異端児術者

「グレア、入るぞ。」



「んぁ~…………」



 扉を2回ノックすると、向こう側からくぐもった声が帰ってきた。この籠り方は扉ではなく、何かに包まっている様子……ああ、寝てたのか。


 だがそんなのはお構いなしに重々しい音を立てる扉を開けて、彼女を中に招き入れる。



「ふぁ~っ…………あ~何、あれ? 新しく奴隷入ったから案内してる?」



 所々あくびをかみ殺したような、柔らかい口調で話すこの青年。名はグレア。

 ライルの中では随一の魔法使いとして、だが知名度は国内以上に、世界中で名を知られている人物であり、魔法だけでなく科学技術分野においても数々の成績を残す、まさに異端児。



「その通り。――――お前もいつも通りで安心したよ。少し場所を借りさせて貰ってもいいか?」



「うん~。…………あ、でもこの子はグアが案内するからいいよ。何か調べたいことがあるんだったら調べてていいけど。」



 表向きと素の性格の変動が激しいのは、深い関わりを持っている者しか知り得ないことだが。



「なら甘えるとしよう。任せたぞ。」



「ご命令とあらば~。あ、ほらほら、こっち来な? 怪しいお兄さんじゃないよ?」



 どう考えても怪しいだろうがハイスペック紙一重ヒッキー野郎。


 この図書館はグレアが作ったもので、本人と、その許可した人物しか入ることが出来ないように、場所を限定して永久に使用する系統の魔法を被せてある。


 普通は入室許可を魔法に反映するのには丸一日かかるのだが、それをグレアはものの数秒でやってのける、まさに超人そのものの能力を持っているのだ。


――――――


 奴隷の少女を引き連れて数歩歩いたところで、グレアがローブを翻す勢いで振り替える。その瞬間にローブからバサッと黒い長髪が現れた。


「じゃあ紹介するよ。グア――僕はグレア。それでそっちにいる人がリースって言って、この国ライルの今の王様。そんでここは僕が作った図書館で、一部の人しか入れないような作りになっているんだ。」


 丁寧な口調と物腰でわざわざ説明するこの人物も、どうやら完全悪人ではないらしい。だからといって信用もできない。事を働く気配もないが、逆に適度な警戒心も一切と感じられない。

 と、言ったところか……。



 会話の相手の心理分析さえ、彼には抜かりない。


「…………つまりボクは許可をされた、という認識で正しいでしょうか?」


 そう言うと、この青年――グレアが小さく頷き、推測も付け加えた。


「うん。奴隷と言えどリースがここにまで奴隷を連れてきたのは初めてだし、何かそれなりの理由があるんじゃない?」



 何かしらの特別感を仄めかすように話すグレアだが、実際のところ魔法系統では心を読めるわけではないので、真実は察す程度しかできないのがもどかしい所。


 だがそんな感覚を打ち消すかのように、グレアはまた一つ言葉を続けた。



「あーそれでここは基本僕が住み着いてるけど、たまに出張的なことでいなくなるからさ。その時は出入りできないよ。空間ごと消すし。」


 しれっと『空間を消す』と言ってのけたグレアの声が、彼女の耳には突っかかる。

 これに関しては誰でも突っかかる言葉だろう。


「空間を消すって……具体的にどうやってするのでしょうか?」


「んー、そうだね。浮遊魔法って知ってる?」


 持っていた本はあった本棚へとたどり着いたのか、近くの棚へと丁寧に入れ、代わりに別の本を手にとって手招きする。どうやら今あった本にその方法が書いてあるらしい。



「…………あれ、どうした?一緒に見ないの?」



 動きが硬直していることを気にかけたのか、心配そうな声を脳が認識した。

 誤解されないようにすぐさま理由を口にする。



「いえ……勝手な行動は、奴隷界ではご法度ですので…………」



 そう、命令をされていない奴隷は基本的に動かないのだ。

 動く時としては主人や身の回りの人物の命が関わる非常時ぐらい。奴隷というものは、大体は今までそう動いてきた。


 だがそれは既知だったという様子でグレアは空を見上げ、やがて視線を戻した


「…………んー、あ、これ本人に聞かれると恥ずかしがるから小さい声で言うんだけど…………」


 グレアは不敵な笑みでそう呟くと、彼女の耳元に口を近づけてこう囁いた。


「リース……さっきまでいたあの人さ、奴隷も従者もまとめて優しくするし可愛がってるからね? 酷いことはされないと思うよ? 安心できないとは思うけど、まあ肩の力ぐらい抜いておいたほうがいいんじゃない?」



 まあ信じられる時が来たらね、と付け足し、グレアはまた視線を本へと落とした。

 その様をただただ彼女は、沈黙――否、呆然としながら見るしか余地が無かった。



「信、頼…………」



 こうも不可思議な場所があるのか、と心中で付け足して。

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