無知……いや、奴隷故に
パサッ…………。と。
何か軽そうな物が落ちた音が静寂を破る。
ここでリースの思考は音の正体を探る旅に出始めた。
まず本棚だが、落ちるような本は無い。それに入っているのは多種属の言語を人間が使う言語――――『人語』に訳されたものであり、どれもこれも分厚いものだ。
パサッ…………
故にカーペットはあるものの、あんな軽い音はしないだろう。
時計も然り、研究道具は図書館の方に置いてあるからこの部屋にはない。
パサッ…………
あとは奴隷用と自分用のクローゼットが一つずつと、同じようにベッド2つしかないはずだが――――。
「………………クローゼット?」
「……何か不備でもありましたか?」
「ああいや、そういう分けじゃ…………――――ッ!!!」
『クローゼット』というものを、果たしてこの子は知っているのだろうか。
いや知っていたとしたら必ず使っている。防犯対策に扉を動かすと金属音が鳴るようにしているから気付くはずだ。
それなのに音はさっきからこの『パサッ…………』1つ。
ということはそこから導き出される答えも1つ。
「主様、着替えが終了しました」
「うわぁっ!?」
「うぇっ!?」
…………なんだビックリさせるな。
まあ予想はばっちり当たっていたのだが、服を着た状態で目の前に現れてくれて良かった。これで羞恥を抑えられる。
だが1つ視界に入ったのが、少女の右側の袖。
そこだけ明確に左右非対称になっている。
「あ…………ちょっとじっとしてて」
「…………あっ、はい。じっとします」
パーカーの袖のボタンがかかってないな、と思って手を伸ばした時に。
「ッ――!!!!!」
パシッ、と、部屋に手を弾かれた音が響いた。
俺の手の甲は赤くなってはならずとも、何かヒリヒリとした感覚があった。
俺が呆然としていた先、我に返った彼女が汗だくになって俯きながら。
「も、申し訳ありません!!! その、その……ボク――私……、ごめんなさい……!!! どうかお許しを…………!!!」
目を泳がせながらも逃れられないと思ったのか、即座に地面を頭に付ける彼女。
ふわりと舞った髪が段々と床に落ちていくのは、まるでスローモーションを見ている気分だった。
しかしながら、焦った口調で地に伏せるその様子を、俺は何一つとして理解できなかった。
なぜ謝るのか、その理由が。
これはそもそも冷や汗なのか普通の汗なのか。
今のモーションそんな疲れたのか? と馬鹿げたことを考えていると。
「――――かわいいな」
――――ついつい本音を言ってしまった。
「…………え……?」
「あっ、いやそういうわけじゃないんだが……」
「…………」
「……………………」
うっわなんだこの微妙極まりない空気感。誤解生んだなこれ。
「えっと…………ああ、別に怒ってないぞ。奴隷は歴が長ければ敏感になるものだと思ってるし。――いやそういうことでもないか…………?」
弁解しようとうっかり独り思考モードを展開しそうになったが、今この空間には独りじゃないことに気づいた僅かな理性が意識を引き戻す。
よくやった我が理性よ。
「まあ、つまり…………俺は鞭も振るわないし、叩くことも蹴ることもしないから、な。安心しろ」
「…………私は、奴隷です、よ?」
まぁたこの子は素っ頓狂な答えを返してくるな…………。
と、脳裏でリースは思いつつも、会話は難なく続いた。
「……まぁ、そうだな」
「貴方の持ち物ですよ…………? 貴方の気分を優れさせるため――――」
「じゃあ俺の行く場所に着いてきてくれるか?」
「――――え?」
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