第二章「星巡り」 第一話


布団を跳ね除け、僕は飛び起きた。

「…朝…」

ひどく汗をかいている。悪い夢では無かったような気がする。なのに、焦燥からか心臓がまだ早鐘を打つ。

「おはよー!すごい汗だよ?悪夢でも見た?」

メルが僕を覗き込んで心配そうに言った。

「ああ。あまり覚えていないがいい夢では無かった気がする…朝から疲れたな。」

「そんな調子で大丈夫ー?今日はあの、例の神子さんとこに行く日だよ!」

「大丈夫だよ。一応アポイントも取ったし、すっぽかすわけにいかないからな。」

「じゃ、朝ごはんいっぱい食べてさくっと行こうー!今日の朝ごはんはふわふわオムレツと自家製ソーセージのモーニングだって!楽しみ〜!」

「ふわふわオムレツ…元気が出そうだ。」

夢の事を少し忘れてオムレツに思いを馳せる。名前にふわふわと付いているあたり、柔らかさには自信があるのだろう。少し心が浮足立つ。

いこいこ!と元気よく急かすメルに引っ張られ、僕は食堂へ向かった。


「オムレツ、おいしかった~!!」

「絶品だったな…!」

「元気、出た?」

僕の方を見てメルが言う。思った以上に、心配させてしまっていたみたいだ。

「出た…」

「よかった!じゃあ行こう―!」


荷物を整え、僕たちは宿を出た。

「隣町へは徒歩でも行けるし、いくつか交通手段がありそうだ。首都の最北端から出てるみたいだから、とりあえずそこを目指そう。」

歩きながらメルに話した。

「交通手段か〜。バスとか?」

「宿にあったガイドブックによると…徒歩、バス、あとは…ラクダって書いてある」

「ラクダ!?メル、ラクダがいい!」

メルの顔がぱあっと明るくなった。

「僕はバスがいいな…ラクダ、落ちたら嫌だし」

「あー、雨彦、たまにどんくさいもんね!」

「なっ!!」

「最初会ったときも遭難してたし」

「う…言い返せない」

「まあほら、行ってみたらラクダ売り切れてるかもしれないから、大丈夫だよ!」

「なにが大丈夫なんだ…まあ、とにかく行こう。」


しばらく歩くと街の最北端に交通案内所があった。

「ここだな。案内所がある、聞いてみよう。」

「おー!」

「すみません、隣町の、えーと…グラヴィエって街に行きたいんですけど」

メモをみながら街の名前を伝えた。案内所にいたスタッフは慣れた様子で交通手段を教えてくれる。

「グラヴィエですね。えーと…今日のバスは全て埋まっちゃってますねー。明日の朝なら今から取れますよ。」

「そうですか、では…」

もう一泊して明日に…と言おうとしたところでスタッフがあっ、と声を上げた。

ラクダの方でしたらすぐにお取りできます。しかもこちらは宿付きのプランになっております。」

「ラクダ!」

メルが即座に反応した。僕は慌てて静止した。

「いや!待て!」

「でも宿付きだよ!?旅費は抑えられるに超したことないし、向こうで宿取れなかったら大変だよ〜?」

「うっ、た、確かに…」

首都での悲劇を思い出し、黙る。しかしラクダはできれば回避したい。

僕が考えていると隣でメルが案内人に話しかけていた。

「あ、すみません、ラクダってちょっとどんくさい人でも乗れますか?」

「おい」

「大丈夫ですよ。椅子が付いてますから。」

「だって!じゃあ大丈夫だよ雨彦!」

「ううん……確かに、宿が付いてるのは有り難いしな…。じゃあ、ラクダ二人分、お願いします。」

「かしこまりました。」

結局ラクダになってしまった。僕とメルはスタッフに続いてラクダの方へ歩いた。


「うわぁー!高ーい」

「思ってたより乗り心地はいいな。よろしく頼む、ラクダ君。」

「よろしくねー!」

「向こう着いたらすぐ向こうの案内人がラクダ回収してくれますんで!あとは乗ってれば着きますよ、そんな遠い距離でもないですしね。」

スタッフが案内してくれる。

「りょーかいです!さーラクダくん、行こーう!」

ラクダは黙って歩き始めた。

「うっ、結構揺れるな…グラヴィエまで大丈夫かな…」

「大丈夫大丈夫!すぐだもん!」

僕の心配をよそにメルは楽しそうに答えた。2人の応酬など素知らぬ顔でラクダはずんずんと歩いた。

20分ほど経過したころ、街の影が見えてきた。目的の街、グラヴィエだ。


「着いた…!」

ラクダから降りながら僕はつぶやいた。

「ほんとにすぐだったね。これなら徒歩でも楽勝だったかも。」

「そうだな。…でも、首都からさして離れてない割には、随分雰囲気が違うんだな。なんていうか…」

「田舎っぽい?」

「こら!そういう事を大きい声で言うんじゃない。」

街を見渡すと、あちこちに見たことのない装飾が施されている。

「建物全部、玄関になんか…ジャラジャラした飾りが付いてる。お守りかなぁ?」

メルが不思議そうにあちこちを見渡す。

「宗教色が強いのかもしれないな。あまり発展してないのも、宗教的な縛りがあるのかもしれない。…まあ、神子がいる街だもんな。」

「確かに。」

「昨日アポ取った時に聞いた話によると、神子って人は祭壇にいるらしい。」

「祭壇ってあれかなぁ。この街で一番派手な建物。」

「そうだと思う。」

街に入って一番最初に目に入った建物。閑散とした街には似合わず、派手な装飾をまとって街の中心に鎮座している。その異様さと神々しさは、街の入り口からでもよくわかった。

僕たちはその建物の方へ向かった。


祭壇のそばには事務所があり、そこへ向かうと中にいた教団員が迎え入れてくれた。

「ではまずこちらで、謁見に関する説明をさせて頂きますね。」

「すぐ祭壇に入れるわけじゃないんだね。」

事務所に通されたメルが呟いた。

「ええ。神子様に謁見される方には、必ず説明を受けて頂いております。神子様に失礼があっては大変ですから。」

「な、なんだかすごいねぇ…」

「そうだな…」

僕もメルもこの場の雰囲気に圧倒されてしまう。そんな僕たちをよそに、教団員は説明を始めた。

「ではさっそく、お話させて頂きます。」

祭壇への行き方、注意事項など、教団員は慣れた様子でペラペラと話した。

「祭壇に置いてある物は全て、神託の儀で使う大切な神具です。決してお手を触れないようお願いします。」

「触るとどうなるの?」

「こら」

「神子様以外が触れると神性が失われ神託ができなくなります。絶対に触らないでください。特に、神子様のすぐ後ろにございます壺は特に大切なものです。間違っても触らぬようお願いします。」

メルの方をまっすぐ見ながら、念を押すように教団員は言った。

「メル目つけられてるぅ…」

「それでは、祭壇へご案内します。」


事務所の裏には祭壇へと続く通路があった。教団員に案内されるまま、僕たちは祭壇へ向かった。

「この先が祭壇です。神子様はもう中にいらっしゃいますので、どうぞお入り下さい。」

「教団員さんは入らないの?」

ピタリ、と扉の前で立ち止まった教団員に、メルが尋ねる。

「ええ。あまり大人数で入るのも良くないですので。」

「ふぅん。じゃあ行こっか!」

特に気にする様子もなく、メルは歩を進め、扉を開いた。

僕も後に続き、祭壇に入った。


祭壇の中は閑散としており、だだっ広い空間の中心に供えられた玉座の前に美しい少年が佇んでいた。

「こんにちはー!」

メルの声が祭壇に響く。

「こ、こんにちは……でいいのか?」

メルほどリラックスできていない僕は、そろりそろりと中に入り、おずおず声を発した。

「ようこそいらっしゃいました。私が神子、カシェと申します。」

少年…カシェはよく通る声で自らの名を告げた。吸い込まそうな綺麗な瞳には、希望も絶望も何も映ってないように見えた。


「カシェさん!よろしくね!」

「よ、よろしくお願いします。」

元気よく挨拶するメルに続き、僕もカシェに声をかけた。少しも表情を変える事無くカシェは答えた。

「ええ、どうぞよろしくお願いします。あなた方も星の子なんですね。」

「星の子?」

初めて聞いた単語に意表を突かれ、僕は間の抜けた返事をした。

「星のかけらを所持している者をここではそう呼んでいます。」

「へええ、なんかかわいいね!」

「しかしよく僕たちがその…星の子だってわかったな。それも神託で分かるのか?」

「はい。神は我々の望む未来を見せてくれますから。」

はっきりと、カシェが答えた。我々、という表現に僕は少し引っ掛かり、再び質問を返す。

「我々…カシェと、あの教団員たちか?」

「ええ、そうです。」

「単刀直入に聞くが、神託っていうのは星のかけらを使って起こした超常現象か何かなのか?」

「それは…信仰にかかわることなので、お教えできません。」

少し考えた後、カシェがはっきりした声で答える。

「そうか…まあ、そりゃあそうだよな。」

納得し、次の質問を考えて口を閉ざした僕を尻目に、メルがねえ、と大きく声を出した。


「ねえ、カシェさんも、大切な人を災厄で失ったの?」

「え?」

虚を突かれた様子で目を丸くするカシェ。

「メルと雨彦、友達を失くしたんだけどまだこの世のどこかにいるような気がして、それで情報を集めてるの」

「あなたたちも……そうですよね、星の子ですものね。私は…」

言いながらカシェの瞳がきらりと輝いた。涙だ。

対面してから一度も表情を変えなかったカシェが、メルの言葉に声を殺して泣いた。

「私の友達は……ッ…」

「カシェ?」

「つらいこと聞いてごめんね!これで涙を…」

「泣いてません!」

ハンカチを差し出すメルの声を遮り、カシェが大きく叫んだ。メルも僕も固まってしまった。

「カシェ、君は…」

怒っている、というよりは絶望に近い表情だった。泣くことが許されていない様子も、ここに居ることさえも彼の意志ではないように感じる。

もしかして、と僕は静かにカシェの方へ、…正確には、カシェの後ろにあった大きな壺に向かって歩き始めた。


「雨彦?」

不安げに呟くメルに僕はしー、と沈黙を促した。

カシェを横切り壺に近づく。何を、と静止しようとするカシェに声を出さないよう指示し、そのまま壺の中に手を入れた。

冷たい壺の中に、プラスチックの質感。盗聴器だ。僕はそれを静かに拾い上げ、そっとスイッチを切った。

「やっぱり。…ふたりとも、もう喋っていいよ」

「雨彦!それ、絶対触っちゃダメって言ってた壺だよね!?」

メルが大声で僕に詰め寄った。

「ああ。やけに念押ししてくるからおかしいとおもったんだ。これ…」

「これは…」

「盗聴器のようだ。そんなに精度の高いものではないと思う。」

取り出したものをカシェに渡した。

「盗…聴…」

カシェは言葉を失っていた。まさか自分が今まで盗聴されていたなんて、夢にも思わなかったのだろう。

「ずっと高周波音みたいなのが聞こえてたからもしやと思ったんだが、まさか本当にあるとは。…カシェも知らなかったのか?」

「知りませんでした。ただ、この祭壇内で起こった事を教団員たちがやけに詳しく知っていて不思議ではありました。でも、それは彼らにも神託の力があるからなのだと思っていました…。まさか、盗聴だなんて…」

よほど信頼していたのだろう、先ほどまでの堂々とした振る舞いから打って変わって弱弱しくカシェは呟いた。

「彼らとは長い付き合いなのか?」

「いえ、災厄のあとからです。全てお話しますね。」



閑散とした祭壇に、さっきより心なしか幼い雰囲気を纏ったカシェの声が響いた。

「私…いや、僕の友達はある小さな集落で神子をやっていたんだ。丁度今の僕みたいに。といっても、友達に未来を見通す能力があったわけではなくて、儀式の時に大人に言われた通りの神託をしていたんだけど。でも、災厄が起こって、彼は亡くなった。」

「うん…」

悲しそうにメルが相槌を打つ。自身の記憶を思い返しているのかもしれない。

「僕は悲しみに暮れた。悲しくて悲しくて、彼が最期にいた場所から離れられないでいた。そしたら、まわりの大人たちが次の神子に僕を選んだんだ。」

「その時にかけらも拾ったんだな。」

「そう。なんとなく友達の雰囲気を感じて、手元に持っておきたかったんだ。…それで、大人たちの言われるままに神託をした。でも…」

「超常現象が起こった…?」

押し黙ったカシェに代わって、メルが続きを呟いた。

「そう。祈りを込めて、未来を見たいと強く願ったら星のかけらが光って、本当に未来が見えたんだ。だから、その内容を詳しく伝えた。しかしそれは大人たちの望む『神託』では無かった。」

「大人たちの望む神託…?」


疑問に素直に首をかしげるメルに、僕が説明を加えた。

「きっと彼らは本当に未来が見たかったわけではなく、自分達に都合のいい事を『神託として言わせる』ことが目的だったんだな。」

「ええ、そうです。…言う通りの予言ができないのなら要らない、と言われ、僕はその集落から追い出された。神託を台無しにした罰でもあるんだと思う。でも、僕の最初で最後の神託の話を聞きつけた今の教団が、すぐに僕を迎えにきた。」

僕の言葉を引き継ぎ、カシェが言った。

「ここの教団はホントの未来が知りたかったんだね」

「うん。古くからある教団なんだけど、最近はそういうのでお金を稼いでいるみたい。それで、半ば連れ去られるようにここに来て、それからずっと神託をしている。星のかけらを使って。」

「そうだったのか…」

「大変だったんだね…」


明かされたカシェの過去に、僕もメルも上手い言葉を見つけられないでいた。

そんな僕たちに、カシェは俯いて言った。

「…ずっと、怖かったんだ。僕はかけらの力で未来を見ているに過ぎないけど、彼らは僕や周りの動きを全て見通してたから、彼らには本当に神通力があるんだと思っていた。だから逃げられなかったのに、まさか盗聴器だったとはね…。」

カシェ…とメルがつぶやいた。

「カシェはこれからもここで神託を続けるのか?」

「いや、出ていくよ。もう恐れるものは何もないし、僕には星のかけらが味方している。」

「じゃあ、メル達といっしょに…」

元気よく言ったメルの言葉を、カシェが遮った。

「折角だけど、今はいいかな。今僕が突然出ていったら、君たちがここの人達に追われる事になるだろうし。きちんと…後腐れのないようにしてから、出ていくよ。」

「そうか…」

「うまく言えないけど、メルはカシェに幸せになってほしいな」

カシェの方をしっかり見てメルが言った。カシェは嬉しそうにその言葉に答えた。

「ありがとう…!そんなこと言われたの初めてだよ。」

「…じゃあ、かけらの話も聞けたし、僕たちはそろそろ行くよ。」

「わかった。また機会があったらぜひ会いたいな。」

初めて見た顔よりずっと柔らかい笑顔で、そうカシェは告げた。

「うん!」

「そうだ、少し待ってくれる?」

出口へ向かおうとした僕たちを引き留め、カシェが言った。

「ん?なんだ?…わっ」

慣れた手つきでカシェは目を瞑り、手を組んで祈った。神託だ。

「カシェのかけらが光ってる…!」

「これが、神託…?」

「神秘的…」

ざわめく僕たちをよそに、カシェは未来を告げた。

「…ここから少し西に行くと、モルフィという小さな町がある。そこにいる医学者が君たちの道しるべになると思う。」

「その情報は助かる!」

「それから、もっと先の未来だけど……二人の望みは、多分達成されると思う。」

先程のはっきりとした声とは打って変わって、今度はカシェ自身の声で未来を伝える。

「ほんとに!シエルに会えるの!?」

「うん。でも…なにもかもハッピーエンド、という風にはならないと思う。どうか、気を付けて…」

希望と不安に包まれた未来を丁寧に手渡したカシェは、僕たちの方を向いて少しほほ笑んだ。

「…わかった。色々ありがとう。」

「こちらこそ。じゃあまた。」

「またね!」

見送るカシェに手を振り、僕たちは出口へと進んだ。



「おかしいな、さっきから全然聞こえない…」

「ありがとうございました!」

事務所でイヤホン片手に一人呟く教団員にメルが元気よく挨拶した。案の定過剰なまでに驚いた教団員が、目を白黒させながら挨拶を返す。

「うわ!あ、いえ、お迎えに上がれず申し訳ありません。それでは、何かありましたらまたお越しください。」

「ええ。ありがとうございました。」

用が済んだ僕たちは、このいびつな教団を後にした。

「あの人もカシェを連れ去った教団の一人なんだね…親切そうに見えて、怖いなあ…」

「親切かな。多分、盗聴器が壊れてなかったらなんだかんだで僕たちも捕らえられて同じ目にあっていたかもしれないぞ。」

「えっ!」

僕の言葉にメルが目を見開いた。

「昨日僕たちが連絡した後、わざわざ僕たちの正体をカシェに神託で確認させてたみたいだしな。だからカシェは僕たちが星の子だって知ってたんだと思う。」

「こわー…!カシェひとり残してきちゃって大丈夫だったかな…」

心配なところではあった。カシェが同意してくれたら僕も彼を連れて行きたいくらいだった。

それでも、そうしなかったのは彼の瞳に生きる希望と強さを感じたからだった。

「どうだろう…でもカシェにはかけらの力がついている。大丈夫…なんじゃないかな…」

「この旅が無事に終わったら、またのぞきに来ないとだね!」

「そうだな。…さて、次は医学者のいる町、モルフィだったな。」

カシェの神託を思い返し、確認する。

「またラクダがあるといいんだけど…」

「こんどこそバスがいいな僕は…」

「とにかく、行ってみよ~!!」

元気よくメルが街の端へと走り出した。めずらしく僕も、それに続いて走った。

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