、僕たち進んでるって実感できたからかもしれないな。」

気持ちも体も軽くなった僕は、いつもより少し素直に自分の心情を言葉にした。

「ああ~、それはなんだか分かる気がするなあ。何すればいいのかもよくわからなかった最初の頃と比べたら、すごく心が軽いもん。まだ目的は達成できてないけど。」

「やるべきことが分かっているっていうのは大きいよな。その辺、カシェの神託に感謝だな。」

「だね。…よーし!じゃあ今日も、がんばろー!」

元気よく朝食へ向かうメル。僕も同じ気持ちで、少しだけいつもよりしっかりとした足取りで向かった。

「おはよう、よく眠れたかい?」

朝食を終え、身支度を済ませた僕たちを宿の主が迎えてくれた。

「ああ、ぐっすり眠れた。」

「そいつはよかった。あ、そうだ。今朝ケタム先生に連絡したよ、訪問したい旅人さんがいるって。そしたら、今日の午後は空いてるからそのあたりに来てくれって言ってたよ。」

「助かる!ありがとう。」

「あんたたちもケタム先生の奇跡の噂を聞いてこの町に来たのかい?最近ちらほらいるんだ。」

慣れた様子で主が僕たちに尋ねた。奇跡という言葉がすっかり日常に馴染んでいる。

「まあそんなとこだよ。」

「そーかそーか。先生きまぐれっちゅーか、多忙なんだろうなあ、いつでも診てくれるわけじゃないから、期待しすぎないで行きなよ。」

「ああ、そうする。」

「じゃ、いってらっしゃい!」

「いってきまーす!」

主に挨拶をして、僕たちは宿を出た。


街のはずれまで少し長い距離を歩き、聞いていた診療所にたどり着いた。

「ここがケタム先生の診療所…こんな町外れにあるんだね。」

「研究所も兼ねてるらしいから、中心じゃ何かとやりづらいんじゃないか?…すみませーん、今朝連絡した雨彦です。」

インターホンを押し、名乗った。

室内から物音がして、やがてドアが開いた。

そこには長身の、物静かな雰囲気を纏う男がいた。

「どうぞお入りください。」

その男、ケタムは低く透き通った声で促した。

「お邪魔しまーす!」

「お邪魔します。」

物おじしないメルに続き僕も診療所へと入った。


つやつやとした古い木の廊下を歩きながら、ケタムは僕たちに話しかけた。

あなた方も、なにか治してほしいのですか?」

「いえ、僕たちは…」

ケタム:「望むことは大体なんでもできますよ。四肢の再生、感覚麻痺の治癒、脳死からの回復…止まった心臓だって、動かせます。心臓さえあれば、ね。」

僕の言葉を遮り、慣れた様子でペラペラと説明する。

「す、すご…」

「僕たち治療を求めに来たんじゃないんです。お話を聞きたくて…僕たちも『星の子』なんです。」

「星の子…一部の地域では、災厄で星のかけらを得た人間をそう呼ぶようですね。ではあなた方も…」

「うん、大切な人を…」

言いかけたメルの言葉をケタムが遮る。

「かけらに選ばれた人なんですね。」

「…え?」

予想と違う答えにメルがたじろいだ。

「所持しているなら知っているでしょう、このかけらの素晴らしさを。」

「えっと…」

「…おや、あなた方のかけらはまだ覚醒していないんですね。」

怖がるメルをよそにケタムが続けた。

「覚醒?」

「ええ。…詳しくは中でお話しましょう。それを聞きに来たのでしょう?」

「ええ、まあ。」

不穏な空気を感じながら、僕たちはケタムに促され、研究室と書かれた部屋に入った。


「どうぞおかけください。」

「失礼します。」

ケタムの用意した椅子に腰かけた。薄暗く広い部屋にはいくつものモニターがある。その雰囲気に怖気づいたのか、いつもなら真っ先に入室するであろうメルも控えめに失礼します、と言いおずおずと座った。

「覚醒、でしたっけ。かけらの。」

先程の話の続きを僕は切り出した。

「ええ。かけらは持ち主が何かを強く願うと覚醒するんです。あなたのかけらと私のかけら、よく似ているけど違うでしょう。」

ケタムが首から下げていた星のかけらを見せてくれた。よくみるとほのかに光っている。

「…ほんとだ、ケタム先生のかけらは淡く光ってる。そういえば、カシェのも光ってたね。」

怖さがまぎれたのか、メルが明るく言った。

「そうだったな。カシェのはもう少しはっきり輝いていた気もするが…」

「私のかけらも、はじめはかなりはっきり光っていたんですよ。最近どうも輝きが鈍い気がしますがね…。なんにせよ、覚醒したかけらは、持ち主が一番最初に願った事をかなえ続けます。」

話ながら、ケタムはモニターの方に歩み寄った。

「私の場合は…」

言葉を切り、ケタムはモニターの電源を付けた。


モニターに映し出されたのは、たくさんの肉の塊だった。個別に液体に漬けられて、ドクンドクンと脈打っている。容器にはそれぞれ名前と症状が書かれていた。火傷、裂傷、壊死…でもどの塊も、ダメージなど受けた事がないかのように色鮮やかで…綺麗だった。


「私の願いは、『時間よ、戻ってくれ』でした。」

ケタムは話を続ける。僕はモニターから目を離すことができなかった。

「それ以来、私が望めば望んだ部位の時間が戻るようになりました。たいていの怪我はこの力を使えば一瞬で治せます。その上、こうして本体から分離した部位までも、時間を戻すことができるようになったんです。」

「…怖い」

メルがつぶやいた。その言葉に、ケタムが応じる。

「普通の人が見れば、そういう感想になるのですね。でもこれは素晴らしい力なんですよ。なにしろ…」

その時、部屋の外でガタン、と音がした。


開きっぱなしになっていたドアの向こうに、子供のような人影が見えた。

「え…」

その子を見て、僕は思わず声を上げてしまった。

子供に見えたその人影は、一見した限りでは普通の子供と変わらないが、よく見ると体中にいくつもの縫い目が付いている。服や髪に隠れているが肌の色も縫い目ごとに違い、例えるならばその風貌はまるでゾンビの様だった。

「えーっと…こんにちは?」

メルがおずおずと声をかけた。

声をかけられたゾンビの子は驚いていた。まさか声をかけられるとは思っていなかった、という様子で、挨拶を返すべきか逡巡しているようだった。

それ見て、ケタムが声をかける。

「エト!部屋に戻りなさい。」

「エトっていうの?」

メルが無邪気に尋ねた。

「というかその子は、人間…ではないよな…?一体…」

僕も、気になっていた疑問を投げかけた。

「実験の過程で生まれたんですよ。さあ、戻りなさい。」

あっさりと返されてしまった。もしかしたら、僕たちには言えないような所以で生まれたのかもしれない。

「話の途中でしたね。私の力の詳細についてでしたか。」

ケタムが話を戻した。エトと言われた少年の事は気になったが、これ以上は何も話さないというケタムの意志を感じ、僕もそれ以上追及はしなかった。

「ええ。その…体の時間を戻せるとか…」

体の時間を戻す能力。それが本当なら、星のかけらの力は僕たちが思っているよりずっと大きいものなのかもしれない。

「そうです。つまり私の力は、死んだ人をも生き返らせる事ができるのです。見てください。」

話ながらケタムはチャンバーから一枚の枯れ葉を取り出し、デスクに乗せた。

「…枯れ葉?」

「ええ。庭の落ち葉です。これを…」

メルの問いに答えると、ケタムは自身のかけらを握った。

その瞬間、枯れ葉は光に包まれ、光が消えるとそこにはさっき摘んできたかのような、瑞々しい葉があった。

「…こう。ほら、青々とした葉っぱに戻りました。」

「本当だ…!」

僕は驚きを隠せなかった。ケタムの研究は、僕たちの目的に近いかもしれない。

…そんな僕をよそにケタムは説明を続ける。

「他の検体でもいくつも試しましたが、生き返った葉っぱの遺伝子を解析すると、生き返る前の枯れ葉の遺伝子と一致するんです。つまり、何かに置き換わっているわけではなく、正真正銘葉っぱの時間が戻っているんです。」

「あの…ケタム先生はさっき、時間が戻ってほしいと強く願ったらかけらが覚醒したっていってたよね?」

得意げに話すケタムにメルが尋ねる。

「ええ、そうです。」

「どうして、そう願ったの?もしかしてケタム先生は…災厄で無くなったお友達を…」

「…お察しの通りです。あの災厄の日、友人は丁度外出していました。町に薬を買いに行って、その帰り道で災厄にあったのです。私が気づいた時には彼は跡形も無くなっていて、この星のかけらだけが落ちていたんです。」

「僕たちと同じだ…」


思い出すように、ケタムはその時のことを語った。

「その場ですぐに、かけらを握りしめて願いました。時間よ戻ってくれと。その時は、そばに落ちていた枯れ葉が生き返りました。私の望む結果…すなわち、その場ですぐに友人が生き返ったりはしませんでしたが、その足がかりにはなるんじゃないか…そう思い、ここで研究を始めたんです。」

「ケタム先生の目的は、僕たちと同じだったのか…」

やはり…と僕はつぶやいた。

「そうだったのですか、あなた方も、お友達を生き返らせたいと…。」

「ちょっと違う。メルは、シエルが死んだなんて思ってないから。」

メルがケタムの言葉を遮り、意志の強い言葉で言った。

ケタムはほう、と意外そうにメルを見る。

「なるほど?面白い着眼点ですね。確かに、死んだのではなく…例えば、どこかに転移したのであれば、私の能力で生き返らなかったのも納得がいきますが。」

「ええ…?」

そんな風に返答されると思っていなかったメルは困惑していた。ケタムは全てを自身の研究に集約していく。

「メルさん、でしたよね。私の実験を見ていきませんか?あなたの独特な視点はとても参考になる。」

「ええええ…メル怖いんだけど…」

本当に怖い、といった表情でメルは僕の方を見た。確かに、ケタムの研究はどこか人の道を外しそうで怖い。だが、僕たちの目的のためには、この研究をよく知る必要があるのではないか。そう思い、僕はメルに反論した。

「だが先生の研究はすごく参考になると思う。目的は同じだし、見せてもらえるなら見たい、僕は。」

「ううん…雨彦がそう言うなら…」

思いのほかメルはあっさり納得した。その様子を見て、ケタムが立ち上がる。

「では参りましょう、こちらです。」

僕たちはケタムに案内されるまま、部屋を出た。


「わあ…」

部屋に入るなりメルが声を上げた。

部屋中に置いてある培養器、培養層、水槽のような容器にただ液体とともに入れられた部位もある。その一角は、さきほどモニターで見せてもらったものと同じ光景が広がっていた。

「さっきモニターに映っていたのはこの部屋だったのか…」

「ええ。ここは実験室。治療とは別で、もう帰るあてのない組織を培養しています。」

「帰るあて…」

嫌な予感を感じ、メルが控えめにその意味を尋ねた。僕はその先を代弁する。

「死んでいる、ということか?」

「そうです。ご遺族の許可を得て、亡くなった方から一部頂いて研究をしています。この辺りはミクロのものですね。上皮、血球…だんだん大きくなり、これは角膜ですね。移植すればいつでも使い物になりますよ。そして…」

なんでもない事のようにケタムが次々説明していく。

その時、大きな物音とともに警報音が部屋中に響いた。

「な、なに!?何の音!?」

「第三実験室…!?大変だ、まさか…!」

かなり慌てた様子で、ケタムが部屋を飛び出した。

「ケタム先生!?…僕たちも行こう!」

「うん!」

全てを放り出してバタバタと走るケタムを、僕とメルは追いかけた。


「なんという事を…!」

第三実験室のドアを開けると大量の煙と火の粉とともに、おびただしい数の臓器や体の一部が目に飛び込んできた。先程見た比ではない大きさで、もはや半分人間といっても過言ではない『元遺体』達が、見るも無残に燃えていた。

その煙の中に、小さな人影が動いているのが目に入った。

「あ、あれ…さっきの子じゃないか!?助けないと!」

僕はメルに呼び掛けた。メルもそれに応じる。

「ほんとだ!エトって言ってたよね、お名前!エト―!こっちおいで、危ないよ!ケタム先生も手伝って…あ…」

メルがケタムの方を見て、その尋常ならざる様子に口をつぐんだ。

「戻れ、戻れ戻ってくれ!これは私の、希望なんだ!!」

ケタムの手元が不気味に強く光り続けている。燃えていく死体たちを、ケタムは懸命に蘇生し続けた。

「ケタム先生、一旦離れましょう!ここに居たら燃えてしまうし、建物だって…」

「うるさい!建物はいくらでも治せる!だが、これらを戻せるのは私しかいないんだ!今やらないと、手遅れになってしまう…!」

僕の言葉を遮り、ケタムは叫んだ。冷静さはとうに失われている。

手元の光は徐々に弱くなっていき、彼の星のかけらはどこか黒ずんでいるように見えた。

見たことのない色だった。

「かけら、どんどん光が消えてってるよ!」

「本当だ…それどころか、黒くなってないか…?」

その黒さに、言いようのない強い不安を感じる。早くケタムを止めなければ。

そう思ったとき、エトがこちらに気づき、声をかけた。


「お前ら、さっきの客か…!?」

エトが僕たちに呼びかける。

「エト!無事でよかった!」

「なにモタモタしてんだ!早く逃げろ!」

駆け寄ろうとしたメルを静止し、エトが叫んだ。

「君もだろう!それにケタム先生も…」

「あいつはもうだめだ」

はっきりとした声で、エトが言った。

「かけらを使いすぎた。見ろ。」

エトが指さした先で、ケタムは苦しそうに呻いていた。

「ぐ…ぅ…私の…僕の、希望…」

燃え盛る研究室の中で、ケタム先生は最期まで『治療』していた。どす黒くなっていくかけらを握りしめながら、燃えては死んでいくたくさんの肉体を片っ端から必死に蘇生して、そして、倒れた。

その瞬間、まるで魂をつなぎとめていた何かがほどけたかのように、ケタム先生の体は崩れた。

まさに、崩れたのだ。

「い、今のは…」

「雨彦、早く脱出しないと!エトも!」

呆気に取られていた僕の腕をメルが掴む。さらに、反対側の手でエトの腕も掴み、一緒に連れていく。

「え!俺は…うわっ」

手を振りほどいたエトを今度はわきに抱え、メルは走り出した。

「行くよ!」

「おい!腕を引っ張るな!俺はいいんだって!おい!」

叫び続けるエトを抱え、僕たちは燃え盛り崩れ落ちる診療所から脱出した。



「…すっかり焼け落ちちゃったね」

「そうだな…」

「おい!感傷に浸ってるんじゃねえ!なにを俺まで助けてるんだお前は!」

診療所を見ながらつぶやく僕とメルに、エトが叫んだ。

「えぇっ、だめだったの!?」

エトが散々抗議していたのを全く聞いていなかったのか、メルが心底驚いた様子で言う。「俺はいいってさんざん言っただろ!は~もう…計画が台無しだよ」

「君は一体何者なんだ?計画って一体…?」

僕の問いに、ため息をつきながらもエトが答えた。

「俺はエト。エトワール。ケタムに作られた肉塊だ。」

衝撃的な自己紹介に、一瞬メルがひるんだ。

「肉塊って…」

「だって人間じゃねえからよ。見ろよこのつぎはぎ。」

言いながらエトは無造作に髪をかき上げ、縫い目を見せた。

「あ、ほんとだ!きれいだから言われるまで分かんなかった!」

「ケタム手先は器用だったからな。こーいうのは上手かったんだ。中身はクソ野郎だけど。」

ざっくばらんに話すエトに、メルが意外そうに返す。

「そうなの…?町の人からもあんなに慕われてたのに。」

「悪いことは外に出さねえからなあいつ。…まあ、全部話すからよ、お茶くらいくれよ、助けてくれたんなら。」

「あ、そうだね!じゃあ一旦宿にもどろっか。」

「そうだな。」

まだパチパチと何かが燃える音のする診療所を背に、僕たちは来た道を戻っていった。


「ほら。」

昨日泊まった部屋に戻り、エトにお茶を差し出した。

「ごくごく…ふぇー。うまい。」

「それでお前、さっきケタムに作られたって言ってたけど、ケタム先生は死者蘇生どころか、人を作れるほどの能力があったのか?」

冷たいお茶を堪能するエトに、僕はさっそく質問をぶつけた。

「あー。そういうわけじゃない。おれはつぎはぎなんだ。色んな人間の色んな部位を合わせてできてるんだよ。ほら、肌の色違うだろ?」

今度は袖をまくって腕を見せた。

「あ、ほんとだ!」

「あいつな、かけら使い始めた頃時間の巻き戻し具合がうまく調節できなくて、しょっちゅうやりすぎちまってたんだよ。大人の腕だったものが、ついうっかり子供の腕になってたり。」

「そんなことあるのか…」

「そうやって子供のパーツになっちまったものはあいつの研究には不要なんだが、そのまま捨てるのも惜しい。そんな時、事故で頭しか残んなかった俺が現れてよ、その脳みそ使ってこのパーツ達を一つにまとめようっつって俺ができたんだ。」

壮絶な生い立ちを軽い口調で話すエトに、僕もメルも一瞬どう反応すればいいのか分からず黙ってしまう。

「そ、そんな理由で…」

「そーなんだよ!雑だよなあいつ。神経質そうな顔してんのによ。」

やっと発したメルの返事にも、エトはまるで日常の愚痴を話すかのように軽い返答をした。

「それでエトはなんであんなことしたんだ?」

「…声が聞こえるんだ。おぞましくないか?」

僕の質問に、さっきまでとは打って変わって静かにエトが答えた。

「は…?なんの話だ?」

どういうことか分からず、僕は聞き返した。エトはその答えをゆっくりと話し始めた。


「俺についてるパーツ一つ一つの声がよ、聞こえるんだ。はっきりとした言語じゃないが、ふんわりと感情が伝わってくる。ここは自分の居場所じゃない、元の体に帰りたいって。」

静かな部屋にエトの声が響いた。

「そんなことあるんだ…」

メルが呟く。

妙にスピリチュアルで非現実的な話だが、不思議と僕もメルもすんなり受け入れていた。

「まあ俺の場合生い立ちが異常だからな。普通の人間の、普通の移植じゃ起きないんじゃないか?こんな現象。…これも星のかけらってやつの呪いなのかな。…で、俺は元の人間の魂みたいなものの一部がこの体に捕らわれてるんなら、早く返してやりたいんだ。」

自身の手を、左右で色の違う手を見つめながらエトが言った。

「それでエトは火の中に残ろうとしてたのか。」

「俺だけ死んでも魂たちをちゃんと返してやれるのか分かんなかったから、かけらの力を無効化させようと思って、ケタムにありったけの力を使わせる方法を考えたんだ。

あの第三実験室はケタムの研究の中心だったから、火つけたら死に物狂いで力使うと思ったんだ。まさにそうしたな。

でも、かけらが力を失っても、俺も俺の体も何も変わらなかった。俺の仮説は間違ってたんだ。」

「エト…」

喋り終えるとエトは力なく笑った。

「これからどーすっかな。ケタムが死んでもかけらが死んでもだめなら、もう俺が死ぬしかないんじゃないか?」

「そんな!」

あっけらかんと言うエトに何か言葉を返そうと思考を巡らせるも、何も出てこない、

そんな僕の横でメルが言った。

「そのまま寿命まで生きちゃう…とか…?」

「はあ?」

予想だにしていなかったメルの提案に、気の抜けた声でエトが答える。

「自分が死んだら解決っていう選択肢は最後まで取っておいて、他の方法を探そうよ!」

「…た、確かに、一番身近で簡単で、そして正誤の判断ができない方法だからな。」

死んでも魂が解放されない可能性だってある。

それを考慮するなら、寿命の限り正解を探し続ける方がエトの目的が達成される可能性は高くなるのではないか。

「そー言われちゃうとまあ確かに…俺の意識がなくなった後じゃ、ちゃんと目的が果たされているか確認できないもんな。」

「あのね、メルたち災厄の日に亡くなった友達にまた会うために旅してるの。星のかけらについても調べてるから、エトも一緒に来ない?」

「…そうだなぁ…まー、今なんにも手だてが無い分、付いてって損はないよな。」

「そーだよ!」

「…目的がケタムとほとんど同じなのが気になるが」

じと、と僕たちを見るエト。僕は慌てて答える。

「あ、あんな研究はしないぞ、僕たちは!」

「分かってるよー!話してりゃお前らがいいやつだって事くらい分かる。…じゃ、よろしくな。」

にっこり笑い、エトは僕たちに手を差し出した。

「うん!よろしく!」

「よろしく頼む。」

その手を取り、僕たち三人は握手した。

「じゃーさっそく、次はどこ行くんだ?」

にこやかに聞くエトに僕とメルは言葉を詰まらせた。

「えっ…」

「それは…」

「決まってないのか?」

「な、なにぶんまだ情報が少なくて…!」

言い訳がましくメルが答える。そんな僕たちにエトはニヤリと告げる。

「しょーがねえーなー。俺のとっておきの情報をやるよ。」

「え!!なにかあるの!?」

「この町をずっと北に行くと炭鉱があるんだ。その周辺にちっさい町ができてるんだが、そこにも災厄の日に隕石が落ちたって噂だぜ。行ってみりゃもしかしたらかけら持ってるやつがいるかもよ。」

「おおおー!有力情報!じゃ、次はそこだね!」

「明日の朝一で出発だな。」

おー!とメルが拳を上げる。仲間が増えた事への喜びと一緒に、僕も天に拳を突き上げた。


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星の子 紡木ヨビト @tsumug1000

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