空へのタイムリミット④




その頃、凪紗は一年前に訪れていたお洒落なお店へと赴いていた。 中の様子が変わらないことに安心感を覚えながら、目当てのフラワー時計を探す。 だが、どこにも売られていなかった。


「あの、フラワー時計ってもう取り扱っていないんですか?」

「あぁ、あそこにコーナーはありますよ。 ただ先程、今日ラストのものが丁度買われてしまって」

「そんな・・・」


一年前は夜に帰ってきたため売り切れていても仕方がないと思ったが、昼にはなくなってしまうなんてタイミングが悪過ぎた。


―――本当に、私ってついてないな・・・。


凪紗は溜め息をついた。 本当は既に空の上にいる時間。 だがやはりこのまま出発はできないと考え、搭乗口に入る直前で引き返していた。 

通りすがりで見たフラワー時計で尚基のことを思い出し、胸が苦しくなってどうしようもなかった。 だからせめて最後の思い出にと、フラワー時計を求めここまできたのだ。 

だけどそれも売り切れていた。 これでは便をズラしてまで戻ってきた意味がない。 凪紗はトボトボと搭乗口へ戻った。 だが再び身体検査をしようとしたところで、凪紗はある男性の姿を発見する。 

尚基だ。 尚基は壁にもたれながらしゃがみ込んでおり、肩を震わせ泣いていた。


「尚、くん・・・?」


その声を聞いた尚基は、ゆっくりと顔を上げた。 涙で濡れた顔を気にすることもなく。


「凪、紗・・・? え、どうして・・・」


凪紗はポケットから、チケットを取り出し見せた。


「一つ便を遅らせたの。 どうしても、大事な予定があって。 ・・・尚くんこそ、どうしてこんなところに?」


尚基はゆっくり立ち上がると、こちらへ歩いてきた。 そのまま凪紗は静かに抱き締められる。


「・・・あの時は、大人気ないことを言ってごめん。 凪紗の気持ちを、もっとちゃんと聞いてやればよかった。 だけど俺は一人で感情的になって、一方的に物を言って、最終的に凪紗を傷付けた。 

 本当にごめん」


凪紗は黙って首を横に振る。 すると尚基は腕を離し、持っているものを渡された。


「・・・これを渡しにきた。 よかったら、受け取って」


目の前に現れたのは、探し求めていたフラワー時計。 しかも以前に気に入ったと話した、ラベンダー色だった。 尚基が汗をかいていることから、走って買ってここまで来てくれたのだろう。 

もしかしたら最後の一つを買った人が、尚基だったのかもしれない。 尚基は二人の思い出を忘れないでくれていたのだ。 あの時の言葉を、喧嘩してた今でも、忘れず憶えていてくれた。

それだけで嬉しかった。 だが涙のせいで、礼の言葉がなかなか出てこない。 声を出したくても、喉元で詰まってしまう。 俯いてどうしようもできない凪紗の頭の上に、尚基の大きな手の平が置かれた。


「向こうでも頑張って。 応援してるから」


やはり最高の彼氏だった。 いやもう、尚基は彼氏ではないのかもしれない。 一ヵ月前に凪紗は既にフラれているのだから。 

そして今も『好き』だとか『まだ付き合ったままでいたい』だとか言われたわけではない。 『遠距離恋愛は無理』と言い切ったあの言葉を、凪紗は今でも憶えている。 

だから、自分が留学してしまえば別の相手を見つけるのかもしれない。 それでも、自分だけは、望みを繋ごうと誓った。 凪紗はまだ好きだという気持ちを精一杯隠し、笑顔で頷く。


「尚くん、ありがとう」


その声は泣きじゃくっていたせいで、お世辞にも可愛いものとは言えなかった。 声は掠れ、きちんと発音ができていない。 それでも伝わってくれたのか、尚基はもう一度頭を撫でてくれた。


―――搭乗ゲートが閉まるあと5分のところで、戻ってよかった。

―――そうじゃないと、フラワー時計のことを思い出せなかったから。


この時の凪紗は、フラワー時計が包まれている袋の中に一枚のメッセージカードがあるということに気付かないでいた。 そのカードに書いてある文字は“来年まで待ってる”というもの。 

そのメッセージがあるため、尚基は何も言わなかったということを。 内容を知るのは、飛行機で飛んだ先の向こうでのことだった。 時計の針は、次に二人が会う時間をカウントし続けている。


―――また来年、今度は別れの空港から再会の空港に。





                                                                       -END-



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空へのタイムリミット ゆーり。 @koigokoro

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