第46話 狂態

「ドチクショウがあああああっ!」


 地面に両手をつき、天をあおいで、少女は咆哮ほうこうした。


「なんでだっ!? なんで思いどおりにならないんだっ!? わたしが支配者だぞ!? 帝王はわたしなんだ! なのに、なのにっ! なんでだあああああっ!」


 星川雅ほしかわ みやびかかえる異常な支配欲求――


 それが満たされなかったときのれのて。


 幼児性ようじせい狂気きょうき暴発ぼうはつである。


 もはや自分ではコントロールできない。


 制御不能せいぎょふのうとなった彼女は、機械のようにひたすら大地をなぐった。


 だだをこねる子どもと同じように――


 この様子に似嵐鏡月にがらし きょうげつは面白くてしかたがない。


「ははっ、これは傑作けっさくだ! 雅、それがおまえの正体しょうたい、おまえのすべてだ! 人格じんかくまでも母の劣化れっかコピーなのだ!」


「うるさいっ、うるさあああああい!」


「ああ、滑稽こっけいだ! 滑稽なピエロだ、おまえは! お前は姉貴あねきの、あやつ人形にんぎょうなのだあっ!」


「言うな、言うなっ! わたしはあいつの、クソババアの人形なんかじゃなあああああい!」


「あはっ、ははっ。クソババアだって!? 雅よ、おまえ本当は、そんなふうに思っていたんだなあ! ああ、最高だ。ざまあみろ、姉貴いっ! あんたは弟も、娘さえも不幸にする、不幸製造機なのだっ! あーはははははあっ!」


 腹をかかえ、歯をカチカチと鳴らしながら嘲笑ちょうしょうする。


 その異様いようすぎる光景こうけいに、一連いちれんの流れを見守っていたウツロとアクタは、逆に冷静になった。


 これが夢であったらどんなにらくだろうか?


 あのお師匠様ししょうさまが、強くてやさしいお師匠様が、こんな風になるなんて――


 事情はともあれ、少女ひとりをいたぶり、あろうことかそれを楽しんでいる。


 子どもだ、まるで――


 星川雅と似嵐鏡月。


 めい叔父おじどうしで、こんな狂気の沙汰さたを演じるとは。


 ウツロとアクタは自分たちが受けた仕打しうちのことも忘れ、ただただ眼前がんぜん出来事できごと戦慄せんりつした。


 それほどの狂態きょうたいだった。


「ああ、はは。いやいや、楽しませてもらった。天にものぼる気分とはこれだな。こんなに笑ったのは久しぶりだ。はーあ」


「ふう……ふう……」


 やっと笑いを落ち着かせた似嵐鏡月に対し、星川雅はしたまま、全身であらく呼吸をしている。


「ああ面白かった。面白かったから、雅――」


 軍靴仕様ぐんかしようのブーツをじゃりじゃり鳴らしながら、深くうなだれた少女のほうへ近寄ちかよる。


「ひとおもいに一撃いちげきほうむってやる。ありがたく思え。似嵐家伝承にがらしけでんしょう宝刀ほうとうにかかって死ぬのは、屈辱くつじょくきわみだろうがなあ」


 ウツロとアクタは途端とたんにハッとなった。


 それだけはダメだ。


 いくらなんでも、叔父が姪を手にかけるなど、あってはならない。


 それだけはなんとしてもけなければ――


「お師匠様っ、おやめください!」


「相手はまだ少女でございます!」


 二人は必死にさけんだ。


 なんとかして止めなければ――


 それだけをただ念じていた。


「うるさいぞおまえら、空気を読め。こいつを始末しまつしたら、次はおまえらの番なんだからな。いまのうちに念仏ねんぶつでもとなえておけ、この役立たずども」


 絶望した。


 正気しょうきじゃない。


 いや、これがお師匠様の「正気」なのか?


 これがこの人の本当の姿すがた、本当の気持ちなのか?


 わからない、何もかも。


 いったい何を信じればいいんだ?


 頭がおかしくなりそうだ。


 どうすれば、いったいどうすれば――


 ウツロもアクタも憔悴しょうすいあまって、どうすればよいのかいっこうにはんじかねている。


「さあ、おねんねの時間だよ、雅ちゃん・・・・?」


 そうこうしているあいだにも、似嵐鏡月は彼女の頭上ずじょう黒彼岸くろひがんを振りかざした。


「やめてくださいっ!」


「お師匠様あああっ!」


 絶叫ぜっきょうでの制止も、彼の耳にはもう入っていない。


「死ねい、雅っ!」


 かたなにぎる手に全力ぜんりょくを込め、一気に振り下ろそうとした――


「……」


「ああ、なんだと? 聞こえんな」


「……間合まあいに入ってんじゃねーよ、バーカ」


「な――」


 星川雅の髪の毛がしゅるしゅるとびて、似嵐鏡月の体にからみついた。


「なっ、なんだこれはっ!?」


 意思を持ったかのようなみだれる黒髪くろかみが、うでを、どうを、首を、がんじがらめにしばりあげる。


 星川雅はくつくつと笑いはじめた。


 毛髪もうはつの下からのぞく双眸そうぼうは、爛々らんらんと赤く輝いている。


「ウツロ、見せてあげる。これがわたしのアルトラだよ」


(『第47話 ゴーゴン・ヘッド』へ続く)

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