警戒心

 グレアとのやり取りを経て、向かったのはリースの自室。


 ただそれを察したのか、彼女は口を開く。



「……どこへ向かっているのですか? 牢獄は地下の筈では……」



「ん? 違うぞ。一応お前の生活環は俺の部屋で為すつもりだが……」 


 

 どうやら行き先が違うことを危惧したらしいが、素っ気なさすぎるその返答に度肝を抜かれたのか、目を丸くした。

 だがここで当然の疑問が浮かぶ。



「この屋敷には、僕以外にも奴隷はいますよね……?」


「いる、が……。もしかして他と同室っていうのは嫌だったか? だったら別の部屋を用意するぞ?」


「えっ……いえ、不都合はありませんが…………。その……」



 丁寧かつ簡潔な、分かりやすい説明をするためなのか、手元を動かして語彙を絞り出している様子に見える。


 しっかり数秒の間を経て、無事に口を開けたようだ。



「……今までは牢獄生活だったので…………」


「そもそもうちの屋敷に牢獄は無いぞ?」


「えっ!?」



 またしても聞いたこと無い内容の言葉に、今度は表情だけでなく声までもが漏れてしまう。

 だが叱責されるかと思い身構えると、その予想とは全く反対方向である反応――楽しそうな笑みを浮かべる主人。



「………………」



 そのまま言葉も無く部屋へと足を入れたが、不思議と気まずさというものは感じられなかった。



「そんな怯えなくてもいいぞ。なんせ今は、他のやつらは別の場所へ行ってるし、俺はお前を愛玩具として扱うこともない。気にするな」



 背後にいても分かる、目線を高頻度で動かす仕草。そりゃ初めて主人の部屋なんて来たんだろうけど。

 まあ見られて困るような物は部屋には無いから安心しとけって。



「…………とりあえず…………」


「………?」



 彼女をじっと見つめた後、リースは自身の衣類棚に手をかけて一式取り出した。



「とりあえずそれ着てくれ。じゃないと見る場所に困るから……」



 渡されたのは、真白の衣類が上下。奴隷は元々布切れを服として渡されるため、こうして原型が留まっている衣類を触るのは初めてだ。


 服の替えなどあるはずもないため、奴隷歴が長ければ長いほど露出範囲は多くなる。当然それに比例して羞恥心なども薄まっていくのだろうから、本人にとってはかなりどうでもいいことだと思われる。



「……はい、分かりました」



 相変わらず何の感情が籠もっているのか分からない声でそう答えると、リースの予想外の行動に彼女は出た。

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