10年後 そして夏の日はまた――――

 7月22日。

 梅雨も明けて、真夏の太陽が一日中照り続けていた。

 今もなお、西日が猛威を振るっている。

「暑いね」

 私は誰もいないのに、そう話しかける。

 誰もいないけど、モノはある。

「もう10年かぁ……」

 伊織のお墓が。

 毎年この日は、ここに来ていた。

 今年も会社に無理を言って、今日だけは早めに退勤させてもらっている。

 未だに来るなんて、重い女だと思われるだろうか。

 それでも、私にとっては人生で一番好きだった人だ。

「……忘れられないよ」

 私はお墓に水をかけた。

 ジュッと水が蒸発するような音がしたけど、それも最初だけ。そのあとは色んな方向に曲がりながら、屈折しながら、枝分かれしながら、それでも下へと伝っていく。

「あれから色んなことがあったなぁ」

 10年も経ったんだもん。

 色々あって当然だ。

 大学を卒業して、就職して――。

 それでも、あの時の光景は忘れない。

 忘れることができない。

 朝、目が覚めると、横で寝ていた伊織が亡くなっていた。

 当時は受け入れられなくて、ずっと泣いていた。

 祥吾くんと朱莉が必死で慰めてくれたけど、中々切り替えることができなかった。

 その時の伊織の顔が、やけに満足気だったのも、その一因だったように思う。

 私を一人にしたくせになんでそんな顔してるんだ、って。

 でも、死ぬ時は誰も選べない。

 私がそれに文句を言ったって仕方がないのだ。

 今はそう思えるようになった。

 けど、それでもやっぱり寂しい。

 あなたが、伊織がいないのは、辛い。

「なんて言ってるから、未だに前に進めてないのかな」

 あはは、なんて笑ってみるけど、それは誰に届くこともなく、暑さに溶けていく。

 あなたは今の私を見て、なんて言うだろうか。

 早くいい男見つけろよ、かな。

 ずっと好きでいてくれてありがとう、かな。

 そういえば、最後のデートの時も、好きだって言ってくれたっけ。

 普段はそんなこと中々言わなかったから、少し面食らってしまったけど、嬉しかった。

 もしかしたら、伊織は自分の死期を悟っていたんだろうか。

「……そんなわけないか」

 でも、あの日の朝は、伊織が壊れてしまったような感じだった。

 変な夢でも見たのかなと思ったけど、結局それはわからずじまいのままだ。

「夢、か……」

 そういえば、伊織が死ぬ直前ぐらいは、何度か夢を見ていたような気がする。

 海やプールで遊んだり、美味しいものを食べに行ったり。

 行ったことのないところのはずなのに、やけにリアルな夢だった。

 もし伊織が生きていたら、実現できたのかな――。

「…………考えても仕方ないよね」

 たらればの話をしたって仕方ない。

 伊織はもう、戻ってこないのだから。

 私は目尻に溜まった涙を拭った。

「……じゃあ、そろそろ行くね」

 また来るね、とは言わなかった。

 けど。

 たぶんまた来るんだろうなと思いながら、私は伊織のお墓を後にした。


 帰り道。

 西日はだいぶ弱くなって、東の空がどんどん暗くなっていく。

「……あれ?」

 信号待ちをしていると、ふと変な感じがした。

 変な感じと言っても、それはとても些細なことだった。

 今見ている景色が。

 今いる場所が。

 どこか見たことがあるような、そんな気がした。

 でも、この道は毎年通っている。

 見慣れた、とまでは行かないけど、知っている道に変わりはない。

 よくあるデジャヴというやつだ。

 気にすることはない。

 単なる気のせいだ。

 そう。

 気のせいだ。

 そう言い聞かせて。


 ――――私は信号が青になった横断歩道に一歩踏み出した。

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君の夢を見よう(ランダム版) しょうこう @sho-koh_x10

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