辞書から問題

snowdrop

ページを捲って

「問題を作ることに疲れました」


 教卓前に立つ出題者兼進行役の部員が、ため息交じりにつぶやいた。

 クイズ研究部の部活を行っている教室には、部長と副部長、書紀が、間隔を開けて並べた机を前に座っている。

 早押しボタンまで用意しておいて、突然の進行役のボヤキに三人は瞬きしながら、「どういうこと?」と顔を見合わせた。


「というわけで、今回は図書室から借りてきた事典や辞書に書かれている説明文をそのまま読んで問題とし、それが一体なにかを当てるクイズを行っていきます」


 進行役の説明を聞いて、なるほどねと三人は頷いた。


「全部で五問用意しました。正解すれば一ポイント。誤答すれば減点はありませんけれども、その問題には答えられなくなります。最終的にポイントが高い人が優勝です」


 部長がすかさず手を挙げる。


「優勝したらなにかもらえるんですか」

「名誉だけです」

「知ってたー」


 部長の言葉に、知ってても聞くのかと副部長は笑う。

 理解した、と、書紀が我先にと早押しボタンに指を乗せた。


「一問目は山川出版、世界史用語集から問題」


 進行役は手元の本を手に取ってはページを捲り、目についたところを読み上げる。


「一六〇〇年設立。喜望峰から東マゼラン海峡に至る全域の貿易、植民に関する独占権を与えられた大特許会社」


 ピコーンと音が鳴り、赤ランプが点灯したのは部長の早押し機だった。


「東インド会社」

「正解です」


 ピコピコピコピコ―ンと正解音が教室内に鳴り響いた。


「続きを読みます。『一六二三年のアンボイナ事件を境に香料諸島から転じてインド進出に務め、マドラス、ボンベイ、カルカッタを拠点に、次第に植民地の取得、経営を推進し、イギリスのインド制覇の主体となった』というわけで、正解は東インド会社でした」


 世界史とってないから、と副部長は苦笑しながら拍手を部長に送った。


「二問目は成美堂出版、紅茶の事典から問題」


 進行役は、次の本を手に取りページを捲った。


「世界最古の紅茶産地として知られる〇〇は、世界三大銘茶の一つとして英国で珍重されています」


 ピコーンと音が鳴って、赤ランプが点灯したのは書紀の早押し機。


「ウバ」

「違います」


 ブブブーっと、不正解音が鳴り響く。


「三分の一の確率だったのに外した~」


 と、書紀は頭を抱えた。

 進行役は続きを読み上げていく。

「蘭の花を思わせる香りと独特のスモーキーフレーバーはエキゾチックで、ヨーロッパでは『中国茶のブルゴーニュ酒』と呼ばれています」


 ピコーンと音が鳴った。

 赤ランプが点灯しているのは部長の早押し機。


「ラプサンスーチョン」

「違います」


 ブブブーっと、不正解音が鳴り響く。


「二択を外した~」


 部長は背もたれに身を預けて天井を仰いだ。

 余裕を持って副部長が最後に早押しボタンを押した。


「キーマン」

「正解です」


 ピコピコピコピコ―ンと正解音が教室内に鳴り響いた。

 選択肢を外してうなだれながら、二人は副部長に拍手を送った。


「ちなみに、世界三大銘茶はダージリン、ウバ、キーマンです」

 

 副部長の説明を聞いて、思いっきり勘違いしたーと部長は嘆き声をあげた。


「三問目は成美堂出版、アロマテラピーの事典から問題」


 進行役は三冊目の本を手にして開く。


「アラビア語のヤスミンが語源」


 ピコーンと音が鳴る。

 赤ランプが点灯しているのは書紀の早押し機。


「ジャスミン」

「正解です」


 ピコピコピコピコ―ンと正解音が教室内に鳴り響いた。


「続きを読みます『ヤスミンが語源とされる小さな花。精油の王と呼ばれている陶酔させるようなこの花の香りに、古今東西の多くの人々が魅せられてきました』というわけで、正解はジャスミンでした」

「語呂が似てたから押してみた」


 エヘヘ、と微笑む書紀に部長と副部長拍手した。


「これで三人とも一問ずつ正解しました。四問目は岩波書店、広辞苑第五版から問題」


 よっこいしょ、と進行役は重そうに持ち上げて外箱を外し、辞書を開いた。


「①人々を呼び集めて指揮下に入れ整然と行動させる。②乱れているのを秩序付ける。きちんとした形にする」


 ピコーンと音が鳴った。

 早押しボタンを押したのは副部長。


「片付ける」

「違います」


 ブブブーっと、不正解音が鳴り響く。

 違ったか~、と副部長は首を捻る。


「続きを読みます。③合わせる。調和させる」


 またもピコーンと音が鳴る。

 赤ランプが点灯したのは書紀の早押し機だった。


「整う」

「違います。でも惜しい」


 進行役の言葉を聞いて、しまったーと書紀が頭を抱えた。

 そっちか~、と嘆く書紀をみながら部長はほくそ笑む。


「続きを読みます。④必要なものを揃える。落ちのないように用意する。⑤相談事を具合良くまとめる。⑥買い揃える」


 読み終わり、余裕をもって部長が早押しボタンを押した。


「整える」

「正解です」


 ピコピコピコピコ―ンと正解音が教室内に鳴り響いた。


「次で最後となります。五問目は柏書房、天使の事典から問題」


 外箱へとしまい入れた広辞苑を脇に置いて、進行役は次の本を手にした。


「ユダヤの伝説で、イブがまだ創造されていなかった頃のアダムの最初の妻であり、魔物である」


 我先にと早押しボタンを押したのは書紀だった。


「リリス」

「正解です」


 ピコピコピコピコ―ンと正解音が教室内に鳴り響き、部長と副部長は拍手を送った。


「続きを読みます。『アダムは他の動物がすべて、つがいになっているのを知り、嫉妬した。それをみた神はアダムのために〇〇を創造した』というわけで正解は、リリスでした」

「某アニメ映画のおかげですね」


 ふふん、と満足げに書紀は微笑んだ。


「本日は、部長と書紀が二ポイント獲得したので、二人同時優勝です」


 進行役は手を叩きながら、息を吐いた。

 どうしたのかと副部長に問われると、


「楽をしようと借りてきたんですけど、また重い本を図書室に返しに行かないといけないので」


 と、広辞苑の上にドンと四冊乗せた。

 

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