トラベル

上代

第七大陸の夜空

 灯と月明かりによって照らされる小高い丘の上に建てられた石造りの神殿。


 そこに居た一人の少女は夜空を見上げ、いつの日か自由になれる日を待ち望んでいた…



「ココハ、イッタイ、何処ナンデスカー。教授」


 ジャングルの中を歩くスーツ姿の中年男性に向かって機械音声が問いかけた。


「ネー、ネー、教授ッテバー」


 そこで中年の男はポッケの中にあった懐中時計を取り出して叫んだ。


「うるさいぞ! シャルティエ! ここが何処かだって? そんなもん!こっちが聞きたいよ! ああ、本当だったら今頃、21世紀の日本で美味いものを食べてたのに…お前が故障したせいでこうなったんだぞ! なにか言うことがあるんじゃないのか? んん⁉」


「故障。シャルティエ悪クナイ。教授。メンテナンス。サボッタ」


「可愛げのない奴だ」


 教授はしかめっ面で喋る懐中時計を再びポケットにしまい歩き始めた。


 そうして草をかき分け進み続けると突然 目の前に槍の先が現れた。


「うわぁ!!」


 驚いて声を出して教授は後ずさりしながら槍の持ち主に目をやった。


「な! なんだお前⁉」


 コレを言ったのは教授の目の前でしゃがみ込んで槍を構えた子供であった。


 お互い 思わぬ出会いに驚きつつ教授は手を上げて敵意のない事を示す。


「見慣れない格好だな。何処から来た!」


 多様な模様をあしらった民族衣装を着た子供は教授に向かってそう言った。


「あー、この前まではアメリカに居た」


「何処?」


「むしろココが何処?」


「は?」


 逆に聞き返し教授は子供に困惑された。


「いや、旅をしてたんだけどね。事故で迷子になっちゃってね。それでココは何処?」


「……セイレノスの近くの森だ」


 子供はぶっきらぼうに答えた。


「セイレノス…セイレノス…んー、聞いたことがあるような気がするが思い出せない…」


「なんなんだアンタ…」


 子供は呆れて見ていると教授は急に興味を変え彼の左足を指差して言った。


「ところで足、ケガしてる?」


「…ああ」


 そう返すと教授は適当に枝を集めポケットから包帯を出し彼の足に応急処置をほどこした。


「よし。これで良いだろ」


「…ありがとう」


「とりあえず。おぶって家まで運ぶけど帰り道。分かる?」


「それは大丈夫」


 返事を聞くと教授は子供を背負って子供の案内に従って歩き出した。



 二人が密林を抜けてようやく道らしい道に出て街の入り口にまでたどり着くと、そこでケガをした子供と教授を大人たちが迎え入れてくれた。


 木の柵の向こうへと案内されると、インドネシアやポリネシア文化を彷彿とさせる木製の建築物や衣装を目にしながら歩いていると、一人の男が教授たちの方へ近づいて来た。


「ヨプ!」


「父ちゃん!」


 子供の名前を呼び息子の下へと駆け寄る父親にヨプを引き渡すとヨプの父親から感謝の言葉を貰い、教授の一通りの事情を聞くと今日は彼の家に泊まる事となった。



 その夜。教授は客間でテーブルの前に座り懐中時計を整備する。


 部品を取り出し分解掃除を行うと今度は組み立てて行き、元の形へと戻すとシャルティエは喋りだした。


「教授。直ッタ?」


「ああ、後はエネルギー充電を待つだけだ」


「トコロデ、教授。ココガ何処カ判ッタ?」


「もちろんだ。ここは第七大陸ムーだ」


「教授。間違ッテル。大陸ハ、ユーラシア。北アメリカ。南アメリカ。アフリカ。オーストラリア。南極ノ六ツシカ無イヨ」


「ところがどっこい。このパラレルワールドでは七つまである。私も伝説上でしか聞いたことがなかったがね。しかしタイムトラベルに失敗してこんな所に来ることになるとは思わなかった」


「故障。原因。教授ノ、メンテナンス不足」


「はいはい、ごめんなさいよ」


 そこで教授はあくびをし、目に涙を溜めると眠りにつくことにした。


「おやすみ。シャルティエ」


「オヤスミ。教授」


 教授がマットも何もない木製のベットの上で横になった瞬間。外から大声が聞こえた。


「敵襲だー!!」


「ん?」


 体を起こして何やら嫌な予感を感じると部屋の中にヨプの父親が入って来た。


「お客人。敵襲だ!」


「え? いや今から寝ようと思ったんだけど」


「それは良かった。息子の恩人を永遠に眠りに就かせるとこだった」


「いや、全然よくない。眠い」


「ここは、危ない。散らばっていては村の人間を守るには不向きだから丘の上にある神殿までヨプと一緒に逃げてくれ」


 教授は眠そうだが仕方がないと思いベットから抜け出して彼の言うとおりにした。


「まったく、なんで襲ってくるのやら…」


 ヨプに案内されながら逃げる教授はボヤいた。


「あいつらはアカシック・レコードを奪いにきてるのさ」


 ヨプの答えに教授は、いぶかしんだ。


「言っている意味がよく判らない」


「アカシック・レコードっていうのは、過去と未来。全てを教えてくれる水晶のことだよ」


「それは知ってる。私が言いたいのは……待て。いま水晶って言った?」


「うん、言ったよ」


「おかしい。そんなハズはない」


「どうして?」


「それは、そうだろだってアカシック・レコードは…」


 教授が説明をしようとしたその時。物陰から武器を持った男たちが逃げる住人と共にやてきた。


「マズイ。逃げなきゃ」


 その場に居た者たちは一斉に全力疾走し神殿へと向かった。



 丘を登り、逃げ切ることに成功するとザワつく民衆たちが神殿の前に集まっていた。


 そこへ不安そうにする彼らに一人の少女が声を掛けた。


「みなさん。落ち着いてください」


 神殿から出てきた褐色の肌に黒髪黒目の彼女の姿を見ると民は湧き上がった。


「ステラさまだ!」


「巫女さま! 私たちに啓示を!!」


 人々が興奮に包まれる中。教授は誰なのかヨプに聞いた。


「ステラさまだよ。アカシック・レコードの啓示をボクたちに届ける巫女さま」


 それを聞くと教授は前に出て行き巫女ステラの下に近づいて行く。


「はい、ちょっとゴメンよ、ごめんよ~。前、通して」


 人ごみをかき分けて進むとステラの左右に立つ兵士が教授の足を止めさせた。


「おっとゴメンよ。ちょっと聞きたいことがあったんだ。だから矛を収めて」


「貴方は?」


「どうも始めまして。ステラさま。少しお伺いしてよろしいでしょうか?」


 兵士の後ろに隠れてしまった少女の姿を覗き見るように教授が語り掛けると人々から悲鳴が上がった。


 後ろを振り向くと武装した男たちが襲い掛かろうとしていた。


「丘を登って来たか!!」


 兵士たちは敵の姿を確認すると勇ましく立ち向かって行った。


「急いで神殿の中へ!」


 巫女は人々を誘導し神殿への非難を急がせた。


「あー、ステラさん。逆に袋のネズミじゃないかな?」


「ご安心を神殿には秘密の脱出路があります」


 ステラが小さく答えると教授は納得する。


 それと同時に吹き矢を構えステラを狙う敵の姿に教授は気づいた。


「危ない!!」


 教授は咄嗟に身を挺して庇うと吹き矢が刺さり意識を失い倒れてしまった…



 教授が目を覚ますと。巫女ステラの顔が目の前にあった。


「んー。美女の膝枕でぐっすりしてたのか…申し訳ない…」


 教授は直ぐに状況を理解すると体を起こし謝罪した。


「いいえ、助けて頂いたお礼です」


「襲って来た奴らは?」


「もう、いません。貴方に刺さった矢も眠り薬だったそうですので心配はないかと」


「寝不足だった私には効果抜群だったわけだ。おかげでスッキリした。ここは神殿の中」


 教授は石造りの部屋を見回し言った。


「ええ、そうです」


「ああっと、そうだ聞きたいことがあったんだ」


「なんでしょうか?」


「アカシック・レコードが水晶なんだって?」


 突然の質問に困惑しながらもステラは答えた。


「ええ…そうですよ」


「嘘だ」


 間髪を容れずに教授は言った。


「なぜ…そう断言するのかしら?」


「声が固くなった。人間。本音は声色に出るって言うけど、君は判りやすいね。やっぱり嘘なんだ」


「何なんですか貴方⁉」


 ステラは距離を置いて教授に問いかけた。


「私? 私は旅人だよ。ちょっと、お節介だけど」


「ソレト、少シ、オ喋リ」


「なに?! 今の声⁉」


 急に神殿内に響いた機械音にステラは驚くが教授はポケットを突きながら小声でシャルティエに注意した。


 話がややこしくなるだろ黙ってろ


「何なの?」


「気にしないで、それよりも真実を伝えるんだ。アカシック・レコードの奪い合いで争ってるなんてバカげてる」


「何が目的なの?」


「ただ争いを終わらせたいだけだ。殺し合うのは良くない。君もそう思うだろ?」


「…それは…そうですけど」


「それじゃあ真実を…」


「簡単に言わないでください!!」


 最後まで言い切る前に怒鳴られて教授は鳩が豆鉄砲でも食ったよう顔になり、続けて彼女の言葉を聞いた。


「今まで私たち一族が繋いできたものを投げ出せって言うの⁉ そんな不義理なマネできると思ってるの⁉」


「あー……つまり過去に義理立てしてるのね。正直に言っていいかな?」


 教授は人差し指を立てながら言った。


「別に投げちゃっても良いんじゃないかな」


「なにを…!」


 彼女が声を上げようとすると教授は人差し指をステラの唇に当て言葉をさえぎった。


「ちょっとストップ。先に聞くけど義理立てした過去が君に本当に欲しいものを与えてくれた?」


 そう聞くと、彼女は唇から指が話されても黙ったままだった。


「そうら、ソレが答えだ」


「…どうすれば良いの」


「簡単だ。村の人を集めて本当のことをそのまま伝えればいい。まぁ権力者としての裕福な暮らしは終わるだろうけどね」


「構わない」


 即答する彼女の顔を見て彼は笑った。


「よし、それじゃあ早速。人を集めよう」


 教授が外に向かって歩き出そうとするとステラは声を掛けた。


「あの……本当に大丈夫なんでしょうか? 真実を言って」


 振り返り彼女の言葉に耳を傾けた教授は優しく言った。


「…ステラ…君にだけは本当のことを話してあげよう。私はね、ただの旅人じゃないんだ。時を行き来する旅人なんだ。だから断言できる。なんの問題もない。人類は占いなんて無くてもやっていける」


 そこでステラは考え込む姿を見て教授はついでに言った。


「信じて貰えなくても別にいい。最後に決めるのは君だ」


 そこまで言い終えると彼は歩き始めた。


「あの」


「まだ何かあるのかい?」


「道、解るんですか?」


 そこで自分が運び込まれただけで神殿内の構造を知らない事に気づき笑いながら言った。


「案内お願いします」



 彼が居なくなった後、私は先々代の巫女であるババ様にみんなに真実を話すことを伝えた。


 ババ様は反対したが私は、もう決めた。


 自由になれる日を待つのでなく自分から行動を起こすのだと…



 その夜。村の人々が神殿へと集まり中央に巨大な水晶が鎮座する部屋に集められた。


 ステラは緊張の面持ちで祭壇に立ち民衆へと話を始めた。


「お忙しい中、お集り頂きありがとうございます。今日、集まって貰ったのは皆さんに真実をお話ししようと決心したからです」


 開幕の言葉に聴衆がざわついたがステラは話を続けた。


「今日までこの村はアカシック・レコードを奪い取ろうとする別の集落に襲われ続けました。ですが、アカシック・レコードとは本来、誰の物でもなければ奪い取られるような物でもないのです」


 ここまでの説明に耳を貸す彼らも話についてこれずに困惑している様子であったがステラは構わず真実を告げようとした。その時、老齢な声が割って入った


「そこまでじゃ!!」


 皆が声が聞こえた後方に目を向ければ、そこには先々代巫女のババ様と兵士に囚われた教授の姿があった。


「おじさん!! 何やってるの⁉」


 近くにヨプが駆け寄り言った。


「巫女さまにアドバイスしたら捕まっちゃった」


 トホホッと言わんばかりに教授は何とも言えない表情をするとババ様が大声で語る。


「皆の衆。彼女の声に耳を貸してはならん。孫娘はこの男にたぶらかされ可笑しなことを言おうとしておる」


 民衆は、もはや何がなんだか分からずに混乱し始め騒がしくなっていった。


「いいえ! 真実です。そこにある水晶は、民衆にも解りやすくするために作り出した嘘の塊でしかありません!」


 そこで彼女は祭壇に飾られた石像の持つ斧を手に取り部屋の中央に置かれた水晶に向かって振り下ろす。

 それと共に叫ぶババ様の声に続いて破砕音が響いた。


「これで、もう私たちが他の集落と争う理由を失いました」


「ああ……なんてことを…」


 嘆きの声が次々と上がるとステラは夜空の見えるこの部屋で上空を指差し力強く言った。


「うつむく事はありません! アカシック・レコードは私たちの真上にあります!」


 人々が夜空を見上げた。その瞬間。教授は縄を抜けて逃げ出しステラの手を取って逃げ出した。


「に!! 逃がすな追えーーーー!!」


 遅れて兵士たちが一斉に追いかけようとするが人垣のせいで一気に人が通れずに逆に大きく後れを取った。


 その間にも狭い道を選んで走る教授にステラは話しかけた。


「ちょっと、なんで私まで?」


「いきなり水晶を破壊したんだ君だって、お咎め無しじゃ済まないぞ」


「貴方が真実を話せって言ったんじゃない!!」


「水晶を破壊しろだなんて言ってない」


 二人は口喧嘩のように喋りながら追ってから逃げ回る。

 そんな中でステラが疑問を口にした。


「これで良かったのかしら?」


「十分だ。水晶は壊れた。これで争う理由もなくなった。後は逃げ切るだけ」


「真実を話しても問題ないって言っておいてコレ?」


「あー、そのことなんだが君さえ良ければ私と一緒に来てくれないかな?」


 教授から誘いの言葉を掛けるとステラはキョトンとした表情で返事した。


「旅って、例の時間旅行?」


「そう時間旅行。前々から美人の居ない旅って味気なくって」


「いいわよ」


「そうだよね。直ぐに決められ……あれ? OK出ちゃったよ」


「それで? どうやって過去や未来を行き来するの?」


 聞かれて教授は懐中時計を見せた。


「もうすぐ、コイツにエネルギーが貯まる。そしたら何処へでも好きな所へ行けるぞ」


「居たぞー!! こっちだ!!」


 追手が進行方向に現れると途中で行く道を変えようとする教授の手をステラが引っ張った。


「こっち。貴方、逃げ道に詳しくないでしょ?」


 そこで軽く笑い教授は素直に従った。


「案内お願いします」



 教授はステラの案内によって神殿の隠し通路を通って外へと脱出した。


「だよね。先回りされてるよね」


 ババ様たち一行が目の前に居た。


「手を焼かせ負って。ステラ。お前はいったい何がしたいんじゃ?」


 そう言われてステラは答えた。


「ごめん。ババ様。私、自由に生きたい!」


「そのためだけに、こんな事をしたのか?!」


 ババ様は怒るがソレだけじゃないと彼女は言った。


「村のみんなには、アカシック・レコードに縛られないで生きて欲しかった。あれの為に争って死ぬのなんて馬鹿げてるよ!!」


 しかし、ステラの思いはババ様には届かなかった。


「お前にはキツイお仕置きが必要なようじゃ」


 話が終わると兵達が動いた。


「いや、残念だけど彼女はコレから私とデートだ」


 教授がステラの肩に手を回すと周囲は呆れながらも二人を捕らえようと飛び掛かった。


 そこでバイバイと教授が手を振って消えていった…



 夜空がよく見える砂浜に二人はタイムトラベルするとステラは目を見開いて周囲を見渡し驚きつつも笑顔を見せた。


「本当に時を渡ったの⁉」


「ああ」


「ここは何処なの?」


「2020年 日本にっぽん…の海の見える何処か」


「なにそれ」


 ずっと笑顔が収まらずに彼女は適当な性格の教授に言った。


「ちょっと急いでたから座標まで細かく決めてなくてね」


「教授。テキトー」


 そこで彼の持っていた懐中時計が喋りだすとステラは驚いた。


「始メマシテ。ステラ。ボクハ、シャルティエ」


「なんで喋ってるの⁉」


「話すと長くなるけど、とりあえず防犯用と答えておこう」


「貴方って本当に謎めいてるわ」


「お互い、コレから知る楽しみがあって良いじゃないか」


「トコロデ、教授。アカシック・レコード。ッテ結局。ナニ?」


 シャルティエが質問をすると教授は夜空を指差して解説を始めた。


「アカシック・レコード。別名。アーカーシャの記憶。アーカーシャはインドでは天空を意味する言葉だ。つまり天空の記憶。占星術のことだ。ん? どうして占星術が未来と過去を知ることが出来ると考えられるようになったかだって?」


「ウウン。聞イテナイヨ」


 しかし、教授はなぜか聞いてもいないことまで解説しだした。


「昔の人間は星の動きが一定周期で繰り返されてる事に気づくと、これによって季節の流れを予測できるようになり、やがて星は地上の運命と関わるものだと予測した。そうして星を知れば過去も未来も知ることができるという考えに至ったというワケさ」


「オ喋リダナー」


「面白い人。次は何があるのかしら?」


 ステラは微笑みながら言った。


「まずは食べ歩きだ。驚けココはなんとミシュランの星。最多獲得数の国だ! 美味しい物が沢山あるぞー」


「よく、わかんないけど、美味しいものが沢山あるのは大歓迎」


「それだけじゃない。場所は適当になってしまったが、この年はオリンピックだ。大いに盛り上がるぞー!!」


 教授は笑いながら砂浜を歩いていく。


 この時、彼はまだ知らなかった。オリンピックが中止され新型ウィルスの脅威の真っただ中にあることを…





 時代を渡り歩くタイムトラベラー。教授。

 

 彼の行く先々では様々な出会いと事件がある。


 しかし誰も彼の本名を知らない。名を残さない。


 もしかしたら、貴方の直ぐそこに………

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トラベル 上代 @RuellyKamihiro

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