仁重丹 伯奈
背丈は三十から五十センチメートル。
葉の形状は、羽状に細かく切り込んでいて糸状、対生で、こんぶ色。
花びらは三角形で、花の形は三角錐。共に丸みを帯びている。
一本に一輪の花しか咲かない。
朝は黄色で、それ以外は白。
満月の夜にだけ、銀に発光。
夏の期間は咲いて、その間は花を閉じない。
環境を選ばず、どこにでも咲くたくましい植物。
名前は、おむすびむすび。
「日に当たらない時は花びらに隠されて見えないんだけど、当たった時は赤の雌しべが見えるでしょ?」
「丸い三角錐のおこめに、中央に赤の丸い梅干し。で、おむすびむすび。か?」
「そう」
木箱の蓋を取れば、おもむろに左右上下へと開く四枚の板。
その中に在るのは、球体の土に植えられている、舞子が創造した花。
「上と横から見れば隙間がないみたいだけど、実は下に隙間があって、そこから虫に入ってもらって、受粉してもらうの」
並んで座っていた舞子とひびな。
木箱を地面に下した舞子。両手で持っていたおむすびむすびをひびなへと差し出した。
「ひびなにあげる」
「俺に?」
受け取ったひびな。その際に大きく揺れ動くおむすびむすびを見て、心もとない笑みを浮かべる。
同じく、少し心もとない細きこんぶ色の茎は、それでも大きい花を立派に支えている。
ああ、
(心の臓を直接優しくくすぐられているみたいだ)
「本当に食い意地を張るようになったな」
「花を想像する過程で、ふっと、ひびなにあげようって思うようになって。で。ひびなの顔を思い起こしたら、三角のおむすびも浮かんできちゃって。じゃあ、主題をおむすびにしよう。そう思って、創造しました」
舞子はひびなの傍らに置かれている木箱に視線を向けた。
ひびなは開けてくれと、舞子に言った。
わかったと返事をして、舞子は上半身を大きく動かしては木箱を掴んで、体勢を戻し、蓋を取って、おもむろに開く木の板の動きを見ながら、中に入っている花を視認した。
「まっくろくろすけ?」
背丈は二十から七十センチメートル。
色は多種多様で、パーマみたいな細かな糸が入り組んでいる球体の花。
葉の形状は、三枚の披針状、互生で、緑色。
朝昼は無色透明で認知できず、夜にだけ淡く発光し、存在を知らせる。
さらに、風が吹いた時、熱を感じた時、新月の時は、花が弾け飛び、雪柳の花みたいに、五枚の花びらの小さな花を空いっぱいに舞わせて、地面に落ちれば、雪みたいに溶けて消える。
一年中開花している。
「蒼太にもらった絵がどうしても気になっていた。まあ、理由は単純明快だったがな」
「閻魔大王のひげとか?」
「ご明察」
ひびなは目を細めて、己が創造した花を見た。
「それだけではなく、あんなにも素直な好意をもらったのも初めてだったからな。印象に残らざるを得ないだろう」
「じゃあ、結婚すればよかったのに」
「気持ちを受け取るだけだ。応える気は毛頭なかった」
「そう」
ひびなは顔を真正面に向けた。
橙の空の上は、紺色に染まっていた。
逢魔が時だ。
「おまえが、いく道を照らせればと思って、創造した」
「うん」
「本当は、明るい昼間に、明るい花を、空いっぱいに舞わせる予定だったが。それはまた今度にする」
「うん」
「いくのか?」
舞子は答えず、ひびなの花を花に近づけた。
「柑橘系の匂いだね」
「おむすびむすびは。微かに、い草の匂いがするな」
「うん」
「安らぐ」
「本当はおこめの匂いにしようと思ったけど、食べたらいけないから」
「毒持ちか?」
「ううん。鈴なりに成る小さな黄色の実は食べられるけど、それ以外は苦くて食べられないようになってる」
「俺のも毒はないが、食用にはしていない。薬用にも。完全に観賞用だ」
「へえ。毒の部分もあれば、薬用にも食用にもすると思ったけど」
「ああ。今回はな。全部外した」
「そっか」
「ああ」
「ひびな」
「ああ」
「日が沈むね」
「ああ」
「結婚しなくてごめんね」
「時折求婚するのを全部袖にしおって」
「する気も起きなかったし、想像もできなかった」
「大いに悔やんでほしかったが」
「うん」
「舞子」
「うん」
「感謝する。おかげで、花の創造が叶い、俺は花の女神になれる」
「うん。よかった」
「七菜子さんがいれば、合格祝いだと騒々しい祝席になるんだろうがな」
「うん」
「出ない、か?」
「うん」
舞子はおもむろに立ち上がった。
ひびなもまた、おもむろに立ち上がって、向かい合った。
表情はまだ、見える。
拳を合わせる?
握手?
抱擁?
頭をなでる?
頬に口づけをする?
すべてを行動に移したいようでいたのに、ただ、視線を交わしていたいだけであった。
いかせたくない。
まだ、見ていたい。
今はたった一輪の小さな花しか見えないのに。
どうしてそんなにも、
誇らしげに、
無邪気に、
美しく咲いている?
「ひびな」
「ああ」
「おやすみなさい」
「………ああ。おやすみ」
夜のとばりが下りて、ひびなの花が、淡く発光する。
ひびなの脳裏には、雪柳の可憐な花よりも、舞子の可愛い笑みが強く、残った。
「よく眠っているわ~ね」
「はい」
七菜子は蚕の繭の寝台の中で、とても気持ちよさげに寝ている舞子を見つめながら、横で愛おし気に見つめていると確信できるひびなに、もう行くのと訊いた。
「はい」
「花の創造を一旦停止し~て、地獄も現世も天界もつぶさに花を見た~いだなんて。殊勝なこころが~け。苦手な環境も勉強してる~って?」
「苦手なままですが、舞子が起きた時。色々聞かせたいので」
「本当に舞子さんが好きな~のね」
「はい」
ふふっと、七菜子はあでやかに笑い、ひびなの背中を軽やかに叩いた。
「あなたの一途な想いが、届いてよかったわ~ね」
「髪の毛一本分ですけど」
「髪の毛一本じょう~と~う。でしょう」
「目覚めたら、すたこらさっさ、今度こそ本当にいくかもしれないんですけど」
「いかないかもしれないんで~しょ?」
「髪の毛一本分の可能性にかけます」
「じょう~と~う」
ひびなは苦笑をこぼして、行ってきますと告げた。
七菜子は行ってらっしゃいと返した。
ひびなの花を灯火代わりに。
このまま闇夜に消えてしまうかと思われた舞子であったが、そのままひびなのとなりにい続けた。
ひびなは首をひねった。
「ん?」
「髪の毛一本」
「……いや、いくら俺の髪の毛が長いからとて、この花は俺の髪の毛一本分でできてないぞ」
「違う」
「…舞子?」
「髪の毛一本分、後ろ髪を引かれるから」
ひびなは喜色満面になった。
下手をすれば、小躍りさえしてしまいそうだ。
よもやよもや、百七十七回目の求婚をようやく受け入れる気になったのか。
「思いっきり寝てから、結論を出す事にした」
テンテンヤーン。
「ん?」
「うん」
「ん?」
「うん」
「ん?」
「うん。寝てから、いくか残るか決める。だって、今まで思いっきり寝てないから。死ぬ前も、死んでからも。寝てはいたけど、軽くだし、微睡んでいるのがほとんとだったから。思いっきり。寝る」
「あ。ああ、そう、だな」
脱力。
次いで、安堵。
じわり、じわりと、広がる。
残る可能性を見出してくれるのならばそれで今は、
「ああ。思いっきり寝ろ。ちょうどよい子も眠る夜だ。寝ろ寝ろ。ああ。そうだ。七菜子さんに訊いて特注の寝台を用意してやるからな」
「ひびな」
「ああ」
「ごめん。ありがとう」
「ああ」
舞子が目を覚ました時。
どちらでも、舞子の意思を尊重する。
と思っていたが。
「まだ、地獄に連れて行ってもないからな」
目覚めて、いくと選択しても、地獄にも現世にも天界にも見せたい光景があるから、それを見てからにすればいいと言いくるめて、ずるずると時間を引き延ばしてやる。
それでもだめなら、諦める事にした。
だから、
「覚悟しろよ。舞子」
(完)
伯奈-きょうみ- 藤泉都理 @fujitori
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